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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第三章 小深山章次編
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佐藤千里


 ――さて、どうしたものか。


 何も考えずに出てきたから、行き先がない。

 俺は取り敢えず特別棟から本棟へと足を進めながら、考えにふけった。


 小深山兄は、どれだけの人を洗脳しているのだろうか。

 小深山、小深山の両親、ミサキ、そして委員長もおそらく……。


 それを考えると、周囲の確認をおこたらないようにしておかなければならないと思った。もしかしたら、指導室の時のように、委員長が嗅ぎ回っているかもしれないからである。

 どういう行き掛かりでそうなったかわからないが、委員長は小深山兄に洗脳されてるという事で間違いないはずだ。小深山兄は委員長を洗脳することで俺が排除能力者であるという情報を得たのだろう――だからこそ、最初から俺達の事を警戒していたのだ。

 そうとしか考えられない。

 例えば、昨日、委員長に逢野を紹介されて、小深山が彼女と会っていたという事実を知るまでの流れが、あまりにスムーズだった事も、それを証明している。


 そうなると、逢野も洗脳されているという話になってくるな……。


 俺が知っている範囲の中で、疑わしいのは委員長と逢野ということになった。

 ここは直接話を聞くべきだろう。


 どちらから聞くべきだろうか……。

 さっきの対応から考えると、委員長は手に負えない――ここは委員長を後回しにして、まず逢野に聞いてみることにした。


 となれば、逢野を探さなければならないな。

 逢野はまだ学校にいるだろうか。


 気付けば既に本棟だ。一階に降りれば、下駄箱がある。

 そこで逢野の靴があるかどうか見れば、学校にいるかどうか分かるだろう。


 俺は階段を降り、下駄箱まで行った。


 逢野の出席番号は確か四番だったと思う。前の方の番号なので覚えているのだ。


 二年C組四番と書かれたその位置を見ると、靴は無く、上履きが置いてあった。


 残念ながら、もう帰ったようだ。


 ……うーん。どうするかな。

 誰かに居場所が聞けるだろうか。

 ――その疑問に、佐藤千里の顔が思い浮かんだ。


 佐藤か……佐藤はあまり壁を作らない性格で、去る者は追わず来る者は拒まずといった感じだ。

 聞き方次第では俺でも話を聞けるかもしれない。


 よし、じゃあ、今度は佐藤を探すことにしよう。

 佐藤の出席番号は後の方なので分からないが、俺は佐藤が家庭科部だという事を知っている。

 家庭科部の部室へ行けば会える……かもしれない。


 それを考えて、ふと思う。


 いや、そもそも家庭科部に部室はあるものなのか?

 毎日、部活をしてるものなのか?


 俺にとって家庭科部は遠田のCSFCに並ぶくらいの謎の組織だった。


 そんな事を考えながら、取り敢えず家庭科室の方へ向かう

 会えれば良いのだが……。


 そして、家庭科室の近くまで来ると、一つの部屋から女子生徒が楽しげな話し声が聞こえてきた。


 家庭科部だろうか――いや家庭科部でなくても、家庭科部はどこかを聞けば良いだろう――そう思い、その部屋のドアをノックした。


「どうぞー」


 その声には聞き覚えがあった。

 佐藤の快活な声である。


 ドアを開けると、その部屋は普通の教室の半分くらいの大きさで、調理器具や食器の棚がならんでいた。その真ん中で三人の女子生徒が、椅子を並べて雑談しているようだ。


「あ、戸山君だ。どうしたの?」


 初めて話すのだが、佐藤は普通に話をするクラスメートのように接してくれた。

 俺は、クラスでの悪い印象を軽減させようと、いつもよりワントーン高い声で言う。


「佐藤さん、ちょっといいかな? 逢野さんと話がしたいんだ。どこにいるか知らない?」

「亞梨沙は帰ったよ。用件は?」

「小深山君の事だよ」


 佐藤は少し考えて、『何のこと?』という感じで興味深そうに状況を見ている隣の女子生徒に「ちょっと、戸山君と話してくるから、待ってて」と言った。

 そして立ち上がり、廊下に出て来る。


 どこで佐藤と話すべきだろうかと考え――人が来たら、すぐに分かるという理由で、本棟と特別棟の渡り廊下で話す事にした。


 もっと警戒されるものだと思っていたが、佐藤はすんなりと後を着いて来る。

 逢野ほどは俺に嫌悪感を抱いていないようだ。


「ごめん。初めて話すのに、頼み事なんて悪いと思うんだけどさ」

「……ふーん」


 佐藤は何か一人で納得したような様子で、俺の顔を覗き込んだ。


「何?」

「戸山君って、もっと上から目線で喋る人だと思ってたんだけど?」

「そりゃあ藤堂さんみたいに喧嘩腰で来られたら、ああなるって。ただでさえ、藤堂さんとは、一年の頃からの積み重ねがあるし」

「戸山君って、もっとトゲトゲしていて、捨て猫だけが友達みたいな人だと思ってた」

「いや、クラスに守川っていうれっきとした友達がいるから」

「そうだね。的確なツッコミだね」


 佐藤はニコリと笑う。


「実桜が言う通り、そんなに悪い人でもないんだね」


 俺に対して警戒心が少ないのは、七原のお陰だったようだ。

 そう言えば、俺の代わりに色々と弁明したと聞いたな。

 本当に七原様様である。


「佐藤さん、今、逢野さんと連絡は取れないかな」

「今? 明日じゃ駄目?」

「出来れば今がいいんだ」

「うーん。どうかな……今はバイト中だからね」

「あー、そうなんだ?」

「バイト仲間の子が二人も体調崩してて、忙しいらしいよ」

「そっか……」


 だから、昨日も用事があると言っていたのだろう。

 バイト中なら、話を聞いて貰えそうにない。

 いや、バイト中でなくても、逢野には話を聞いて貰うのは大変そうだが……。


「なんなら私が代わりに聞くよ、小深山君関係の話って何? 興味ある」


 ……ああ、いいかもしれないと思う。


 佐藤と話せば、もしかしたら有用な情報が聞けるかもしれない。

 佐藤まで洗脳されてる可能性もあるが……おそらく小深山兄も、そこまでリソースは割いてないだろう。


「逢野さんと小深山君って、幼馴染みなんだよね?」

「へー、知ってるの? あんまり本人は言いたがらない話なのに……」

「七原さんに聞いたんだ」


 それを言いながら、俺は心の中で七原に謝罪した。

 逢野から得た情報を勝手に話して、七原の人間関係を混ぜっ返すようなことをしてしまっている。

 まあ、七原なら上手くやってくれるだろう。


「亞梨沙に興味があるの? まさかストーカー?」

「違うから。逢野さんには小深山君しか見えてないって知ってるから」

「え? そんな事まで知ってるの? さすがにそれを知ってるのは、私だけだと思ってたんだけど」

「逢野さんは小深山君の事をよく知ってるっていうか、知りすぎてるから」

「そうね。当たってるよ。あんなに嫌ってるようにみせて、実はそうなんだよね……。亞梨沙本人は絶対認めないけど、亞梨沙は絶対小深山君が好きだと思う、絶対」

「佐藤さんも小深山君が好きだと思ってたんだけど? あ、べつに盗み見てた訳じゃなくて、普通に教室にいたら、そういう話が聞こえてくると言うか……」

「そうね。私も自覚してる。大きい声で『格好いい格好いい』って言ってるし。でも、私はただのミーハーだから。小深山君の事はただ純粋に顔が格好いいなと思ってるだけ。私には彼氏もいるからね」

「へえ、そうだったんだ?」

「うん。小深山君は格好いいけど、観賞用。付き合うのは難しいかな。人間性とか色々問題があるし」

「問題?」

「話せば長いんだけどさ――亞梨沙の『姉妹』と小深山君の『兄弟』の関係が大変な事になってるのよ。亞梨沙は小深山君が好きで、小深山君は亞梨沙のお姉ちゃんが好きで、亞梨沙のお姉ちゃんは小深山君のお兄さんが好きなの」

「へえ」


 俺は出来るだけ抑えて返答するが……心底驚いていた。


 逢野に姉がいたのか。

 しかも、結構、小深山兄と繋がりが深いらしい。


「みんな報われてないから、いつまでも抜け出せない泥沼なの、あの兄弟と姉妹は。それで、ここからが小深山君のひどい所なんだけどさ。小深山君は、亞梨沙のお姉ちゃんが気持ちに応えてくれないから、亞梨沙のお姉ちゃんに似てる子ばかり探して彼女にしてるらしいのよ」

「……そうなんだ? 知らなかった」

「でね。小深山君は、彼女の亞梨沙のお姉ちゃんに似てないところを見つけると別れるらしいのよ。君はそういう人じゃないと思ってたって――それってクズすぎると思わない? その話を亞梨沙から聞いて……これは正直ナシだな、と思ったの」

「たしかに」

「私としては、それでも――そんな小深山君でも、好きでいつづける亞梨沙に物凄く萌えているって訳なのよ。本人は絶対に好きとは認めないけどね、絶対」

「ちなみに、逢野さんのお姉さんの名前は?」

「メイさんだよ。芽吹くの芽に以上の以で芽以めいさん」

「その芽以さんって、この高校の卒業生?」

「うん。そうだよ。三年生の時、小深山君のお兄さんと同じクラスだったらしい。『何で、そのとき付き合わなかったんだろう』って亞梨沙がブツブツ言ってたから」


 なるほど。

 逢野姉か……小深山兄をよく知る人物か……。

 逢野が洗脳されたのは、その為かもしれない。

 俺達を逢野姉に辿り着かせない為に、情報をコントロールする必要があったからという事なのかもしれない。


 となれば、逢野芽以に話を聞かなければならないだろう。


「芽以さんの連絡先は知ってる?」

「さすがに知らないよ。会った事も数えるほどだし……何なら、亞梨沙に聞こうか?」

「いや、いいよ。ありがとう。参考になったよ」

「え? もう帰るの?」

「ああ。ちょっと用事があって、本当にありがとう」


 そう言って俺は足早に立ち去った。

 結局何が聞きたかったの? ――そういう疑問が出る前に帰らなければと思ったのである。


 佐藤と離れ、ある程度歩くと、俺は立ち止まり、遠田に電話を掛けた。

 こういう時に頼れるのは遠田とCSFCだ。

 女子生徒のネットワークがあれば逢野芽以の連絡先を手に入れる事は容易たやすいだろう。


「遠田、まだ学校にいるか?」

「いや、もう学校は出たよ。でも近くだ。ちょっと昔の伝手つてを辿って、司崎の事を調べてるんだよ」

「そうか……何か分かったか?」

「何も。行き詰まってるよ」

「そうか……じゃあ、近くなら、ちょっと学校に帰って来てくれないか? 頼みたい事があるんだ」

「ああ。そうか――わかった。すぐ戻るよ」



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