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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第三章 小深山章次編
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岩淵

 ノックして職員室に入る。

 まだ職員会議までは時間があるのだろう、人もまばらである。

 その中から、不機嫌そうに書類に目を通す岩淵を見つけ、歩み寄る。


 俺が近付くと、岩淵は顔を上げ、目が合った。

 岩淵は思い切り嫌な顔をする。


 ――ちゃんと岩淵に顔を覚えられているという事だ。良しとしよう。


「岩淵先生。すいません。聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「忙しいんだ。構ってられない」


 岩淵は吐き捨てるように言った。


「そうですよね。まあ大変ですよね。早瀬先生があんな事になったんだから……」


 そう言うと岩淵の顔色が変わる。


「知ってるのか?」

「ええ。知ってますよ。早瀬先生は退職されるんですよね?」

「何で、そんな事を?」

「先週の金曜の夜、話をしましたから」


 岩淵は目を見開いた。


「そうか……そんな事があったのか。わかった。それなら別室で話そう。着いて来い」


 そして俺は生徒指導室に連れて行かれた。


 岩淵はガチャガチャと雑な動きで生徒指導室の鍵を開ける。

 岩淵が更に不機嫌になっていっているのが、よく分かった。


 指導室に入ると、岩淵が奥の席にドスンと腰掛ける。


「座りなさい」

「はい」


 俺は岩淵の正面に座った。

 俺を睨み付けたその顔は、司崎よりよほど強面こわもてである。

 気圧けおされてしまいそうだ。


「早瀬先生とは、どんな話をしたんだ?」

「先生に謝られました。発火騒ぎは自分の虚言だった、と」


 岩淵は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 それも当然の事である――つまりそれは、岩淵が早瀬の嘘に基づき生徒を疑ってしまったという事だからである。

 しかも、それは鞄から火が出たという有り得ない話だ。

 事情を知らない人からすれば、少し考えれば分かるはずなのに、何故そんな有り得ない話を信じたのかという事になるだろう。

 どう考えても岩淵に落ち度があったのである。


 ……まあ、事情を知っている側からすれば、早瀬は嘘をついていた訳じゃないのだから、気付かなかったのも無理もないと思う。

 ちなみに早瀬が発火騒ぎを嘘だったと言ったのは、能力者が出たという事実を隠蔽する為に、俺が岩淵にそう言うように頼んだからである。

 それが今こうやって、岩淵の『弱み』として役立っているのである。


「あの時は疑って悪かった。早瀬先生がご病気だとは知らなかったんだ」

「そうですよね。入院するほど重い精神疾患だとは思いませんでしたね」

「そこまで知ってるのか……」

「知ってますよ」

「この話は他の人にしてないだろうな」

「はい。してないです。するつもりもありません」

「本当か?」


 岩淵は変わらず厳しい態度で俺に問い掛ける。

 早瀬の虚言だったという話をすれば、岩淵が引け目を持ち、態度を軟化なんかさせるのではないかと思っていたが、一向にそんな様子はない。

 軽く考えすぎていたようだ。


「はい。これは他人に言うべきじゃないことはわかってますよ。それはいいんです。今日は、その件を話に来たんじゃないんです」

「じゃあ、何をする為に来たんだ?」

「別件で聞きたい話がありまして、ちょっとだけお時間を頂けませんか?」


 岩淵の威圧感に、緊張で喉が焼け付きそうだった。


 岩淵は、このタイミングでの、この要求を脅迫だと捉えるだろう。

 答えなければ、早瀬の件を騒ぎ立てるという脅迫だ、と。

 ……こうなれば、こっちもそのつもりである。

 岩淵に言う気が無くても、無理にでも聞き出すしかない。


「……わかった。時間くらいならやるよ」


 岩淵はいっそう鋭い目で俺を睨み付けた。


「この学校の卒業生のことについて聞いても良いですか?」

「話せることならな」

「大丈夫な範囲だと思います」

「なら、言ってみろ」

「はい。小深山章次君のお兄さん、小深山青星さんは、この高校の卒業生ですよね」

「そうだ」

「小深山さんの事を知ってますか?」

「ああ。彼の学年の学年主任もやっていたからな」


 その時、この学校に司崎がいたかどうかを聞きたいが、後回しにしよう。

 問題を起こして退職した教師の話はタブーだろうから。

 まずは、少し冒険にはなるが、クズミという奴が小深山兄の同級生にいたかどうかを聞くべきだ。


「じゃあ、クズミさんの事も知ってますか?」

「クズミ……ああ、クズミユズトだな?」


 クズミという名字は、珍しいとは言わないが、ここらには余りない。

 おそらく、そのクズミで間違いないだろう。


「はい。そうです。小深山さんと同じクラスでしたか?」

「ああ。小深山とクズミは同じクラスだった。三年A組だ」


 やはりそうか。


「凄いですね。岩淵先生は生徒がどのクラスに所属してたかまで覚えてるんですか?」

「いや。一般の生徒なら、そこまで覚えてない。だが、あの二人は問題を起こしたからな」


 問題――まさにそれが俺の聞きたい事なのである。


「詳しく聞かせて下さい」

「詳しくって言われてもな。知ってるのは概要だけだ――あれはもう受験直前だったかな。クズミが小深山に『お前は、受験に失敗する』と言ったそうだ。それで掴み合いの大喧嘩になった。私が知ってるのはそれくらいだよ」


 なるほど。

 そんな事があったのか……。

 小深山兄は一浪していると聞いている。

 その件が受験に影響を与えたと、恨みに感じていても不思議じゃない。


「二人に処分はあったんですか?」

「それはなかった。受験直前は張り詰めてる。だから、割とそういう事はあるんだ。状況が状況だけに処分とかそういう話にはならなかった」

「そうですか……それ以降、二人に遺恨いこんが残ったような感じでしたか?」

「さあな。それ以降の事は知らない。あとの事は担任に任せたから」


 担任か――これはちょうど良いタイミングである。

 司崎の名前が引き出せるかもしれないと、岩淵に問い掛けた。


「その先生に話を聞けますか?」

「無理だよ。退職したからな」


 やはり……そうだ。そういう事なのだ。


「その人の名前は?」

「退職した教師の名前を聞く必要があるのか?」


 俺は深く頷く。


「お願いします。聞かせて下さい」


 二年前の三年A組、という詳細まで出ているのだ。

 その担任が誰だったかなんて調べればすぐ分かることだろう――だが、それでも、ここで聞いておきたかった。

 相手が能力者だと、名前一つを調べるのも気を遣わなければならないのである。しかも今回の場合は、クズミも能力者だとすれば、三人の能力者がいるということになるのだ。


 岩淵は、しばらく考えた後、諦めたように息をついた。


「司崎という名前だよ。退職してから行方知れずだ。だから連絡は取れないぞ」

「そうですか……わかりました」


 必要な情報は得た。

 小深山兄とクズミが同じクラスだった事。

 更に司崎がそのクラスの担任だった事。

 小深山兄とクズミの間には揉め事があったという事。

 もう十分だろう。


 司崎の退職理由を聞きたいが、止めて置くことにした。

 どうせ岩淵は建前の理由を言うだろう。

 引き際が重要だ。

 必要になったら、もう一度聞きに来れば良い。

 今はもう限界だ。

 これ以上は噛み潰される苦虫も可哀想だ。


「ありがとうございました。参考になりました」


 俺は頭を下げて、一刻も早く逃げ出したいと、指導室を出ようとする。

 しかし――


「ちょっと待ちなさい」


 岩淵が俺を引き止める。

 岩淵は俺を厳しく睨み付けたままである。


「何ですか?」

「お前の目的は何なんだ?」


 物凄い目力である。

 どんな人生を歩めば、こんな目力になるのだろうか。


 俺は緊張で縮こまる体を押さえ、冷静にみえるよう必死に取りつくろう。


「いや、別に大したことじゃないんですよ。今、その小深山さんとクズミさんが揉めてるんです。僕なりに何か出来ることはないかなと思いまして」

「そんな事の為に、教師を脅迫したのか?」


 やはり脅迫したと思われているようだ。まあ実際、脅迫したのだが……。

 岩淵が、がなり立てるのではないかと身構えながら、口を開く。


「はい。そんな事なんです。でも僕にとっては重要な事なんです」

「……そうか。悪巧みじゃないなら、それでいいんだ

「脅したと思われたのなら、すみません。まったくそんなつもりは無かったんです」

「ああ。構わんよ」


 岩淵がそう言ったので、早々に引き上げようと出口へと向かう。


「ちょっと待て」


 ――またか。


「はい。何ですか?」

「それから、早瀬先生のことは絶対に他言するなよ。こっちは早瀬が戻れる方法を必死で模索してるんだからな」


 ……。

 そういう事か――岩淵の弱みを握ったと思っていたが、そんなことは岩淵にはどうでも良かったようだ。だからこそ、俺に対する態度を一切変えなかったのだ。

 岩淵は最初から早瀬の立場だけを考えていて、噂が広まって騒ぎにならないように、俺の要求に答えたという事だったのである。


 浅はかだったなと思うが、結果が同じなら、どちらでも良いことだ。


「わかってます。僕も早瀬先生には戻ってきて欲しいですから」

「そうか……じゃあ、困ったことがあったら、また来なさい。いつでも相談に乗るから」


 急に軟化したその態度に一瞬戸惑ったが、


「ありがとうございます」


 と礼を言い、すぐに生徒指導室を出た。


 ――今度は引き止められずに済んだようだ。

 俺は緊張を解き、ふうっと長い息をついた。





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