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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第一章 七原実桜編
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双子


 寝覚めの悪い朝。

 俺は重たい体を引きずり、ベッドから這い出した。

 眠い眠いと呟きながら、やっとのことで身支度を終えて、溜息をつきながら玄関のドアを開ける――すると、そこに天使がいた。


「あ、お兄ちゃん。おはよー」


 ちょうど同じタイミングで隣家の双子の妹――上月麻里奈が出てきたところである。


「いい朝だね、お兄ちゃん」


 麻里奈は俺に微笑みかけた。

 彼女は背が低く、全体的に華奢で幼い。

 肌は透き通るように白く、色素の薄い髪が風にさらさらと揺れていた。


 まさに天使。


 天使としか言い様がないほどの可愛さ……まあ、外見的には、という話ではあるが。


「いつも、この時間にしてよ。そしたら、お兄ちゃんと一緒に登校できるのに……」


 麻里奈はポツリとそんな事を言う。

 あざとい。

 上月麻里奈は、あざといのである。


「適当な事を言うなよ。そんな事ばっかり言ってたら、馬鹿な男が誤解するぞ」

「他の人には言わないよ」

「それから、俺と麻里奈には血縁関係はない。だから、お兄ちゃんって呼ぶなよ」


 と俺は言う。

 すでに麻里奈に何度も言っていることだ。

 そう呼ばれると困ってしまうのだ――お兄ちゃん、そのたった一言で胸の真ん中が熱くなってきて、うっかり隷属れいぞくさせられてしまいそうになるのである。


「えー。お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」


 麻里奈は不満そうに頬を膨らませた。


 騙されてはいけない。

 こいつは、こうやって思い通りに男を操ってやろうっていう魂胆こんたんなのである。

 麻里奈は誰に対しても、この対応なのだ。


「この前、教頭まで、お兄ちゃんって呼んでただろ。あれは違うと思うぞ」


 そんな場面は見てはいないのだが、俺が適当にそんな事を言うと、麻里奈は「あたしはみんなの妹なの」と答える。


 否定しないところが麻里奈らしい。

 こっちが、どんなにくだらない冗談を言っても乗ってくれる。

 話を合わせてくれる。

 それが男心をどれだけくすぐるか知っているのだ――いや、本当に教頭さえも、お兄ちゃんと呼んでいるのかもしれない。その可能性さえも捨てきれない。

 どちらにしろ、上月麻里奈は途轍とてつもなくあざといのだった。


 って、こんな所で、だらだらしている場合じゃなかった。


 麻里奈が出てきたって事は、双子の攻撃的な方こと上月優奈も出てくるだろう。朝からアイツの悪態は聞きたくない。

 彼女が出て来る前に、この場を離れるべきだ。


「じゃあ、俺は先に行くからな」


 そう言ったとき、隣室の玄関のドアが開き、それが出て来る。


「酔っ払いでも通ったかな。家の前に気持ち悪い物が落ちてるわ」


 朝っぱらから、こんな最悪の例え方をするのは、間違いなく上月優奈である。


 姿形で言えば、麻里奈と優奈は全く同一である。髪型さえも全く同じだ。

 しかし、まったく二人は違って見えるのである。

 百回シャッフルしようが、一万回シャッフルしようが、二人を見分ける自信があった。

 まあ、それは麻里奈がいつだって笑顔で、優奈がいつだって不機嫌な顔をしているからなのだが。


 ――待てよ。

 さすがに一万回くらいシャッフルしたら、さすがに麻里奈も不機嫌な顔になるな。逆に優奈は怒りの限度を超えすぎて逆に笑顔になっているかもしれない。これじゃあ見分けがつかないじゃないか……なんて、どうでもいいことを思う俺は、寝不足で頭が動いてないようである。


「はあ、朝から嫌な物見た。はやく消えてなくなればいいのに」


 ちなみにさっきは双子が姿形が全く同一とは言ったが、俺の目は妹の麻里奈の方がわずかに胸が大きいことを察知している。

 おそらく麻里奈の方が一つカップが上である。

 ただし、麻里奈はそれでもまだ貧乳という範疇はんちゅうにあるのだけれども。


「何ボケッとしてるのよ。折角わたしが挨拶してあげたのに!」

「いつから『消えてなくなればいいのに』が挨拶になったんだよ!」


 俺は言い返すと、優奈に「うっさい、ばか!」と罵倒ばとうされる。


 うーん。

 今日の罵倒は、直接的すぎる。20点と言ったところか。

 俺としては、もっと気の利いた罵倒を頂きたいのである。


「お兄ちゃん、泣いちゃダメ。違うから」


 と言いながら、麻里奈が顔をのぞき込んで来た。


 泣いてねえよ。


「何が違うんだよ?」

「優奈ちゃんをよく見て」


 麻里奈の、その言葉で優奈の方を見る。

 目がきちんと開いていない。

 優奈は立ったまま寝かけているのである。


「ごめんね、お兄ちゃん。優奈ちゃん、夜更かししたから、頭が動いてないみたい。だから、ひどいこと言っちゃったんだと思う」


 だとすれば、俺は寝ぼけているときの優奈にしか会った事がないって事になる。

 そして多分、起きているときの優奈には一生会えない気がする。


「いいな、お前は。寝てても学校に連れて行ってもらえるんだな」


 と優奈に言う。

 その間に、微かに開いていた目が完全に閉じていった。


「これ、大丈夫か? 本気で寝始めたぞ」

「うん。よくある事だから――じゃあ、優奈ちゃん行こう」


 麻里奈が優奈の腕を引っ張って行く。

 その二人の様を見て、『かわいいな、おい』と思ってると、急に優奈の目がぱっちりと開いた。


「だめ、麻里奈、こいつを先に行かせて」


 と優奈が言う。


「はあ? 俺は、まだ玄関の鍵を締めていないんだよ。お前らが先に行けばいいだろ」

「グズグズ言ってないで、あんたが先に行きなさいよ。私の前から一刻も早く消えて」

「お前の前から俺が消えるのも、俺の前からお前が消えるのも同じ事だろ」

「うっさい、ばか。あんたが先に行けばいいの!」

「何で、そこまでかたくななんだよ?」

「あんたには背中を見せないって決めてるから!」

「何もしねえよ!」


 ……まあ、これ以上、だらだらと喋ってても仕方がない。優奈が更に意固地になるだけだ。

 ここは優奈の言う通りにしておこう。


「じゃあ先に行かせて貰うな。麻里奈」

「うん。頑張ってね、お兄ちゃん」


 ぶんぶんと手を振る麻里奈の横で、優奈が鋭い視線を向けてくる。その前を通って、先にマンションの玄関口へと向かう。


 この双子と会うと、いつもこんな感じだった。




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