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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第三章 小深山章次編
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考察

 ロッカーから出ると、ギラギラとした外の明るさに目が眩んだ。

 目が慣れるのを待ってから七原の方を見る。

 友達を騙した罪悪感からだろう、七原は浮かない顔をしていた。


「戸山君。私、上手く聞き出せたかな?」

「ああ。完璧だと言ってもいいくらいだ」

「そう……でも、最低の気分になるね。こういうのって」

「だな」

「でも戸山君に協力するのなら、こういうのも慣れてかなきゃいけないね」

「別に自己犠牲なんて必要ないからな。七原が受け入れられないのなら他の方法を考える」

「大丈夫。私が決めてやってる事だから。出来ない事は出来ないっていうよ」


 その点では意見が一致しているという事だ。


「そっか」

「ごめんね。こんな恨み言みたいな感じになって、戸山君も暗い気持ちにしちゃったよね」


 そうだな。俺も浮かない顔になってるかもしれない。

 だが、七原の指摘は間違っている。

 俺は感情を押し隠すのが得意な方だ。それでも隠しきれずに沈んだ感情を出してしまったのは、七原が小深山を好きだと言った事の所為せいなのだ。

 たとえ小深山のことを詳しく聞き出す為の嘘だと分かっていても、心が沈んでしまって、どうにもならないのである。


 だが、この思いを七原に言う訳にもいかない。


 俺は一つ息をついて、気を取り直した。


「逢野への嘘は明日から上手く誤魔化してリカバーしろよ。逢野は毒舌家だけど、他人の秘密を言いふらすような人間じゃないだろから、きっと大丈夫だ」

「そうだね。ありがとう」

「でも、これだけ苦労したのに、小深山が能力者じゃない裏付けを取った感じなのがな……」

「そうだね」

「今となって不思議なのは、七原は小深山の好みじゃないのに、何で小深山が七原を狙ってるって事になってたかだよな」

「いや、人を好きになるって好みとかそういうことだけじゃないでしょ。胸の大きさって、それほど重要なもの?」

「人に寄るとは思うけど……逢野は今までの彼女『全員』だと言ってただろ。実を言うと、俺も小深山の彼女を見た事あるんだよ……本当に凄まじかったぞ」


 何せ、セーターの胸部の生地がペラペラになりそうなくらいの大きさだったのだ。


「へえ、ミサキさんに会ったことあるの?」

「いや、ミサキって奴よりも、もっと甘ったるい声だったから、たぶん前、もしくは前の前の彼女だと思うけど」

「そうなんだ……見に行ったの?」

「は?」


 七原の質問の意図が読めず、聞き返す。


「だから、小深山君の彼女の胸が大きいって聞いて、見に行ったかを聞いてるの」

「いやいや、それは違うって」

「見に行ったから見たんでしょ?」

「偶然、れ違っただけだよ。わざわざ見に行かねえよ」

「本当に?」

「本当だよ」

「そう……じゃあ、戸山君はどうなの?」

「何が?」

「戸山君は……その……胸の大きさとか重要なの?」

「いや俺は別に……って、俺達、何の会話してるんだよ」

「そもそも、こんな話を振ってきたのは、そっちでしょ」

「そうだな……まあ、とにかく、小深山くらいになったら好みの女と付き合えるんだよ。前の彼女も、今の彼女も甘ったるい声でタレ目の巨乳だ」

「タレ目かどうかは分からないでしょ?」

「でも何となく、そんな感じだろ。ミサキって奴の声の印象からして」

「気持ちは分かるけど」

「もちろん、七原が言うように人が人を好きになるのは好みだけでは語れないものだ。小深山が七原を普通に好きになっても何の不思議もない。だけど、優奈の話を聞いた後だと、どうしても能力が絡んでそうだと思ってしまうんだよ」

「そうだね。でもそれ以外では、もう小深山を能力者だと疑う理由はないでしょ。家族に問題は無し。人間関係も良好で有能、悩む要素なんて見当たらない」


 それは、あくまで逢野の視点の意見ではあるが、逢野は確かにそれなりに知ってるようだった。

 信じても良いのではないかと思う。


「でも、小深山には誰にも絶対に話さないような悩みがあるのかもしれない」

「どっちにしたって、小深山君は覆面じゃないでしょ? アリバイもあるし」

「いや、小深山が言った公園は繁華街の近くだ。彼女をささっと抱きしめて、その後に犯行に及ぶのは可能なはずだ」

「でも、そんな予定があるのに、彼女の所に行く?」

「行かないだろうな。言っちゃあ悪いけど、あのミサキって奴は頻繁に小深山を呼び出してそうな感じがした。それなら今度でいいやって思ってしまうかもしれない」

「アリバイ成立とはいかないけど、限りなく可能性は低くなったって感じね」

「そうだな……逢野の話を聞いてると、気になったのは、むしろ兄の方だった」

「どうして?」

「シリウスって如何いかにも何か仕出しでかしそうな名前だろ」

「それは言っちゃいけないと思う」

「でも、どうしても気になっちゃうんだよな。シリウスって名前は……まあ、俺も名前で苦労してるから、こんなもので決めつけるのは反対派なんだけどな」

「名前で苦労?」

「逢野も言ってだろ。男だから『ノゾム』だと思ったって。たったそれだけでもメチャクチャ面倒に感じるもんなんだよ。それが青い星と書いてシリウスなんて悪夢でしかない」

「そうね。名前のそういうのって大変だよね」

「戸山と小深山で同じ『山』が付くとか、そんなことで弄られたりもするからな。青星ってどれだけ弄られるんだよ」

「たしかに」

「まあ、仮に小深山兄が能力者だとしても東京にいるのなら、俺の守備範囲外だけどな。それは、そこの排除能力者に任せて置けばいい」

「そうだね」

「ってことで、小深山に関しては調査終了だな……じゃあ、そろそろ帰るか」

「え? もう?」

「ああ。俺にも忙しい日があるんだよ」


 職員室に部室の鍵を返して、帰路につく。

 帰り道では、他に能力者がいるかどうかを論議してみた。

 しかし、何の結論も出ないままである。

 改めて能力者を発見することの難しさを痛感した。


 そして七原の家と俺の家の分かれ道に到着する。


「ねえ、戸山君……これからどうするつもり?」

「ん? これから?」

「また、とぼけてる。戸山君の事だから、小深山君の事がまだ気になってるって思ったの。アリバイが成立した訳じゃないって言ってたし」


 七原にはお見通しだったようだ。


「ああ、そうだな。実は、まだ腑に落ちてないんだ」


 何か上手く丸め込まれている気がするのだ。

 小深山に都合のいい証拠ばかりが次から次へと出てくのだ。

 こんな事があるだろうか。


「何をするの?」


 七原は真っ直ぐと俺を見つめる。

 問い詰めモードだ。

 七原がこうなってしまったら、俺が自白するという未来しかない。

 素直に言った方が、話が早い。


「サッカー部の部活の終了時間から、小深山を尾行しようと思ってる」

「小深山君が真っ直ぐ家に帰ったら?」

「そこで張り込むよ」


 尾行が成功するとは限らないので、委員長に小深山の住所を聞いておこう。

 委員長は小煩いが、彼女の気に障らないように気をつけていれば、遠田同様かなり役立ちそうだ。


「ずっと張り込むの?」

「ああ、昨日『覆面』が出没した時間くらいまでは張り込もうと思ってるよ」

「そこまでするの?」

「ああ、そこまでするよ。他に疑う相手もいないし」

「そこまでして、小深山君にこだわる必要はないんじゃない?」


 根拠や理屈がある訳じゃない。どうせ空振りだろうと思っている。

 だが、それでも……。


「やらないと気が済まないんだ」

「そっか。決意は固いんだね」


 七原は意を決したような顔になる。


「じゃあ、戸山君。私も行く」

「はあ?」

「私も張り込みに行きたい」

「危ないだろ。夜中って程じゃないが、遅い時間の繁華街にも行かないといけないかもしれないんだぞ」

「でも行くよ。一人で張り込みとか食料調達はどうするの?」

「いや、そんな何日もやる訳じゃないし」

「休憩時間も必要でしょ」

「守川でも呼ぶよ。さすがにその時間まで委員長といるわけじゃないだろうから」

「そう……戸山君が断るのなら、私は一人で張り込むから。委員長に小深山君の家の住所を聞いて」

「……わかったよ。仕方ない」


 それを言われたら、どうにもならない。

 こっちで七原が危なくないように配慮していくしかない。


「じゃあ、私服に着替えて、ここに集合だな。出来る限り地味な格好で来いよ」

「そうだね。尾行するのに目立つ格好はないよね」

「ああ」

「それじゃあ、後で」

「ああ、後でな」


 そして、その帰り道。

 俺は一人になると、思いを巡らした。


 七原が言っていたように、もう小深山にこだわる必要はないのだろう。

 この街には沢山の人がいて、それぞれが何かを抱えて生きている。もはや小深山は、その中でも疑わしくない方から数えた方が早い人物なのである。


 今朝、女の勘という言葉を使った藤堂を批判したばかりだが、俺も似たようなものだと思う。


 俺が小深山を疑ってしまうのは、きっと心底恐れているからだ。

 七原が能力者である小深山に惹かれてしまう事を。

 七原と同じ時間を過ごせなくなってしまう事を。


 ……でも、それを差し引いて考えても、小深山には何か引っ掛かるのだ。


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