放課後
放課後、七原から『先に部室に行って待ってて』というメッセージが来ていたので、一人で部室に向かった。
しばらく、ぼーっと考え事をしながら待っていると、七原がやって来た。
「ごめんね。遅くなって」
「何してたんだ?」
「別に何をしてたって訳でもないけど」
「じゃあ、何で先に行けって言ったんだよ?」
「委員長に、放課後は戸山君と別行動をしろって言われたの」
「何で?」
「私にも分からない。委員長には考えがあるらしいけど……まあ、部室に入ってから考えよう」
そう言って七原は鍵を開けて部室に入る。
俺はそれに続き、いつも通りの席に腰を下ろした。
「休憩中も何かしてただろ?」
休憩時間、七原は委員長と短い会話をした後、教室から消えた。
帰ってきたのは授業ギリギリで、すこし息が上がっていた。
「ああ、それね……まだ、その事を言う訳にはいかないよ」
七原は悪巧みをする子供のような笑みを浮かべている。
「頼む、七原。委員長には言わないから、教えてくれよ」
「駄目だよ。これは後のお楽しみだから」
「何だよ、それ。楽しむなよ」
「まあ、そうなんだけどね……でも実際、この作戦は奇策だけど、名案だと思うよ。っていうか、これ以上に戸山君の要求を満たす方法はないと思う。それは私が保証するよ」
七原がそう言うのなら仕方ない……仕方ないと諦めもつくのだが、この作戦を考えたのが委員長だと言う事に、そこはかとなく嫌な予感がするのである。
「ところで、戸山君。小深山君に詳しい人が来たら、どういう事を聞くつもり?」
「まあ、家族の事とか、部活や学校での人間関係とか、過去に小深山が悩んでそうな事について聞くよ」
「他には?」
「あと、小深山の周辺で何か不思議な事はなかったか、とか」
「他には?」
「それくらいしかないな。能力者かどうかは、そういう情報から判断するしかないんだよ」
「なるほどね」
「それから、これはその場の雰囲気的を見ながらって所なんだが、小深山に『堅気じゃない連中』との繋がりがあるかどうかも聞いておきたい。小深山君が『覆面』だとすれば、その連中と何らかの関係があるはずだ」
「そうね。じゃないと、襲撃なんてしないよね」
「まあ、これは委員長が連れてきた奴が知ってそうなら聞く、って感じにしようと思ってる」
「そうだね。その質問は慎重にした方がいいね。小深山君にあらぬ疑いを掛けてしまうような事になるから」
そんな話をしていると、どんっどんっと遠くから音が聞こえて来る。
どんっどんっどんっどんっ。
……どうやら、それは近付いてきているようだ。
これは足音だろうか
……となると、あいつしかいないだろう。俺の頭の中にはある人物が思い浮かんでいた。
鉄下駄でも履いてるような足音でやって来て、追突事故でも起きたような物音をさせた後、勝訴と認められた紙でも持ってるかのような勢いでドアを開く。
それが誰なのかは言うまでもない。
「ナナ、持ってきたぞ! おう、戸山もいたのか!」
歩く騒音こと守川一也である。
その横には教室で掃除用具を入れているようなロッカーがある。
守川はこれを持ってきたようだ。
これを粗雑に置いたから、さっきの追突事故のような音がしたのだろう。
何でロッカーなんだろう?
これって一人で持ち運べるような物なのか?
ってか、こいつが委員長の言ってた小深山に詳しい奴なのか?
守川が小深山に詳しいなんて聞いた事もないし……どういう事なんだろう?
頭の中が色々な疑問で渋滞している内に、守川はロッカーを軽々と横に倒し、ちょっとした小包でも持っているかのように部室に入ってきた。
すげーな。おい。
「守川君、ありがとう。ありがとうなんだけど。もう少し静かにお願い」
「りょーかい」
そして、守川はロッカーを掃除用具入れの定位置まで運び、ストンと置いた。
今度は、まだ少し浮いているんじゃないかと思うほど無音だった。
加減を知らない男である。
「ここで良かったか?」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、オレの仕事は終わりでいいな。帰るぞ」
「ん? もう行くのか?」
「ああ、委員長に早く帰って来いって言われてるんだ」
「守川君、ありがとう。また明日」
そして守川は、あっという間に部室を出ていった。
……一体、何なんだ?
「何で、ロッカーなんか?」
「必要だから、顧問の田畠先生に頼んでたの」
「答えになってないぞ」
「そうだね」
そう言って七原はおもむろにロッカーの扉を開く。
空っぽである。
まあ中身が入っていたら、ごつごつと音を立てていただろう。
「じゃあ、戸山君入って」
七原は信じられないような事を笑顔で言った。
「は?」
「入って」
「何でだよ」
「ここに至っても、わからない?」
「わからねえよ。何でロッカーに入るんだよ?」
「はあ……」
七原は溜息をついてみせる。
「戸山君ってさ、自分が嫌われ者だって十分に理解できてないよね」
「してるつもりだけど」
「じゃあ、戸山君がいたら、委員長が連れて来る人が素直に喋ってくれると思う?」
「……ああ、そういう事か……お前らの企みはこれだったんだな」
「委員長は戸山君がいたら進む話も進まないからって、こういう作戦を考えたの。合理的でしょ?」
「……だな」
「じゃあ、どうすればいいか分かるよね?」
「……分かったよ。仕方ない……上手くやれよ」
「大丈夫。やるよ。完璧にやり遂げてみせるから。このロッカーを融通して貰う為に、田畠先生に迷惑かけた分も頑張らないといけないし」
なるほど。だから七原は休憩時間に教室から消えていたのだ。
努力の方向性を間違ってるだろと言おうと思ったが……よく考えてみれば、悪くない策だ。
委員長が言うように、俺がいたら話がスムーズにはいかない。俺はこの場にいない方がいいだろう。
だがそれでは、この場の細かい空気を感じ取れない。思うような結果が出なければ、委員長の連れてきた奴が嘘をついたかもしれないと疑念が湧き、納得出来ないままだろう。このロッカーの中にいれば、会話の全貌を知る事が出来るのだ。
……それに、こっちは委員長に黙ってケツバットをしたんだ、こんな復讐をされても当然だ。
断る理由がない。受け入れよう。
俺は素直にロッカーに入った。
「辛くなったら出てきていいからね。そうなったら、ちゃんと相手に事情を説明するよ。梯子を外すような事はしないから」
七原は心配げに言った。
俺をロッカーに入れた時点で、七原の悪巧みのテンションは最高潮を終え、今度は不安になってきたのだろう。
「大丈夫だよ。暗くてジメッとした場所は割と好きなんだ」
「そう。それならいいけど……」
「大丈夫。気にするな」
それにしても奇策だ。
ロッカーの中から、七原とこんな会話をするとは思いもしない事だった。




