教室
藤堂がある程度離れた事を確認してから、俺も教室に向かって歩き出した。
ゆるゆるしたペースの藤堂達の後を歩くのはもどかしいが、追い越すとまた突っかかって来そうなので仕方がない。
藤堂達の会話に耳を傾けると、既に俺とは全く関係無い話をしているようだ。もう十分ヘコませてやったから、興味が無いという事なのだろう。
藤堂は階段を上がると、教室の後ろ側のドアから入った。
そっちのドアの方が、階段から近いからである。
俺も以前ならそうしていたが、先週から前側のドアから入るようになった。
その理由は、藤堂のグループを離れた七原が、廊下側の最後列の逢野の席の辺りで、逢野や佐藤と話しているからである。七原を出来るだけ避けておかないと、クラスメートの反感が高まってしまうのだ。
そして今日は他にも、もう一つ理由があった。
前のドアから入る事で、俺と同じ列の一番後ろに座る小深山の様子を窺うことが出来るのである。
俺はさりげなく小深山の方に目を向けた。
小深山はいつも通り席に座って、塚元や篠原と談笑しているようだ。
改めて見ても、小深山は肌が白く、女性のような綺麗な顔立ちである。
さらに何でも出来る完璧人間で、誰にでも分け隔て無く接する。
小深山が時折『王子』というあだ名で呼ばれるのも納得できる話だった。
ただ、俺が少しだけ違和感を抱いてる事は、『誰にでも平等』を信条とする小深山が何故か俺だけは嫌っているようなのである。何となく伝わって来るもので確証はないのだが……まあ、だからといって、他のクラスメートと同じように扱って欲しいなんて事を思う訳もなく、どうでもいい事ではある。
とにかく小深山は完璧だ。彼には完璧という言葉しか思い浮かばない。
俺は少し考えてみる。
小深山が能力者だとするなら、どんな能力を得るというのだろう。
彼には能力で補わないといけないような弱点が見受けられない。
そもそも、能力は負の感情と結びつくものであって、絶望から芽生える物である。
彼が絶望を感じる事があるとも思えない――。
「おはよ」
と後ろから高梨の声がする。
高梨が登校してきて、小深山に挨拶をしたようだ。
「ああ、おはよ。高梨」
高梨は今、限りなく一軍に近い二軍という地位を得ている。人によっては一軍にカウントするかもしれない。というのも、高梨は一軍に取り入って、上手く世渡りしていくタイプなのだ。
最近では、多岐にわたるスポーツ知識で、サッカー部の小深山のグループに入ろうと画策しているようである。
「小深山、昨日の試合見た?」
そう言って高梨は話し始めた。
その会話を聞いていくと、小深山と高梨は以前から昨日行われる試合の話をしていたという事が分かった。
スポーツ観戦を全くしない俺には専門用語が多すぎて、あまり頭に入ってこなかった。
高梨は興奮気味に話す。
「まじで凄かったよな。あれは歴史に残るシーンだと思う、あの後半の……」
「いや、悪い……そこは見てないんだよ」
と、小深山は申し訳なさそうに言った。
「は? でも今、見たような事言ってなかったか?」
「いや、10時までは見てたんだけどな」
「まじかよ。前半しか見てないのかよ。何で?」
「いや、ちゃんと録ってるから」
「嘘だろ? 何があったら、あんないい試合を途中で止められるんだよ?」
と、同じサッカー部の塚元も小深山に問い掛けた。
「それは……」
小深山が言い淀む。
いつの間にか教室内は静かになっている。
クラスの女子生徒達が聞き耳を立てているようだ。小深山の人気の証明である。
塚元はデリカシーもなく、更に問い続ける。
「あれだろ? 女が泣きながら電話してきたんだろ? そんな事でも無いと、あんな試合途中で止められねえよな」
「そういうんじゃねえよ」
「じゃあ、何だよ?」
「眠くなってな」
「お前、何歳だよ?」
「勉強しててな」
「嘘だろ。いや、まあ、分かってるよ。どうせ別れ話だったんだろ?」
塚元がニヤニヤしながら話しているのが、見ないでも分かった。
「そんな話を聞き出そうとするなんて野暮だろ?」
小深山もニタリと笑ったようだ。
それで、この話は終わりという空気になり、小深山達は別の話題に移っていった。
高梨は徐々に話の主導権を奪われ、相鎚を打つ声だけが聞こえてくる。蚊帳の外で、切なさを募らせているようだ……背伸びするのも大変だな。
そんなことを思いつつ、小深山の雑談に集中した。
だが、やはりサッカーの話ばっかりで頭に入ってこなかった。
それにしても、さっき言い淀んでいたのは何故だったのだろう。
気になるところである。
本当に今の彼女と別れ話をしていたのだろうか。
そうだとすれば、言い淀んで当然だ。
そしてこれが七原に乗り換えるという話に繋がっていくのかもしれない。
一方で、別れ話じゃないのなら、どういう事が考えられるだろうか。
小深山が能力者だとするならば、その能力で何かをしていた時の事は何も言えないだろう。
また、本当に記憶を無くしているというのも、考えられない事ではない。
能力者は、より強い能力を求めていくごとに、理性を失っていく。その中で、記憶を失う事は珍しくもない。
まあ実際のところ、こうやって注目しているから話がおかしくなるだけで、口籠もるといったことは日常的に起こる事である。単に、面白い返答をしてやろうと何かを考えていたのかもしれない。
能力者は滅多に現れるものじゃないのだ。
小深山章次は能力者ではない……結局、その可能性が一番高い。
小深山には今後も注意しておく。
その程度に考えておくのが正解だろう。




