帰路
部室を出て戸締まりをする。
委員長は、もう口も聞いてくれない。
ムッとした顔で、こちらをジッと見ている。
当然だ。
プラスチックバットだから痛みはそれほどじゃないないといえども、相当な屈辱感がある。
あんな事をされたのに、嫌わない女なんて七原くらいのものだろう。
携帯を取り出し時計を見る。
想定より早く終わってしまったようだ。
これほど、排除をすんなりと受け入れてくれるとは思わなかった。
全て寺内父の覚悟のお陰だろう。
「委員長のお父さんは今、学校に向かってるはずだ。それに合流しよう」
委員長は俺が話しかけても無視をしたが、大人しく付いて来た。
教室に戻り七原と合流し、職員室で鍵を返す。
それから遠田に連絡を入れると、既に校門の前で待っていた。
寺内父を宥めるのにも限界だったらしい。
校門で佇む父親の姿が委員長の目に入る。
委員長は、また目に涙を溜めているようだった。
しとしとと降る雨の中、ゆっくりと近付いていく二つの傘。
「お父さん」
「奏子」
お互いの感情を確かめるように語りかける。
劇的ではないが、ほっと心が暖まる一年ぶりの親子の再会だった。
委員長が袖口を雨に濡らしながら、手を差し出す。
それに寺内父が応えて、手を握った。
心配はいらないだろう。二人とも覚悟は決まっている。
能力さえなければ、伝えるべき事を伝える事が出来るだろう。
「じゃあ、俺達は帰るか」
「そうだね」
七原、遠田、双子が賛同する。
「長い一日だったな」
「疲れたね」
そんな会話をしながら帰路につく。
遠田は逆方向だったので、遠田は早々に離脱した。
そして、双子は晩御飯の買い物があると言って離脱し、俺と七原は二人きりになった。
いつもなら、優奈が『あんたと女子生徒を二人きりにする事はできない』と強弁し、解散となりそうなものだが、双子は何も言わなかった。
双子も疲れ切っているという事なのか、それとも何かを企んでいるのか。
まあ、間違いなく後者なのだろうな。
「今日は疲れたな。何せ、二人分も力を使ったんだから」
「そうね。一日に二人の女の子にケツバットしたのね、戸山君」
「つくづく変態だよな」
俺が自嘲気味に言うと、七原は少し改まった口調で「戸山君」と呼び掛ける。
「何だよ」
「今日は本当にありがとう。戸山君には本当に感謝しかないよ」
「ああ」
「ねえ、戸山君。何で、そんな顔してるの?」
「はあ? おかしな顔してたか?」
「なんていうかな、どこか悲しい顔に見えたの」
「……いや、『いいのかな?』って思ったんだよ。俺は勝手に他人の人生に踏み込んで変えてしまった訳だし」
「戸山君は間違ってないよ」
「結局の所、俺は俺の都合で動いてるだけだし」
「そんなこと無いよ。戸山君は相手の事もしっかり考えてる」
「そうかな」
「そうだよ。少なくとも私は、そうだと思ってる。でも、戸山君がそう思えないなら、今はそれでもいいと思うよ」
七原は俺の目を真っ直ぐ見て言った。
「これからは私が戸山君の背中を押してあげる。戸山君が私の背中を押してくれたようにね」
背中を押す……か。
「なあ、七原。今日はもう疲れた。詳しい説明は明日でもいいか?」
「うん。明日でいいよ。帰って、ゆっくり寝て」
「ああ。そうするよ」
七原が微笑みを浮かべる。
俺は、この笑顔に救われるのかもしれない。
少なくとも今日の所は俺の背中を押してくれているのだ。
「じゃあ、私はこっちだから」
「そうか。じゃあな」
「うん。また明日」
七原を見送ると、俺はもう一度気合いを入れ直す。
そして、来た道を引き返した。
さて、もう一仕事だ。
今度は本物の発火能力者を排除しにいかなければならない。
犯人の目星は付いている。
七原は頻りに『クラスメートに犯人はいない』と言っていたが、その通りである。
七原の観察眼は鈍ってはいない。
七原のミスは、あの場にいたクラスメート以外の人物に気付かなかった事だ。
あの場にいたクラスメート以外の人物と言えば、担任の早瀬だけなのである。




