排除
涙を拭いた委員長が口を開く。
「能力を捨てる事に、もう異論は無いよ。でも、もう一つだけ気になってる事があるの。それを聞いていい?」
「なんだよ?」
「さっき『怒り』が強い感情だから伝播するって言ってたでしょ?」
「ああ」
「その他の感情とか思いとか、そういうものも伝播している可能性ってあるのかな?」
「それは無い事じゃないよ。だけど、それに気付かなかったという事は、大して影響を与えるものじゃなかったんだと思う」
「わたしの本ね……結構売れてるの」
俯き加減に言う委員長。
委員長の本が売れてるという事は、夏木の本も売れているという事だ。
何てことをしてくれたんだと思うが、ここで怒る訳にもいかない。
そんな俺の様子に気が付かず、委員長は話を続ける。
「わたしの力が共感の力だというなら、わたしの作品を好きだと言ってくれる人は、これの影響を受けてたって事なのかな? ……いや、別にだからといって、能力を消すのをやめるとか、そんな事は言わないんだけど……一応、聞いておきたいの」
「どうかな。そうかもしれないし。そうじゃないかもしれない。そんな事は分からない。でも、それは心配するな。委員長に能力があると考慮した上で読んでも、委員長の本は面白かったよ。それは俺が保証する」
「え? ちょっと待って。読んだの?」
「ああ。最後まで読んだよ。勝手に本にしてんじゃねえよとは思ったけどな」
「ごめんごめんごめんごめん。権利だけは、権利の事だけは言わないで」
「わかったよ――とにかく、俺は面白いと思ったよ。絵は物凄く上手いと思うし、ストーリーはともかく構成力が高い。盛り上がって感動できるラストだったよ。能力の影響を差し引いて考えても、良い作品だったと思う。それに委員長の能力が、それほど遠距離まで届くものだとは思えない。母親の件だって、家を閉め出されて、街を歩き回ったから、遠くにまで伝播したんだと思うし――」
俺の推測では、委員長の感情が伝播した相手の人数も実は限られているんじゃないかと思う。
そこからは寺内母が元々良く思われていなかったから、雪崩れるように生徒が辞めていったって事なのだろう。
生徒達がいなくなった事に具体的な理由があった訳では無い。だからこそ、生徒を辞めさせた親達は口ごもったのだ。
「残念だけど、委員長のタチの悪いファン達は、ちゃんと実在してるんだよ」
「そうだったんだ。良かった……ああ。でも、読者は一人だっていいんだよ。一人でも読んで楽しいって思ってくれる人がいてくれれば、それで十分だから……」
「そういう建前はいいから。面倒――まあ、という事で排除するぞ。いいか?」
「うん、わかった。覚悟は決まったよ。戸山君、本当に色々とありがとう」
委員長が笑顔を向けてくる。
まあ、それもケツバットまでの、あと少しの間だろう。
ケツバットをした後は、ムスッとした顔をしているに違いないのだ。
「じゃあ、いつでも消していいよ。この力は最初からわたしの手に余ってたから」
「ああ。じゃあ、これから排除を始める。少し『うん?』と思う事があるかもしれないけど、少しだけ我慢してくれ」
「分かった。何でもやる」
「じゃあ、まず自分の中から能力が消え去っていくのをイメージするんだ」
「どういう感じで?」
「どうだっていいよ。人それぞれだ。重要なのは能力を消す事を意識する事なんだ」
「分かった」
「じゃあ、そのイメージに集中して。目を閉じろ」
「う、うん」
委員長は俺が言うままに目を閉じた。
改めて思う……愛らしい顔立ちだ。
「能力の排除って、こんな方法なの?」
「ああ」
「こんな事を夏木君にも……?」
委員長は目を閉じたまま顔を赤くして、そんな事を言ってくる。
「ああ。そうだよ」
「やっぱり、そうなんだ。見たかったな。って、それを今からわたしにもやるのか。……って、やるの? そんな事やるの? ちょっと待って……ああ、いや待たなくていい。大丈夫。いつでもいいよ……長めでいいからね」
何か勘違いしてるよな、と思いつつも訂正はしなかった。
ケツバットをするなんて言うと、説明が面倒だ。
俺は机の上に無造作に置いておいたバットを握った。
「じゃあ、改めて能力を捨てるんだと心の中で強く念じろ」
「うん」
「行くぞ!」
「……はい」
俺はバットを振り抜く。
「イタっ!!」
静かな教室に委員長の声が響き渡った。




