双子について
「身近?」
俺は聞き返す。
「うん。そう。戸山君の近くには、他にも能力者がいるの。誰かわかる?」
考えてみるが、見当もつかない。
そもそも、俺の周りに守川以外の人間なんていたかな。
「誰だ?」
「上月さん達……だよ」
「ああ、なるほど。あの双子か」
俺がそう言うと、七原は頷いた。
上月優奈と上月麻里奈は双子の姉妹である。
彼女達は、俺と同じマンションで隣の部屋に住んでいる。
ちなみに、どちらもこの高校の一年生だ。
「上月さん達はテレパシーの能力を持ってるの」
「テレパシー?」
「遠く離れた相手と会話する能力よ。上月さん達は遠く離れていても頭の中で会話ができるらしい」
「ああ。そうだったのか」
「あんまり驚いてないようだけど?」
七原は俺の反応を見て、そう言った。
「まあ、驚いてると言えば驚いてるっていうか……実感が湧かないんだよ。七原みたいに目の前で力を見せられたのとは違うから。でもまあ、七原が言うなら信じるよ。あの双子も確かに特別って感じがしてた」
「ああ。やっぱりそうなんだ?」
「双子に何かの能力があるとすれば、テレパシー以外ないとも思う。双子は、ちょっとおかしいくらい通じ合ってるなって思ってたし」
「何か思い当たる事があるの?」
「妹の方に姉の方の悪口を言ってると、どこからともなく姉の方がダッシュで来て、ぶん殴られるんだ。そんな事が何度もあった」
「そんな事が何度もあったのに気づかなかったの?」
「いやいや無理だろ。能力者なんて荒唐無稽な話だよ。七原の能力を見せられたからこそ、そんなものもあるのかなって思えてる訳だし」
『双子だから、そんなものなのかな』ってくらいにしか思ってなかったのである。
「確かにそうかもね」
「で、七原。双子が能力者って話を、俺にした意味は何なんだ?」
七原は無意味に他人の秘密を明かすような奴ではないと思う。
何か理由があるのだろう。
「優奈さんが戸山君の事を物凄く嫌っているみたいだから」
「へえ」
「へえで終わりなの?」
「そんな事を言われても。へえで終わりだよ。嫌われてるのは知ってるからな」
「……でも、それで終わらせちゃいけないと思う」
「何故?」
別に俺が嫌われるのは珍しい事じゃない。
「上月さん達が能力者だからよ」
「能力者だから何だよ?」
「能力を使うと、常識で考えられないような手段で攻撃を仕掛ける事が出来てしまう。だから、戸山君を嫌っている相手が能力者だと知っておいた方がいいって思ったの」
ああ、なるほど。七原は俺を心配して忠告してくれたという事らしい。
能力者なんて連中を相手に、俺みたいな凡人が立ち回れるとは思えないが、それを知っていれば、被害を最小限に食い止める事が出来るかもしれないのだ。
俺はありがたく、その言葉を心にとめておくことにした。
「ところで、割と近くに上月っていう能力者がいるのに、何で七原は俺に相談したんだ? 上月に相談すれば良かったんじゃないか?」
同じ境遇の相手の方が相談相手に向いているはずだ。
お互いの秘密も守れるだろうし。
っていうか、能力の話は能力者達だけで仲良くやっていて欲しい。
俺みたいな一般人に関わらないで欲しい。
「それは……無理」
七原は表情を引きつらせる。
「何故?」
「とてもじゃないけど、聞いてくれそうにもないから」
「姉の優奈は面倒な奴だけど、妹の麻里奈は何とかなると思うんだけどな」
「そうだったの? 知らなかった。私が会ったのは優奈さんだけだから」
「そうなのか? ――あの双子は、どこへ行くのも二人一緒だ。優奈だけって、どこで知り合ったんだ?」
「えっと……」
七原は口ごもる。
「戸山君って、結構痛い所を突いてくるね」
「痛い所?」
「そう痛いところだよ……そうね。相談に乗って貰ってるのに隠し事は不誠実だと思うから話すけど……実は昨日、戸山君の家の前で優奈さんと知り合ったの」
「はあ? 何でそんなところで?」
「それには深い深い事情があって……話せば長い話なんだけど……」
七原は話すのを躊躇しているようだ。
「聞くよ」
と俺は言う。
進んで話して来る話は聞きたくないが、話しづらそうにしている話は聞きたくなるのだ。
七原は躊躇いながら口を開いた。
「私、実は先週から戸山君に相談しようとしてたの」
「へえ、そうなのか」
「そう……でも、戸山君には話しかける隙が無かった」
「話しかける隙って何だよ?」
「何度も近づいても、戸山君には人を寄せ付けない結界みたいなものがあって」
「ねえよ」
「でも、とにかく無理だったの。本当に何度も何度も挑戦したんだけどね。昨日もホームルームが終わると同時に教室を出て、何とか下駄箱の所で戸山君に追いついたんだけど、やっぱり戸山君の側まで行くと、何となく話しかけられなくて……でも、私は諦めたくなかった。このまま問題を放置したくないと思った。だから、戸山君の後をついて行って話しかけるタイミングを探っていたの」
「尾行かよ」
「そう。私は戸山君を尾行してたの……引いた?」
七原は心配げに俺の顔をのぞき込んでくる。
「七原って、追い詰められると妙な行動をするタイプなんだな」
「感想、それだけ? 普通、引かない? 尾行だよ?」
「事情を知ってたら、引かないだろ。それに能力の話を聞いた後だぞ。今更、何に動じろって言うんだよ」
俺がそう言うと、七原はほっとした表情を浮かべた。
七原が話しづらそうにしてたのは、俺が彼女の行動に引くと思っていたからのようだ。
おっちょこちょいの上に心配性らしい。
「で、俺の家の前で優奈に出くわしたって話に繋がるんだな」
すると七原は首を横に振る。
「ううん。正しくは『出くわした』ってわけじゃないの。優奈さんには偶然そこにいたんじゃない。私が戸山君を尾行してるのを目撃して、私の更に後ろを尾行して来ていたの」
「暇人ばっかりかよ」
「意外と気がつかないものなのよね……尾行って」
と七原は言う。
俺に共感を求められても、『何だかなあ』な話である。
まあ、とにかく暇人が三人いた。
それだけの話である。
「戸山君が家に入った後、背後から女の子二人の会話が聞こえてきた。で、振り返ったんだけど、そこには一人しかいなかった」
「なるほど。それが優奈で、テレパシーで麻里奈と会話してたって事か?」
「ええ。そういう事。優奈さんが私の三メートル圏内に入った事で、二人の会話が聞こえて来た」
「双子は何を話してたんだ?」
「揉めてた。私に声を掛けるかどうかって事でね。その場にいなかった麻里奈さんは優奈さんを引き留めていた。不用意に近づくのは危ないって」
「で、どうなったんだ?」
「優奈さんは麻里奈さんの制止を振り切って私に話しかけてきた」
「どんな会話をしたんだ?」
「会話なんて生やさしいものじゃなかったよ。優奈さんの巧みな話術と観察眼と恫喝で、私の能力を見破られてしまった――優奈さんは私の能力に強い嫌悪感を示してたわ」
七原は震え声で話す。
優奈の恫喝が相当に堪えたらしい。
「まあ、誰にだって隠したい事の一つや二つある。七原の能力はそれを暴き出すものだからな。嫌悪感は持つだろ」
「そうね――まあ、つまり、そういうことがあったから、優奈さんに相談できないと思ったの」
「なるほどな」
「そのとき、優奈さんは戸山君の家の扉を指差して言った。『あのクズを仕留めるのは、わたしの仕事だから、あなたの出番はない。目障りだから、こんなところをウロウロしないで』って」
「そんな物騒なこと言ってたのか」
七原が俺を心配して忠告したのも、よく分かる。
でも、心配には及ばない。優奈に嫌われてるのは昔からだ。
今更何かを仕掛けてくるとは思えない。
優奈が大袈裟に言っただけだろう。
「それにしても、クラスメートとか、お隣さんとか、能力者って結構な頻度でいるんだな」
「私の認識では、それほど多くないと思ってるんだけどね」
「へえ。そうなのか?」
「うん、まあ、実際のところはわからない。どこに能力者が潜んでいるかを見つけ出すのは意外と難しいから。さっきも言ったとおり、私の能力には有効範囲があるし、一度に一人の声しか聞けない。私が心の声を聞いたとき都合良く能力の事を考えてるとは限らない」
「なるほどな。普通の人間が能力者を見分ける方法は無いのか?」
「そうね。何かに異常に突出している人がいたら、能力者かもしれない。私に言えるのはそれだけだよ」
「そうか」
七原は心配げな顔をして、口を開く。
「戸山君、私が優奈さん達の能力について喋った事は言わないでね。私が戸山君に秘密をバラしたなんて知れたら、何をされるか分からない」
「わかった。約束する……いや、いつも通りで大丈夫だな。俺は前から上月優奈の気に障らないように細心の注意を払って生きて来たし」
少し情けないが仕方ないのである。それが俺みたいな嫌われ者のご近所付き合いなのだ。
「テレパシーがあるから、妹さんの方に話しても駄目だからね。優奈さんに筒抜けだから」
俺は頷く。
「ああ。気をつけるよ」
ふと、七原が窓の外に視線を向ける。
いつの間にか、校庭が夕日のオレンジ色に染まっていた。
「かなり時間が経っちゃったみたいだね、戸山君」
「そうだな。さすがに疲れた。もう帰っていいか?」
「私は、もう少し話がしたいな。この後どこかに行かない? まだまだ話したい事が一杯ある」
「まだあるのかよ」
と言うが、七原の気持ちもわからなくもない。今まで誰にも話せず我慢していた事が山ほどあるのだろう。
だけど今日はもう付き合ってられない。それが俺の正直な所だ。
「俺は帰るから」
七原は「えー」と不満げな声を上げる。
知らなかった。七原実桜という女子生徒は意外とコロコロ表情を変えるタイプだったらしい。
それは教室での七原とは全く別物だ。
普段の七原が、いかに不自然な姿であるかが、よく分かる。
そんな仮面を外して生きていけるのなら、七原にとって、どれほど楽な事なのだろう。どれほど幸福な事だろう――だが、七原には無理なのだ。
七原は、それを能力だと言うが、それは長所ではなく短所ではないのではないかと思えてしまう。
「じゃあ、また明日ね。私は鍵を返しに行かないといけないから、先に帰っていいよ」
「ああ。それじゃあな」
そして、俺は部屋を出た。
大きな溜息がこぼれる。
あー、面倒だ。面倒すぎる。
しかし、七原を放っておくわけにはいかないのである。
能力によって他人の身勝手な言葉が頭の中に流れ込んで来る事――それはまさに悪夢だと思うのだ。




