双子からの電話
「もしもし」
優奈の声がする。
俺は「何かあったのか?」と問い掛けた。
「ううん。そっちに何か進展があったかなと思って電話した」
委員長は少しの説明で済む事を長々と話す。
だから、その間に俺達の方の状況も確認しておこうと、電話を掛けて来たのだろう。
「今、寺内の父親の居場所が分かった所だよ」
「え? ちょっと待って。てっきり、寺内さんの父親は……」
「それは誤解だったみたいだ。色々あって、今は離れて暮らしているって事らしい」
「何か踏みにじられた気分だわ……まあ、いい。今は、そんな事に文句を言ってる場合じゃないから」
「他にも色々分かったぞ。寺内の母親はピアノ教室の先生をやっていたんだけど、ある日突然生徒が一気に辞めるって事があったらしい」
「そうなの? まだ、寺内さんの話はそこまで進んでないんだけど」
「委員長が、そういう話を始めたらタイミングを見て、理由を聞いて欲しい。それも委員長の能力が関係しているかもしれないからな。もちろんチャンスがあればだけど」
「わかった。やってみる。でも期待はしないで。寺内さんを怒らせる訳にはいかないから」
「ああ、わかってるよ」
「……でも、そんな情報をどこから引き出したの?」
「近所の聞き込みとか……まあ色々だよ」
「こんなに短い時間で近所まで行ったの?」
優奈は驚いたような声を出す。
「いや」
「じゃあ、どうやって近所の聞き込みをするって言うの?」
「……遠田の協力でな」
「遠田さんねえ……」
優奈は訝しげに言った。
優奈は遠田を信用していない。だから不信感を持つのは分かっていた。
俺は遠田を呼んでから今までの事を双子に説明する。
「――という事があったんだよ」
「それって怪しすぎると思うんだけど」
「でも、俺と七原は実際にそれを見たからな。あれは確かに本物だと思うよ」
「そうじゃない。わたしが思うのは、遠田彩音が何か企んでるんじゃないかってこと」
「ないない」
「何で言いきれんの?」
「CSFCから次々と情報が送られて来た時に、戸惑ってた顔は間違いなく本物だ。そうだよな、七原」
七原に話を振った。
「うん。不自然なところは無かったよ」
「――ということだ。優奈だって七原の『人を見る目』は確かだと思うだろ?」
「でも、実桜さんだって間違うことはある。昼に実桜さんはクラスメートの中に発火能力者はいないと言い切った」
「まあ、そうだけど……でも、考えてみろよ。仮に遠田が俺達の妨害をやろうと思ってたとする。だとしたら、こんな嘘をつくか? CSFCとか、嘘としては異常だろ。どこの誰が、あんな無茶苦茶な事を信じるんだ?」
「そんな大胆な嘘だからこそ、戸山望と七原実桜を騙せる――そういう計算があったのかもしれない。とにかく、遠田さんを全面的に信じるのは止めた方がいい」
「ああ、わかったよ。考慮に入れておく」
……まあ、元から遠田を全面的に信じてる訳じゃない。
遠田だって七原だって委員長だって、それぞれ色々な立場があり、思いがある。
その中で嘘をつかざるをえない時だってある。
そういうものだ。
「まあ、状況から言えば、遠田のグループが調べた事に嘘は無いと思う」
俺がそう言うと、優奈は「だけど、わたしは納得できない」と返答する。
もはや感情的なものもあるのだろう。
これ以上、優奈に言っても仕方ない。
「で、そっちはどのくらいまで進んでるんだ?」
「今、ようやく寺内さんの母親の玲子さんの話が始まったところ。寺内さんの様子を見るに、やっぱり家庭の問題が能力者になった原因で間違いないみたい」
「そうか……一気に解決に向けて動き出してる感じだな」
「そうね」
「じゃあ、優奈。今の段階まででいいから委員長の話を要約して話してくれ」
「わかった」
優奈は不機嫌な声で言った。
俺の要求に応えるのは癪なのだろうが、結局の所、排除能力を持つ俺に伝えなければ事件を解決することは出来ないのだ。
優奈は説明を始める。
「寺内さんの母親――玲子さんは若い頃、ピアニストを目指していたらしい。玲子さんには才能があった。しかし才能があっても、成功するとは限らないのが世の常よ。玲子さんは結局ピアニストの夢を諦める事となった。そしてその後、寺内さんの父親――昌則さんと結婚する。昌則さんが10歳も年上って事もあって、玲子さんの家族は大反対したらしい。それでも玲子さんは無理に結婚を押し切った。相当な確執が生じたみたいね。玲子さんは、もう親には会わないと決めた。実際、奏子さんは祖父母に一度も会った事が無いらしい。玲子さんは、そういう独断的な性格の人らしい。そして、玲子さんは結婚を機に、個人でピアノ教室を始めた。教室は評判となり、玲子さんは自分に指導者としての才能もある事を自覚した。そして、玲子さんは子供を欲するようになった。自分の子供をピアニストにしようと思っていた。奏子さんは生まれる前から、玲子さんの夢を背負って生まれてきたの……って、わたしも話が長くなってる」
優奈は自己嫌悪しながら言った。
「確かにな」
「まあ、でも、寺内さんはこんなもんじゃないわ。たったこれだけの事を説明をするのに何時間も何時間も」
「いや、さっきの電話から、そんなに経ってないから」
「それくらいの時間に感じたって事」
「息継ぎ無しに話を続けるから、ストレスだよな」
「そう。それに大体読めるような展開だから。この後の話も想像が付いている。寺内さんには音楽の才能が無くて、玲子さんからヒステリックな言葉を浴びせられ続けていた。家から閉め出されていた。そういう事が積み重なり、発火能力を得たって事だと思う」
「そうだな。でも、ちゃんと聞いておいてくれ。そこから委員長を説得する材料を探さないといけないんだから」
「じゃあ、あんたも聞きなさい。丁度、ここから重要な所だから」
「え、嫌だよ。あとで短く説明してくれよ」
優奈は俺の言った事を無視して、「麻里奈、さっきみたいに、こいつにも寺内さんの言ってることを伝えて」と言い、麻里奈が「うん、わかった」と答える。
面倒だが、仕方ない。
俺は嫌々ながらも話を聞く事にした。
「――だけど、わたしには音楽の才能が無かった。まったくだよ。まったく。母は、わたしがお腹の中にいる間から良い音楽に触れさせていたし、徹底的に音楽の英才教育を施した。でも、おぞましいほどに素質がなかったの。わたし自身、音楽に対する感受性さえも欠如している。何を聞いても同じように聞こえるし。ジャンルを問わず、音楽ってものに感動したことが無い。心はピクリとも動かされない。でも、そんな人がいたっていいでしょ? 人それぞれでしょ? そういう事だってある。あって当然だと思うのよ。だけど、母にはそれが理解できなかった。わたしは音楽が嫌い――母にそう言いたかった。言ってやりたかった。わたしはね、小さい頃から絵を描くのが何よりも好きだった。ピアノの練習の合間に隠れて絵を描いていた。母の誕生日に送った母の絵は捨てられたわ。何時間も何日も掛けて描いたのに。でも、わたしは挫けなかった。捨てられても捨てられても描き続けた。何度も何度も怒られたわ。まるで絵を描くことが悪いことみたいに言われた。それでも、どんなに否定されても、私の思いは変わらなかった。むしろ強くなっていった。そんなわたしを母は許せなかったと思う。彼女にとってわたしは所有物で、人形でしかなかった。いつしか母は、わたしが何を言っても共感してくれなくなった。そして、わたしの言うことを片っ端から否定するようになった。ピアノの練習に、より多くの時間を割かれるようになり、友達と遊ぶ事も許されず、一日中音楽を叩き込まれていた。わたしが言うことを聞かないと母はヒステリックに怒鳴りつけた。そして、さっきも言ったように、怒って、わたしを家の外に追い出して鍵を掛けるようになった。母は、わたしに『もう帰ってこなくていい』と言った。それが何度も何度も繰り返されている内に、いつしか、わたしは外に出されることを嬉しく思うようになっていったわ。父の会社まで歩いて行き、父を待つ時間、わたしはずっと絵を描いていた――ここまで話をきいていると、そんなんで私の母によく教師が務まってたって思うでしょ? でも、母は生徒にはそんな事してなかった。下手な子は放っておく。上手い子は才能を伸ばす。そんな風にちゃんと割り切ってやっていた。母にとっては、自分の実績以外はどうでもよかった。それでも、わたしに腹を立てたのは、腹を立てずにはいられなかったのは、才能のない子の才能を伸ばそうとしたからなの。母は諦めなかった。奇跡でも起こると思ってたのか。ただの意地なのか。わたしが小学校の高学年になっても、ピアノを続けさせようとしていた。わたしも、それに付き合わざるを得なかった。しかし、どうにもならないものは、どうにもならない。それが現実よ。そして、ある日のこと――その日は、いつもにも増して母の機嫌が悪かったわ。母はピアノのイスに座るわたしの肩を押さえつけて、『もういい!』と言った。ガッチャーン。ピアノの蓋が閉じる音が響く。母がピアノを雑に扱ったのを見たのは、それが初めてだった。そして、母は言った『あなたは私の子じゃない。多分、どこかで取り違えたのよ――」
――俺達が電話の声に聞き入っていると、校内放送用のチャイムの音が鳴り出す。
「生徒の呼び出しをします。二年C組の戸山望君。二年C組の戸山望君。至急、職員室まで来て下さい」
早瀬の声だった。
放送で呼び出しである。
携帯の時計を見ると、約束の時間まで、まだ結構ある。
予想より岩淵の授業が早く終わったと言うことだろうか。
五時半の約束なのだから、もうしばらく待っておけよと思うのだが。
「いいとこだったのに……仕方ないな。行ってくるよ」
「いいとこって」
七原が俺を非難するような目で見た。
「言い方を間違えた――せっかく核心に近付いてる所なのに」
「……そうね。まあ、今は戸山君の人間性の事について言及するのはやめておくわ」
「そうしてくれ」
「じゃあ、あとは私に任せて。戸山君が帰ってくるまでに、バットを振ればいいだけの状態にしておくから」
「ああ、頼む」
俺は部室を出て、職員室に向かった。




