双子からの電話
そんな話をしていると、再び七原の携帯が机の上で振動し始める。
双子からの電話だろうな。
俺達は机の場所まで戻り、七原が画面をタッチした。
「もしもし、聞こえてる?」
携帯のスピーカーからは、微かに優奈の声がした。
俺は七原の携帯を手に取り、返答する。
「優奈、声が小さくて聞こえないんだ。もう少し大きな声で喋ってくれないか?」
そう言いながら、音量ボタンを押してみるが既に最大だった。
携帯からは掠れたような小さな声が聞こえてくる。
俺はスピーカーを耳に近づけた。
「状況が分からないんだけど。あと少しだけ声を大きく出来ないか?」
耳を澄まして、携帯からの声に集中する。
「バーカ! 死ね!」
スピーカーが音割れするくらいの大声だった。
「じゃあ切るから。それだけ言っておきたかっただけだから」
「何だよ!? どうしてそんなに荒ぶってるんだよ?」
「西園寺梨々花の名前を出した所為で面倒な事になってるからよ」
「面倒なこと?」
「そう。確かに寺内さんは話し出した。だけど、今度は西園寺梨々花として話しているだけで、全然話が進まないの!」
ああ、なるほど。そういう事か。
「委員長は気が済むまで喋るからな。リスクがあるって言っただろ」
「リスクって寺内さんを怒らせてしまうかもしれないって事じゃなかったの?」
「いや、息継ぎ無しで喋り出すってリスクだよ。優奈にも、ちゃんと言っただろ。話が止まらないなんて事になるかもしれないって」
「冗談みたいな感じで言ったでしょ。ああ、もう! この話を止めることは出来ないの?」
「無理だよ。委員長は喋りのブレーキが馬鹿になってるんだ」
「それは失礼すぎると思うけど……」
七原が小声で窘めた。
「ああ、問題は委員長が西園寺になっている時だ。つまり『西園寺の時はブレーキが馬鹿になってる』って訂正するよ」
「へえ。そうなんだ。そこまで分かってたのね……そこまで分かってたのに、わたしに西園寺って名前を出すように言ったのね」
優奈は喋りながら、どんどん怒気を強めていった。
ここは素直に謝るしかない。
「悪かった。だけど、どうしようもないんだ。話さない状態が続くより、話して打ち解けた方がいいだろ。その話だって本当にエンドレスという訳じゃない。これから二、三時間だけ頑張って相鎚を打ってれば終わるから」
「二……二、三時間って」
麻里奈は軽く眩暈を起こしたように言った。
本当に麻里奈の声真似は芸が細かい。
いや、状況的に麻里奈も委員長の話を聞いていないといけないから、本当に眩暈を起こしたのかもしれない。
「俺は既に委員長のその喋りを喰らってるからな。大体そのくらいの時間を覚悟しといてくれ」
「そうか。わたしが委員長に接触すると言ったとき反対しなかった理由は、それなんだね。寺内さんが厄介だと知っていて、自分が相手をしたくなかったから」
「否定はしない」
「あとで蹴る!」
「でも、優奈にしかできなかったってのも事実だ。本当に悪い」
「そんなこと言っても蹴るものは蹴るから……わかった。まあ、他に方法が無いのなら仕方ない。大人しく話を聞く事にするわ……帰ったら蹴るけどね」
「まあ、蹴れるって事は、お互い最後まで命があったって事だろ。それはそれでハッピーエンドだな」
俺がそう言うと、優奈は「そうね」と冷めた声で言った。
ひとしきり怒りをぶちまけた事もあり、自分が対峙している相手を考えて冷静になれたのだろう。
「それで今、具体的に言うと何の話をしてるんだ?」
「戸山望と遠田夏木の愛の物語」
「マジかよ」
「あんたと遠田夏木の関係がどれだけ艶めかしいものだったかを延々と聞かされてる。まだ最初の出会いの所、この話って本当に二、三時間で終わる?」
「残念ながら、終わる保証はないな」
恐ろしい話だ。
この会話を遠田が黙って聞いている事も、更に不安を掻き立てる。
「関節技を発動させてもいい?」
『させてもいい?』と言われても……。
「火だるまになりたければ、どうぞ」
「じゃあ、帰ったら、代わりにあんたが二倍喰らう事になる」
二回じゃなくて二倍って所が惨劇を予感させる。
「まあ、そうしてくれ……で、優奈。一つ頼みたいことがあるんだ。西園寺ではなく委員長と話せる状態になったらでいいんだけど、委員長が発火能力を使った動機を優先して聞いてくれ。委員長が俺を嫌っている原因を知り、対処方法を考えておかないと、排除しようにも出来ない」
「そんな事は分かってるから、わたしに指図しないで。ごちゃごちゃ五月蠅い!」
優奈は強い口調で言った後、「……関係ありそうな話になったら、また電話する」と冷静に言った。
「ああ、わかったよ」
「戸山先輩、ごめんね。能力者を相手にしてピリピリしてるの」
麻里奈が麻里奈の声で姉のフォローを入れた。
今は麻里奈の甘ったるい声を聞くだけで癒やされる。
「わかってるよ」
俺が返事すると、麻里奈は「じゃあ、また後で」と言い、電話を切った。
手に取っていた携帯を七原に返すと、自然に溜息が出た。
今日も本当に面倒な事になりそうだ。
「今日中に解決できるのかな?」
七原が心配そうに言った。
「無理かもしれないな。でも何とかしないと」
「まあ、一歩ずつだけど進んでるよ」
「そうだな。優奈達も委員長の話を大人しく聞いてくれていたらいいけどな」
「それは大丈夫だよ。あの二人って意外と戸山君の言うことを守ってるし」
「そうか? 全然そんな気がしないけど?」
「そうだよ。何だかんだで本当に息が合ってる」
七原は真顔で、そんな事を言うのだった。




