部室
部室に入ると、七原は黒板側の手前の席に腰を下ろした。
俺はそれを見て、その斜め前の席に座る。
緊張感というか、微妙な空気が流れている。
朝の告白があってから初めて一つの部屋に二人きりなのだ。
何か為すべき事があれば、まだ耐えられるのだろうが、これといって何もする事が無い。
双子から何らかの連絡が来るまでは動きようがないのだ。
闇雲に動けば、地雷を踏んでしまう可能性がある。
優奈の言うとおり、何もしないで『待つ』という選択が今の段階では一番正しい。
優奈が委員長から情報を得るのを待って、それを精査しながら、どう行動するかを決めるべきなのである。
俺は黙って窓の外を眺めた。
うん、雨だな。
間違いなく雨だ。
……。
七原が心の声を聞く能力を持っていた所為で、七原といる時は当たり障りのない事を考える習慣がついてしまっていた。
……。
七原の事を考えた所為で、また七原を意識してしまっている。
集中集中。
今は今後の方針についてしっかり考えておくべきだ。
そんな風にあれこれ思考を巡らせてると、七原が口を開いた。
「優奈ちゃん、委員長に会えたかな」
「どうだろうな」
優奈『ちゃん』か……。
「どうしたの。私、なんかおかしいこと言った?」
確かに俺は驚いた顔をしていたかもしれない。
「いや、優奈の呼び方が変わったなと思って」
「ああ、それね。休憩時間に会いに言った時に『優奈』って呼んで下さいって言われたんだけど、いきなり呼び捨ては難しいかなと思って」
「何で双子は七原の事がこんなに気に入ったんだろうな」
「そうなの? 私、気に入られてるの?」
「ああ、十分気に入られてるよ。双子は基本的に心を開かない。だが七原には心を開いているみたいだ。もちろん、七原を騙した罪悪感の所為ってのもあるんだろうけど、それだけじゃ説明が付かない。七原が異常に他人の心の隙間に入るのが上手いって事を差し引いても」
「そんなに不思議がる事?」
「ああ、不思議がる事だよ。双子に同級生の友達なんて一人もいないからな」
「そうなの? 麻里奈ちゃんも?」
「そうだよ。信者なら一杯いるけどな」
「信者?」
「中二で、双子で、見た目は可愛い。ああいうのが好きな連中には崇拝というレベルで好かれてる。趣味が偏ったファンほど、忠誠心が高いからな。ファンクラブが出来るんじゃないかってくらいだよ」
「ああ、それ、何となく分かる気がする。戸山君はそんな優奈ちゃん達が心配なのね」
「してねえよ」
「してるように見えるけどな」
「とにかく、俺はあの双子が他人に歩み寄ってるのが不思議だと言いたいだけだよ」
それはとてもじゃないが信じられない事なのである。
しかし、これを言い続けたところで、七原は俺が優奈の事が好きだからとしか思わないだろう。
これ以上、この話を続けても意味はない。
俺はスッパリと諦める事にした。
「どうしても気になるんだね」
「いや、別に。急にフレンドリーになるなんて死亡フラグかな、と」
俺が軽口を叩くと、七原は眉間にしわを寄せる。
「タチの悪い冗談は止めて……っていうか、戸山君は平気なの? 委員長が本当に能力者なら、優奈ちゃんがパイロキネシスの能力者に近付いてるって事でしょ?」
「大丈夫だよ。もし何か問題が起こったら、連絡が来るはずだ。優奈だけじゃなくて、麻里奈もいるんだから」
「そうだけど……」
「むしろ、俺は今回の事を好都合だと思ってるよ。せっかく、優奈が仕切ってくれるって言ってるんだ。俺は来たボールにバットを振ればいいだけだ。いや来たケツにバットを振るだな」
「戸山君、ふざけてばっかりね」
七原が呆れ顔で言う。
「そうだな。もっと真面目に委員長の事を考えないとな。この件を長引かせるべきじゃないってのは、さっきも話した通りだし」
「そうだね」
そして再び沈黙が訪れる。
窓の外を見ると、ますます雨足が強くなっていっている。
その音のおかげで、無言であることも対して気にならなくなってきた。
俺は雨に感謝しながら、考え事に没頭した。
「で、委員長が能力者だとして、具体的には何をするつもりなの?」
長い思考の後、唐突に七原が問い掛けてきた。
「それは状況によるとしか言い様がないな」
「状況?」
「七原のように能力に依存し続けている場合と、夏木のように能力の所為で散々な目にあって能力への依存が解けている場合がある。夏木のタイプだったら話は早いんだけど、七原のタイプだったら面倒な話になる」
「そうだね。委員長が能力を捨てるように説得する材料を見つけないといけないって事になるもんね」
「ああ。それも面倒だが、もっと面倒なのは、この件は物凄く慎重にやらないといけない繊細な問題だってことだ。まかり間違って委員長を怒らせてしまえば惨事になる危険がある。七原の時も慎重さは求められたが、今回の場合は即座に命の危険に繋がるからな」
「発火なんていう能力だもんね」
「委員長が能力を自覚してるか、能力に依存してるか。この二つがまず考えなきゃいけない問題だ」
「依存か……あのさ、もしかして朝の件は戸山君への警告だったんじゃないかな。どこかで戸山君が排除能力を持っていると知って……」
「それは多分違うと思う」
「何で?」
「警告だとしたら、別に教室で能力を使う必要は無いだろ」
「確かに」
「教室で原因不明の発火となれば、大きな問題になるくらいは誰にでも想像がつくだろう。それで、自分も容疑者の一人ということになれば目も当てられない。俺に対する警告なら、もっと別の場所でやるよ」
「そうね。排除能力を持つ戸山君に対して、自分が危険人物だと宣伝してるようなものだしね」
「おそらく、朝の件は冷静な思考を重ねて練られた計画というより、突発的な行動だったんだと思う」
「突発的な行動か……じゃあ、まだまだ戸山君が狙われる可能性が十分あるって事だよね」
「そうだけど、それに関しては大丈夫だよ。俺は危険性を十分に理解してる。下手な事はしない」
「本当に?」
七原が俺を真っ直ぐ見る。
その目には強い不安が感じ取られた。
これ程ストレートに心配されると、少し居心地の悪さを感じる。
だから俺は「大丈夫だよ。心配なんてしなくていい。委員長や優奈なんかより、俺の方が何枚か上手だよ」なんて事を嘯いた。
「それより問題なのは俺が委員長に嫌われてる事、そのものなんだよな」
「どういう事?」
「能力の排除の手順を思い出してみれば分かるよ」
「能力者が目を閉じ集中する。そして能力を捨てる事を強く意識する。そこに能力を排除する人が……」
七原は顔を赤くする。
「今更だけど、何でケツバットなのよ!」
「それに関しては、もう触れないでくれ。俺だって疑問がある。何でよりにもよって……」
「本当に納得できない」
「分かってる。でも、それは忘れてくれ。今大事なのはケツバットの前の手順だ」
「そうなの?」
「ああ。能力の排除には、あの手順が必要なんだ。あれは能力者に対して、いわば暗示を掛けているんだ。能力者に能力を捨てるという事を意識させる。そうした手順を踏んで初めて、能力の排除が出来る」
「そうだ。私の時も言ってたね。つまり、戸山君に強い不信感があって、戸山君の声に耳を貸さない場合、成立しないって事だよね」
「そうだよ。今回の場合は俺が嫌われてる状態からのスタートという事だ。だから、騙すなり何なりしてでも、俺への不信感を拭い去って、俺の言葉を聞き入れてもらう環境を整えないといけない」
「また騙すの?」
「そういうことになるかもしれないな。何せ、俺は生まれついての嫌われ者だ。正攻法なんて無理なんだ」
「……戸山君は、そう言うけど、委員長は好き嫌いを言わず、誰にでも平等に接する人なんだけど……」
七原は俺の目をじっと見ながら話す。
「思ったんだけどさ。戸山君は本当に委員長に嫌われてるのかな?」




