相談について
「私が相談したいと思ってるのは、紗耶の事なの」
藤堂紗耶か。
その名前を聞くだけで溜息が出てしまいそうだった。
「藤堂がどうしたんだよ」
「戸山君も気づいてるでしょ? 最近、私と紗耶の関係は悪化していってる」
「ああ。そりゃあな。今では七原の方がクラスで格上だ。我が儘な藤堂が、それを許せるはずがない」
「そうね。紗耶は私に苛立っている。だから、私への嫌がらせを既にいくつも考えていて、裏で実行しようとしているの」
藤堂、面倒くせえ。
何なんだあいつは。
「で、その嫌がらせの対処に、俺にしか出来ない事があるんだな」
七原は頷く。
「そういう事だよ。紗耶が考えている嫌がらせのほとんどは大したものじゃないし、私の能力で十分対応できるんだけどね」
「まあ、そうだろうな。心の声を聞けるのなら当然のことだ。となると、俺にしか出来ない事ってのが気になるんだけど……」
「守川君の事なの」
俺と同じく嫌われ者の守川一也の事らしい。
なるほど。
守川の事だから、クラスで唯一守川と親交がある俺に頼みたいというわけか。
「守川君が私に好意を持っている事を知ってる?」
俺は頷く。
守川は、事あるごとに七原の名前を出すし、実際、七原の事が好きだという話も聞いたことがある。
「七原は知ってたのか?」
七原は居心地悪そうに頷く。
「ええ。私には力があるから」
まあ、能力なんてなくても気がつくだろう。守川は分かりやすい奴だから。
「守川と付き合おうって気持ちは無いのか?」
「そういう答えづらい事をはっきりと聞くんだね……正直なことをいえば、今はそういう事を考えられないの。私は守川君の気持ちに応えられない。だから、私は行動していない……」
七原は一つ一つの言葉を確かめるようにしながら語る。
「そうか。まあ、それなら、そうするしか無いだろうな」
「守川君も私に気持ちを伝えようとはしてこなかった。だから、私としては、そっとしておきたい事だったの」
なるほど――そこで俺はピンとくる。
「意地の悪い藤堂が、七原への嫌がらせとして、守川を唆して告白させようとしているって事か?」
「……そういうこと」
「趣味が悪すぎるな」
「だね」
分かってた事だが、やはり藤堂は最悪だ。
「でも、告白されたところで、断れば良いだけじゃないか?」
「そんなに簡単に割り切れるものじゃないでしょ」
七原は眉間に皺を寄せ、難しい顔をする。
「七原は告白に慣れてるだろ。そういうのは平気になってるはずだと思うけど」
七原の容姿や立ち振る舞いをみていれば、告白しようって奴が幾らでも湧いてくるのは想像に難くない。
「別に慣れてなんかないよ」
「嘘だろ」
「ううん。嘘じゃない。私は他人の心の声を聞く事が出来る。その力さえあれば、そうならないように立ち回ることが出来る」
「じゃあ、能力を得てから、告白されてないっていうのか?」
「ないよ。一度も」
「すごいな」
七原のその性格に、驚きを通り越して呆れた。
そんなに気にするほどの事だろうか。
まあ、七原がそうしたいという事に文句を言う筋合いは無いが……。
「でも、今回は無理だと思う。紗耶は強引で諦めが悪いから」
「だな。でも、それはもう災難だと思って諦めるしかないんじゃないか?」
「そう簡単には割り切れない……守川君は幼馴染みだし」
え?
「七原と守川って幼馴染みだったのか?」
「うん。そうだけど? 何で、そんなに意外そうな顔するの?」
「いや……守川が、七原と幼馴染みで七原のことを『ナナ』と呼んでいたって……」
「うん」
「そういう事を守川が語り出したから、てっきり、七原への思いが爆発して、妄想にまで発展したのかと思って――」
「戸山君、違うから! 保育園から、ずっと一緒だから、今は何となく距離が出来ているだけ!」
「俺、悪い事したな。守川に『お前と七原は幼馴染みじゃない』って言い続けて、最近ようやく、『そうだな。オレはナナと幼馴染みじゃなかったよな』って言うまでに回復させたと思ったのに」
「戸山君、それは洗脳だから! ちょっとは友達を信じてあげてよ!」
「待ってくれ。俺と守川って友達……なのか?」
「このタイミングで、そんな重たいテーマをぶっこまないで!」
話が、かなり脱線してしまった。
俺は一息ついて話を戻す。
「で、結局のところ、七原は俺に何をして欲しいんだ?」
「守川君に紗耶に言われても告白しないように言って欲しいの」
「藤堂の説得に勝てるかな?」
「守川君は戸山君を信頼している。自分の記憶を間違いだと思い込んじゃうくらいの信頼って普通じゃないでしょ?」
「確かにな……でも、これって、俺に能力を打ち明けるリスクを犯すほどの事だったのか?」
「幼馴染みって、やっぱり特別なのよ」
幼馴染みと呼べる人間がいない俺には全く分からない話だ。
「他の幼馴染みとは色々あって、喧嘩別れみたいになってる。普通に話せる望みが残ってるのは守川君だけだから」
「なら、普段から普通に話せばいいだろ」
「だから、そう上手くいかないのが人間関係でしょ?」
七原の感情がこもった言葉が教室の中に響き渡ると、静寂がやって来た。
俺は、どうするべきか?
考えるまでもない。
守川に、『藤堂に唆されるな』と言えばいいだけだ。たいした労力ではない。
引き受けない理由は無いのだ。
「分かったよ。俺から守川に言っておく」
「ありがとう、戸山君」
「別に大したことじゃないだろ」
俺が言うと、七原は心から安堵した顔になった。
「本当にありがとう。誰かの言葉にこれほど緊張したのは久しぶりだよ。これほど安心できたのもね」