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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第二章 寺内奏子編
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 職員室に行って部室の鍵を返した俺達は、靴に履き替えて特別棟の裏へと向かった。

 この高校の裏手は山なのだが、特別棟の方から行くと、しばらくは勾配が緩やかな森の中を歩く事になる。

 その森は、木々の間に下草が生い茂り、鬱蒼としていて、あまり人が立ち入らない場所である。


「でもさ、守川君には悪い事したよね」

「そうだな。さすがに、これは反省しないとな」

「守川君って無断欠席って事になってるのかな?」


 七原は心配そうな顔で言う。


「いや、それは大丈夫だよ。守川は親に風邪を引いたって連絡して貰ったらしい」

「そうなんだ。……でも、それって家族に嘘をつかせたって事?」

「守川が親に『友達の為だから休ませてくれ』と言ったら、親はオッケーと親指を立てたらしい」

「ああ、そうか。守川君の家って、そんな感じだったね。懐かしいな」


 七原は目を細めて笑った。


「そんな感じの家があると思えば、こんなところで野宿しないといけないような家もあるんだよな」

「……そうね。でも、まだ委員長って確定したわけじゃないからね」


 そんな事を話している内に、特別棟の裏に到着する。

 そこには森の案内人こと守川一也が待っていた。


「よお。ナナ! 戸山!」


 守川を前にして、七原は真面目な面持ちに変わる。


「守川君。色々迷惑かけて、ごめん」

「ナナ、何言ってんだよ。いいよ。気にするなって」


 守川はデカい声で言って、カラっと笑う。

 それを聞いて、すっと七原の表情が緩んだ。


 しばらく幼なじみ同士の会話に耳を傾けたいところだが。


「じゃあ、時間も限られているし、テントまで早く連れて行ってくれ」


 と、口を挟んだ。


 守川を先頭にして、森の道を歩き始める。

 それほど広い道では無いので縦一列だ。


 この中では、たぶん優奈が一番体力が無い。

 すぐに音を上げて不機嫌になるだろう。

 そうしたら被害を受けるのは、優奈の前を歩いている俺だ。

 優奈が苛立ち出す前に、どのくらいの距離を歩くのか聞いておこう。


「どのくらい歩くんだ?」

「いや、すぐだよ」


 と言いながら、急に目の前の守川が立ち止まる。


「ちょっと! いきなり止まらないでよ」


 優奈が苛立ちの声を上げ、結局、俺は背中を小突かれた。


「守川、もう着いたのか?」

「いや、説明が必要だと思ってさ――こっからは道が無いんだ」


 道が無い?

 問い掛けようとしたところで、守川が下草をかき分ける。


「何なのよ、これ。何でこんな所を歩かないといけないのよ」


 再び優奈に背中を小突かれる。

 俺の所為じゃないだろ。


「こんな所に女の子が入っていくとは思えないんだけど」


 七原も不安げだ。


「委員長は変な奴だよ。こんな所で生活していても不思議じゃないと思わせるくらいには」

「私の委員長像と戸山君の委員長像が全く別物なんだけど。何なんだろう」


 七原が、ぼそぼそと呟いた。


 先程より少し急な勾配を登ると、今度は緩やかな下り坂になっている。

 その先には――。


「あれがオレが見つけたテントだよ」


 守川が指差した先に、土色のテントが張ってあった。

 一人が、やっと寝られるくらいの小さなものだ。

 テントの所まで坂を下り、周囲を見渡してみる。

 勾配と木々の所為で、道側からも学校側からも死角となっている。


「なるほど。ここだったら誰にも見つかりそうに無いな。学校からも近いし」

「すごいね。こんな場所を見つけるなんて、このテントの人はサバイバルに慣れてるのかな?」


 と、麻里奈が俺に問いかける。


「そうなんだろうな、たぶん」


 俺が相づちを打つと、隣に居た守川が手を横に振った。


「待て待て、二人とも。このテントの持ち主に、それほどサバイバルの知識があるとは思えないよ」

「どういうことだ?」

「テントを張る場所が全くダメなんだ。ここは少し窪地(くぼち)になってるだろ? こんな所にテントを張ってたら、どんどん雨水が流れ込んでくる」

「ああ、なるほど。そういう事か」


 守川が眉間にシワを寄せて、空を見上げる。


「今日は一雨来そうだ……仕方ない。雨水を流す為に、テントの周りに溝を掘っておくか。それと、ペグも打ち直さないといけないな。これじゃあ、雨水が溜まって抜けちまう。シャベルとハンマーを取ってくるよ」


 そう言って、守川は森の奥に消えて行った。

 守川って、あんなんだっけ? ――とは思うが、守川の中のサバイバル魂みたいなものが刺激されたのだろう。

 守川は物事に没頭するタイプなのである。


「じゃあ、俺達は、これが委員長のテントかどうかを確かめるか」


 そう言って、テントのジッパーを下げようと手を伸ばすと、その手を七原に掴まれた。


「ダメだよ。勝手に女の子の部屋を開けるの?」

「七原は、これが委員長のテントだとは思ってないんだろ?」

「そうだけどさ……確かに、私の思ってる委員長像とは違うけど、戸山君の言う事も正しいのかなって」

「じゃあ、俺はあっちを向いてるから、七原が開けて確認してくれ」


 後ろを向いて、少し待っていると、「見ても大丈夫だよ」と七原が言う。


 テントの中は、荷物が綺麗にまとめられていた。

 スポーツバッグが一つと、教科書類が少々。


「やっぱり、こなれてる感じがするよな」

「そうだね」


 キャンプには慣れてないのかもしれないが、家出には慣れてるのだろう。

 そう思った。


「七原はバッグの方を見て、身元が分かるような物があったら言ってくれ。俺は教科書類を見るよ」

「そんなものを見て、どうするの?」

「教科書やノートの間に、小テストとかが挟まってるかもしれないだろ?」


 小テストには当然、名前が書いてある。

 それが見つかれば、身元確認は終了だ。


「そっか、なるほどね。戸山君も他人の領域に土足で踏み込むのに、慣れてるって感じだよね」


 と、七原は皮肉った。


 テントの中に入り、端に積まれた教科書を上から順に見ていく。

 俺達が使っている教科書と同じだから、二年生なのだろう。

 位置や順番を変えないように注意しながら、一冊ずつ移動させる。


 そうやって調べていくと、一冊の薄い本を見つけた。


 表紙には不機嫌な顔をした美少年が描かれている。

 タイトルは『狼少年にKISS!』、作者は『西園寺梨々花』だ。

 ……嫌な予感しかしない。


 その同人誌を手に取り、ページをめくった。


 内容は春樹(はるき)弘巳(ひろみ)という二人の少年の話だ。

 呪いを受けて醜い獣の姿に変わっていく春樹と、それを愛の力で救おうとする弘巳の話である。


 どこかで聞いたことのあるストーリーだな。


 ちなみに春樹は夏木に似ているが、弘巳は俺とは似ても似つかない美少年である。

 別に、こういう文化を否定するつもりは無いが――。


「他人の話を勝手に発表してんじゃねえよ!」

「戸山君、どうしたの?」

「いや、思わず心の叫びがな。これを読んだら分かるよ」


 七原に委員長の同人誌を渡す。七原は表紙を見て開くのを躊躇した。


「ごめん。見るのが怖いというか」

「大丈夫だよ。一般向けだ。七原の期待しているような表現はない」

「期待とかしてないから!」


 七原は同人誌というものを、すべてそういうものだと思っていたらしい。


 ちなみに奥付の発行日には去年の八月の日付が書かれていた。

 委員長に書くのを止めてくれと言ったのが、その二ヶ月前である。


 俺は、さらに教科書類を調べ、小テストを一枚見つけ出した。

 そこには勿論もちろん、『二年C組 寺内奏子』と書かれていた。

 やはり、このテントは委員長の物で間違いないようだ。


 後ろを振り返ると、七原は同人誌を読み終えたようで、代わりに双子が肩を寄せて読んでいた。

 麻里奈は涙を指でぬぐいながら、優奈は真顔のままなのが対照的だ。

 双子が読み終えるまで黙って待っていると、麻里奈が本を閉じ、息をついた。


「すごくいい話だね。涙が止まらないよ」

「そうだね。私も好きだな。ストーリーがいいと思う」


 七原も同調する。


 いやいやいや。

 それ以前に、この本については、一言も二言もあるのである。


「これって俺と夏木の話、そのままなんだけど」

「って事は、戸山君も、このラストみたいに、夏木君に『おかえり』って言ってキスしたの?」

「そんなわけないだろ」

「じゃあ違う。着想は確かに夏木君の件からかもしれないけど別物だよ」


 七原がそう言うと、ふんと鼻を鳴らす感じで読んでいた優奈が頷きながら、口を開く。


「そうね。ストーリーは置いておいたとしても、絵や人物描写の完成度が高いところは認めるわ」


 何故か軒並(のきな)み高評価なようだ。

 って、そんな事はどうでもいい。


「まあ、とにかく、このテントは委員長の物って事で確定だな。そろそろ帰るぞ」

「ちょっと待って」


 七原が声を上げる。


「何だよ? もうすぐ昼休みが終わるぞ」

「もう一回! もう一回だけ読みたい」


 七原が目を輝かせながら言うので、俺には断る事が出来ないのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「って事は、戸山君も、このラストみたいに、夏木君に『おかえり』って言ってキスしたの?」 ちょっと女子くんさぁ……(※ちょっと男子的な)
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