昼休み
移動教室だった二時間目に続き、三時間目も、別の教室で授業が行われた。
教師からは、この措置は時間割の都合による授業の入れ替えだと説明されたが、クラスメートの誰もが、あの発火事件が原因だと分かっていた。
そして、三時間目が終わると、早瀬が教室に現れ、四時間目は元の教室に戻るようにと指示を出す。
安全確認が終わったという事だろう。
早瀬は俺の所に来ると、コンビニ袋に入った俺の昼食を返してくれた。
鞄の方は戻って来ないのかと聞くと、まだ岩渕の許可が貰えてないとの事だ。
まあ、俺の鞄は昼食を包むだけの、ただの袋だった。
焦る必要は無い。
そんな事を思いながら、ふと委員長に視線を向ける。
委員長の様子は相変わらず、どこかおかしい。
授業中も、ずっと考え事をしているようである。
家出か……。
何を考えているんだろうな、委員長は。
七原の力があればなあと思うが、そんな事を考えてても仕方ない。
今は、これからどう動いていくべきかを考えないといけないのである。
思索に耽っていると、いつの間にか四時間目の授業が終わっていた。
やっと昼休みだ。
ささっと昼食を済ませて、何らかの行動を取るべきだろう――そう思い、机の横に掛けてあるコンビニ袋に手を伸ばす。
「ねえ、戸山君」
頭の上から声がして、視線を向ける。
七原が俺の後ろに立っていた。
「一緒にお昼食べない?」
七原は、にこにこと笑みを浮かべている。
どうやら、開き直って、普通に俺と接する事にしたのだろう。
七原の自然な笑顔と対照的に、周囲のクラスメート達は驚愕といった表情を浮かべている。
『あんな事があったのに?』という心の声が聞こえてきそうだ。
さて、どう答えたものだろうか。
何をするにしても、俺としては一人の方が動きやすい。
今日は、無しの方向で――と、俺が断ろうとした事を一瞬で悟ったのだろう。七原は俺の手を掴み、引っ張った。
「いいから、行こ」
そこまでされたら、拒絶する訳にもいかない。
仕方なく、俺は席から立ち上がり、コンビニ袋を提げて七原に付き従った。
廊下に出ると、七原は階段の方に向かう。
おそらく行き先は職員室なのだろう。
鍵を借りて部室へ向かうコースだ。
「結構、思い切った行動だよな」
「何が? 毎回、鍵を取りに行くのも面倒だから、ピッキングの練習をしてるって事?」
「違うよ。ってか、そんな事をしてたのかよ」
「出来たらなって話。で、何を思い切ったって言うの?」
俺が言おうとしてる事は七原にも分かってる筈だが、それでも七原は聞いて来た。
「教室で俺に話しかけたことだよ。どうせ、聞いてるんだろ? 俺が七原の事を何て言ったか」
「ああ、それの事ね。聞いたよ。『付き合ってないし、付き合ってやるつもりもない。俺は七原が嫌いだからな』って言ったんでしょ?」
「メチャクチャ正確に伝わってるな」
オブラートに包むという言葉を、知らないのだろうか。
「その時の戸山君の表情まで詳細にね」
「それを聞いて、距離を置くべきだと思わなかった理由が分からないけどな」
「たしかに話を聞いた時は、ちょっとショックだったよ。でも、戸山君が、そういう事をするってのは委員長との件でも予習してたし、運良く、戸山君の真意が、そこには無いって事が分かってた。その時の最善だと思ってやってくれた事に、文句を言おうだなんて思わないよ」
ここまで、すっぱりと割り切って考えられるのは清々しい。
「悪かったよ。ごめん」
謝罪するつもりは無かったのだが、その言葉が自然と口をついて出ていた。
恐るるべきは七原実桜――である。
「だからいいって。皆にも言って置いたんだよ。戸山君は私達の関係を否定する為に極端な事を言っただけだって」
「そいつらは何て返事したんだ?」
「『例えそうだとしても、あんなヤバイ奴とは関わらない方がいいんじゃない?』って」
「正論だな」
「それでもいいよ。戸山君がヤバい奴っていうなら、それも悪くないと思う。他人の目を気にして、必要以上に自分を抑え込むのは、もうやめたから」
「そっか」
七原が無理をしないのは良い事だと思うのだが、いかんせん、厄介さが能力者の時と同じ水準に達している。
……まあ、仕方ないか。
人というのは変わったようでも、本質的には、やはり変われないものなのかもしれない。
職員室に入った七原は鍵を持って出てきた。
予想通り、部室へ行くルートのようだ。
特別棟に入ると、いつも通り、人の気配を感じなくなる。
必要なんだろうか、特別棟。
「で、部室に行くって事は、例の発火について話すって事だよな?」
「そう。それと、委員長の動きが不審な事についても気になってるのよね」
やはり七原も気付いているようだ。
俺と委員長が険悪だという事もあり、七原の協力は非常に有り難い。
だが一方で、七原を危険な事に巻き込みたくないという気持ちもあるのだが……。
「七原は、もう能力者に関わらない方がいいと思うんだけどな。ほら、危ない事もあるだろうし」
「私は戸山君の役に立ちたいの。元能力者だからこそ出来る事も、あるはずだよ」
七原の眼差しは、いつだって真っ直ぐだ。
この三日間で痛感させられたのは、七原が言い出したら聞かないタイプだという事である。
無理に止めても、無駄なのだ。
七原だって、能力者が如何に面倒かを思い知れば、遠くないうちに嫌気も刺すはずである。
それまでは、七原の安全を最優先にして、行動を選択するべきだ。
俺は、そういう風に考え方をシフトする事にした。
「で、あれは、やっぱり能力なの?」
「たぶんな。パイロキネシスと呼ばれる能力があるんだ。道具を使わず、思うままに火を放つ事が出来る力だよ」
「怖い力だね」
「そうだな。この力は直ちに人命を左右してしまうようなものだ。少なくとも、俺が相手した能力者の中では最強最悪だと思うよ」
「他の能力って可能性は?」
「集団催眠とか色々な可能性を考えたけど、あのとき、後から教室に入った俺達も、焦げ臭い匂いを感じた――だろ?」
「そうだね」
「そうなると、他の能力だとは思えないんだ」
かと言って、決めつけるのは早すぎるとは思うが。
「そっか……強い能力ってなれば、二人を呼んだのも正解だったね」
「二人?」
「そう。上月さん達も部室に呼んでるの」
「いつの間に?」
「休憩時間に会いに行ったのよ。迷惑を掛けた事も謝りたかったしね」
「行動、早いな」
「だって、放火だなんて、とんでもない事が起きたわけだし、戸山君の助手としては、早いところケリを付けたかったのよ」
「助手って」
「当然そうなるでしょ? 私も手伝うんだから」
反対しても仕方ない。反対しても仕方ない。
俺は心の中で繰り返した。
「で、遠田は呼んだのか?」
「まだだよ。遠田さんとは面識もないし、上月さん達を誘うだけで時間一杯だったから。遠田さんは戸山君が呼んでくれる?」
「いや、やめた方がいい。遠田と優奈は会わせたら、面倒だからな」
「どういう事?」
「夏木の事件の話をしただろ? あの時は、俺も排除ってものを始めて間もなかったから、上手く行かない事ばっかりでさ。いろいろと大きなミスもした。その一つが、双子が能力者って事を遠田に知られてしまったって事だ。それ以来、優奈は一方的に遠田を敵視しているんだよ」
「なるほど……って、私も二人の能力の事を知っちゃってるよ?」
「あれは、優奈が七原を威嚇するために、自分で暴露したって感じだったろ? 遠田の時とは状況が違う。それに、一年も経てば、色々と考え方も変化するものだよ」
話している内に、四階までの階段を上り終える。
廊下に出ると、すでに双子が部室の前にいた。
「実桜さーん!」
麻里奈が七原に手を振る。
『七原先輩』ではなく『実桜さん』という呼び方に変わったようだ。
短い休憩時間の中で、こんなにも打ち解けられるものだろうか。
やはり、恐るるべきは七原実桜である。
おそらく、七原を騙してしまったという麻里奈の罪悪感を、逆に巧みに利用したというところだろう。
そんな事を考えていると、優奈が俺を見て、半笑いで口を開く。
「実桜さんから話は聞いたわ。あんた、また能力者に絡まれたんだってね。燻製を作る能力で」
「そんな能力、ねえよ」
「じゃあ、カツオ節を作る能力?」
「いや、カツオ節も燻製だからな。同じこと言ってんだわ、それ」
優奈の言い草を聞いて、七原が優奈との距離を縮めた方法も、すぐに理解できた――俺をネタにして盛り上がったのだ。
能力は消えても、人心を操る悪魔の才覚が残っている。
恐るるべきは七原実桜。恐るるべきは七原実桜。
そんな事を知ってか知らずか、優奈は普段通りの不機嫌な顔に戻っていた。
「とにかく、あんたの日頃の行いが悪い所為だからね。まあ、そのお陰で能力者が自ら正体を現してくれるのは助かってるけど、一日の人数は調整して」
「出来るかよ」
「あ?」
「あ?」
「まあまあ、その話は中でしましょ」
七原が鍵を開き、ぞろぞろと部室に入る。
「じゃあ好きなところに座ってね」
七原のかけ声に、俺の隣には優奈が座り、その前に麻里奈。
七原は俺の前に座った。
七原と優奈、どちらも拳が届く範囲である。
どうにかならねえかな、この人間関係。
「とりあえず、先に、ご飯にしましょ」
七原が言い、鞄から二つの弁当箱を取り出す。
「めっちゃ食うんだな」
「違うって。犯人捜しに協力してくれたら、お礼するって言ったでしょ?」
七原が顔を赤くしながら答えた。
どうやら、俺の分まで作って来てくれたらしい。
「ああ、あれ本気で言ってたのか?」
「そうだよ。約束は約束だからね」
「そっか……悪いな。俺が犯人だったのに」
それで俺が礼を受け取るのも変な話である。
「そうだね。確かに犯人の戸山君にあげるのは変だよね」
七原は、俺の前に置かれた弁当箱を自分の前に引き戻した。
……いや、そんなにすぐに引き下がるとは思わないし。
出来れば、弁当の方は頂きたい。
色々と思考を巡らせた所為か、今日は猛烈な空腹に襲われているのだ。
「ああ、そうだ。じゃあ、こうしようか。皆で食べよう」
七原は思いついたというように、机の真ん中で弁当を開けた。
揚げ物、野菜、卵焼き。スタンダードだが、彩りが綺麗で食欲がそそられる。
「でも、わたし達、全員で実桜さんを騙してたんですけどね」
と、優奈。
「そっか。そうだったよね」
七原は弁当を自分の位置に引き戻した。
優奈ぁ! 余計な事を!
そう叫びそうになったが、すんでの所で自分の中に留めた。
何故なら、優奈もまた、後悔と失望が入り交じった顔をしていたからである。
麻里奈も『むぅ』と擬音が出そうな顔で七原の弁当を見送る。
「うそだよ。ごめん。ごめん。みんなで食べよ。私、感謝してるからね」
素直に、ただ素直に七原が天使に見えた。
……俺達三人が洗脳されてしまう日も近いのではないだろうか。




