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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第二章 寺内奏子編
34/232

岩淵


 そんな話をしていると、ガラガラと扉を開けて岩淵が入ってきた。

 かなり不機嫌な様子だ。

 まあ、あんな呼び出し方をしたのだから無理もない。


「岩淵先生、お呼び立てして、すみません」

「また問題か? C組は、こんな事ばっかりだな」

「すみません」


 早瀬は平謝りだ。

 大変だな。早瀬も。


「で、何があったんだ?」

「えーと……、その……」


 どう話したものかと悩んでいるのだろう。


「生徒の前だ。教師なんだから、毅然(きぜん)として話なさい」

「はい。授業中に、この生徒の鞄から火が出まして」

「火ぃ?」


 岩淵は目を丸くしながら言った。


「炎です」

「そういう事を聞いているんじゃない。どういう事だと聞いてるんだよ」


 高周波の声が頭の中で反響する。

 ああ、これは話す気も無くすわと思いながら、早瀬を見た。

 早瀬は追い詰められたような顔で口を開く。


「授業中に焦げ臭い匂いが立ち込めて、彼の鞄から煙が出てたんです。隣の生徒がペットボトルの水をかけて、火は消えたんですが……」

「何故、そんな事が?」

「わからないです」

「わからない? この生徒の鞄なんだろ? この生徒が事情を知らないわけが無い。何で聞き出さないんだ?」


 そう言いながら、岩淵は俺の方へと顔を向けた。


「それをやったのは、君か?」

「違います」

「何か不満があったんだろ? 感情的に怒鳴るような事はしないから、言ってみなさい」

「だから、違いますよ。その時、僕は保健室にいて、ここには居なかったんです」

「はあ? アリバイって奴か?」


 岩淵が鼻で笑う。


「いや、本当に保健室に行ってましたから。早瀬先生、そうですよね?」

「そうです、岩淵先生。彼は確かに保健室に行ってて、火が出た後に戻って来ました。だから、こんな事は出来ないと思います」

「そうか……」


 とりあえず、早瀬が話を合わせてくれて良かったというところだろう。

 保健室に行くと言って教室を出て、授業をサボっていた事がバレたら、ややこしい話になっていたはずだ。


「わかってもらえましたか? 僕は火を付けてません」


 しかし、岩淵からの鋭い視線は変わらない。

 まだ、俺をいぶかしく思っているのだろう。


「別に教室にいなくても、そういう事って出来るんじゃないのか? 最近はネットの情報で爆弾だって作れるって言うじゃないか」

「爆弾って……彼は、そんな事をする生徒じゃないです」

「どうだか。ちゃんとチェックはしたのか?」

「チェックというか……一応、彼の鞄の中は見ましたが、何も怪しい物は入ってませんでした」

「じゃあ、何が入ってたんだ? 一見すると何でもないような物が危険物だったりするものだぞ。見せてみろ」


 早瀬は俺の机の上に置いてあるコンビニ袋と鞄を指差した。


「これです」

「これだけか?」

「はい」


 岩淵が俺の鞄を開いて念入りに中を見る。


 鞄は学校指定の通学鞄だ。

 何の特徴も無い布製の鞄で、何かを隠す場所なんて、あるはずも無い。


「証拠を隠滅したんじゃないか?」


 視線を向けてくる岩淵に、俺は口を開く。


「まだ教室に帰ってきて、一度も触れてないです」

「早瀬先生、この生徒の言っている事は本当なのか?」


 岩淵は早瀬を威圧するような目で見た。


「はい。私も、しっかりと見てましたから間違いないです」

「……じゃあ、他の生徒か。いじめって事だな」


 岩淵は溜息をついた。

 まあ、当然か。

 いじめとなれば、対応が複雑になる。避けられるものなら、避けたいと思うだろう。


「それも有り得ないと思いますよ……私は」


 早瀬がオドオドとしながら、そう言った。


「有り得ないとは?」

「煙が出たのは授業中だったんですが、席順で生徒を当てて教科書を読ませていました。その時は、一番後列の生徒の時だったので、彼の鞄は視界の中にあったんです。誰かが火を付けたなんてことは考えられません」

「本人でも無い。周りの人間でも無い。じゃあ、何だって言うんだ!?」


 岩淵は苛立ちと飛沫を撒き散らしながら、早瀬に問いかける。


 しかし、早瀬は何も答えられない。

 答えられるはずがない。

 それだけ不可思議な事が起きているのだ。


「何も無いところから、火なんて出るわけがないだろ。何かがあるはずだ」

「……私には分からないです」

「まったく。注意力が足りてないな。こんな事だと担任失格だぞ」


 岩淵の言葉に、早瀬は消え入るような声で、「すみません」と言った。


 ヘタに場を()き乱すような事はしたくないが、このままでは堂々巡りするだけだろう。

 俺も一案を提示する事にした。


「岩淵先生、もしかして自然発火とかは、考えられないですかね?」

「自然発火ぁ?」


 岩淵が声を上げる。


「俺は何もしてません。早瀬先生の仰った事を聞く限り、クラスメートがやったとも考えられません。滅多にないような事だとは思うんですか、照明器具の漏電とか、化学物質による反応とか、太陽光とか。そういうもので発火して火事になるって事も(まれ)にあるって聞きます」


 岩淵は腕組みをして考える。


 視線が俺と早瀬の顔を行ったり来たりした。

 まだ俺を疑っているのだろう。

 そして、早瀬も信用していないのだろう。


 俺は落ち着いて岩淵の目を見る。


「……わかった。とりあえず、もう少し周りを調べてみよう。話は、それからだな。この鞄は預かっておく」


 俺の鞄に、雑にコンビニ袋を詰め込んだ。


「これで全部か?」

「はい」

「まったく。学校に何しに来てるんだ」


 そんな事を呟きながら、岩淵は足早に教室の出入り口へと向かう。

 ドアの際まで行くと、こちらを振り返り、再び口を開いた。


「早瀬先生、もう一度、この生徒に事情を聞いておくように。それから、早瀬先生は、しばらく、ここで待機」


 そう言い残して、岩淵は教室を出て行った。

 まだ頭の中に、キンキン声が響いている。


「早瀬先生、すみません。別に俺が犯人ってわけじゃないですけど、謝っておきます」


 今のこの空気を考えると、そうするべきだろうと思ったのだ。


「大丈夫だよ。戸山君は悪くないから」

「それと保健室の件も、話を合わせてくれて、ありがとうございます」

「あれは私もそうせざるを得なかっただけで本当はダメな事だよ。次から、ああいう時はちゃんと本当の事を言って」

「本当の事を言ったら、先生だって困ったはずですよね。生徒の勝手な行動を見逃したって、またブチが五月蠅(うるさ)い事を言ってきたはずです」

「まあ、そうだけど」

「どちらにしろ、俺は教室に居なかったので、絶対的に無関係ですよ」

「そうね。それはわかってるわ。あと、戸山君。岩渕先生のことを『ブチ』なんて呼んじゃダメだからね」

「じゃあ。ブチさんで」

「さんって付けたからって、ダメなものはダメよ」

「ブチ様?」

「敬う気持ちは評価するわ」

「ブッチャー」

「遠くなってるから。ちゃんと岩淵先生って言って。少なくとも私の前では」


 俺は、仕方ないといった表情を作って頷く。

 少しは空気が緩むかなと思って言ってみたが、逆効果のようだ。


「ところで、先生に聞きたい事があるんですけど……いいですか?」


 俺は早瀬の反応を(うかが)いながら言った。


「何?」

「岩淵先生が最初に言っていた、『また問題か?』ってのは何ですか? このクラスで、他にも問題が起きているんですか?」

「それは……言えるわけが無いでしょ」


 早瀬が困り顔を、さらに歪める。

 その深刻さを見るに、普通に(たず)ねても聞き出せないだろう。

 だから、ここはカマを掛けてみる事にした。


「もしかして委員長の事ですか?」


 早瀬は驚いた様子で俺を見る。

 先程の委員長の様子を勘案して、彼女の名前を出してみたのだが、当たりだったようだ。


「何で知ってるの?」

「委員長とは以前からの知り合いなので」


 と返答した。

 一年前に少し会っていただけなのだが、嘘ではない。


「もしかして寺内さんは戸山君の所に?」


 俺の所に?

 その後に続く言葉を推測する。

 これだけ難しい顔をしているという事も合わせて考えると、『泊まっているの?』あたりだろうか。

 委員長が家出でもして、どこで寝泊まりしてるのか分からない状態なのかもしれない。

 その線で、適当に話を合わせよう。


「そんなわけないじゃないですか。いくらなんでも女子をウチに寝泊まりさせるわけにはいきませんよ」


 俺の予想があっているのだとしたら、無難な返答であると思う。


「そっか。それもそうだよね。戸山君、意外と、ちゃんとしてるしね……じゃあ、どこに行ってるんだろ?」


 どうやら、俺の予想は正解だったようだ。


「家族も心配してるんでしょうね?」

「それが、そうでもないのよ」

「どういう事ですか?」

「最初から事情を話すと、昨日、彼女のお母さんから学校に電話が掛かってきてね。娘が学校に行ってるかと聞かれたの。私が来てますと答えたら、すぐに電話を切ろうとして。だから引き止めて……よくよく話を聞いてみたの。そうしたら、彼女が一週間も家に帰って来てないって仰ったわ」

「一週間ですか。今回は長いですね」


 言うまでもなく、前回を知っているわけでは無い。

 俺が委員長の事に詳しいと、早瀬に信じさせる為である。


「でも、本人に聞いても、家には帰ってるって言い張るのよ。だからもう一度、彼女の家に電話したの。そうしたら、もう面倒になったんでしょうね。『娘は毎日ちゃんと家に帰ってます』って言われたの。そんなわけないじゃない」

「ですね。だったら、その前の電話は何だったんだって話になる」

「そう。だから、彼女の友達から事情を聞いて回っているんだけど、みんな『知らない』とか『そんなこと聞いてない』って言うの。こちらとしては、誰か事情を知ってる人が居たら、もっと、ちゃんと動けるんだけどね」

「委員長は、そういうのを隠すところがありますから。今回は俺にも言ってないぐらいですし」

「そっか……放っておけば、とんでもない事になるかもしれないね」


 早瀬が再び顔を歪めた。

 たしかに、それは胃が痛い話だろう。


「大丈夫ですよ、委員長なら」

「みんな、そう言うのよ。彼女なら大丈夫って。でも……最近は、SNSで知り合った見ず知らずの男の家に……なんて事件も聞くでしょ?」

「そうですね。委員長には、そんな様子も無いし大丈夫だとは思いますけど……まあ、俺も委員長に、それとなく話を聞いておきます」

「戸山君、そうしたら答えが出なくても……」

「わかってます。ちゃんと報告しますよ」


 こうして俺は早瀬に貸しを作っておく事にした。

 さっき教室を出ていった時の不自然な様子を考えれば、どうせ委員長の事は調べないといけないと思っていた。

 一挙両得なのである。


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