告白
「突然こんなこと言って驚いた?」
七原の言葉に、うんうんと頷く。
驚いたなんてもんじゃない。
今も心臓がバクバクと音を立てている。
「でも、本当のことなの」
七原は言う。
もちろん、今の彼女の表情を見れば、嘘や冗談の類いでは無い事が分かる。
真っ直ぐに見つめて来る七原の目は、俺が視線を逸らす事を許さなかった。
――改めて思う。
七原は物凄く可愛い。
手に届くなんて想像も出来ないような存在である。
それなのに。
その柔らかく澄んだ声で、『好き』だと言われたのだ。
俺の事か?
……まあ、俺の事か。
これで俺じゃなく、別の『戸山君』の話だとしたら、まったく意味が分からない。
「戸山君の心の声を聞いている内に、好きになっちゃったの」
そうか。
考えてみれば、なぜ七原が嫌われ者の俺に相談したのかという疑問に、はっきりとした答えは出せていなかった。
七原が俺に好意を持っていたという事だったのだ。
「俺は……」
口を開いてみたものの、何を言っていいのか分からなかった。
何と答えれば正解なのだろうか。
思案していると、七原が口を開く。
「大丈夫。戸山君の答えは分かってるから」
「俺の答え?」
「うん……だって、戸山君。私に、まったく興味がなかったでしょ? それどころか、嫌われても構わないって感じだった」
必死に隠していても、七原のその表情には、悲しみが見え隠れする。
――いや、そんな事は無いから。
そう言おうと思ったが、考えてみれば七原の主張も当然だ。
俺は七原に好かれようなんて、思いもしていなかった。
他の能力者の時と同様に、少し嫌われるくらいが、ちょうどいい――そんな思いで七原と接してきた。
こんな事になるなんて想像もしていなかったのだ。
そこで、ふと疑問に思う。
じゃあ、何で――。
「じゃあ、何で告白したんだよ?」
それは純粋な疑問である。
「なんて言うかな……気持ちが高ぶって、勢いでって感じかな。正直言うと、今、少しだけ後悔してるよ。相手が自分に好意がないなら、まず相手に好意を持たせる努力から始めるべきだよね……戦略ミスだったと思う」
七原は文句のように、ぶつぶつと言う。
そして、一息つくと、気を取り直したのか、再び俺を真っ直ぐに見た。
「聞かなかった事に出来ないかな?」
「いいけどさ。そうする事に何の意味があるんだよ?」
「そうね。それもそうだよね……わかった。私、開き直る事にするよ。これで良かったの。気持ちを伝えておかないと、戸山君は私の存在に気づきもしないから」
七原はそう言うが、そんな事はない。
七原は魅力的だ。
七原の告白を断るような馬鹿が、どこにいると言うのだろう。
しかし、俺はそんな馬鹿な事をしなければいけないのである。
たとえ嫌われようとも、俺には――。
「もしかして、戸山君。好きな人でもいるの? え? ええ?」
「何で、そんなに意外そうなんだよ?」
「だって、戸山君って、そういう感情が壊れてるんだろうなって思ってたから」
「いや、それは失礼だろ」
「……そっか。そうなんだ。いるんだね、好きな人」
七原が俺の顔を覗き込んで来た。
まだ心の声を聞く能力が残ってるのではないかと疑心暗鬼になってしまう。
「でも、戸山君って誰か特定の人と付き合ってるとか、そんな感じも無いよね」
七原は腕組みをして、顎に手を当てる。
「――ってなると、片思いか。戸山君の周りには意外と女の子が多いからね……もしかして、麻里奈さんとか?」
「違う」
「じゃあ、優奈さんだ?」
「もっと違う」
「楓さんって線もあるよね?」
「さっきの話を聞いて、そう思うなら、どうかしてるだろ」
「そっか……わかったよ、全部ね」
七原は、にやりと笑った。
「まさか、あんなに険悪だっていう演出をしておいて、優奈さんに好意があるとは思わなかったよ」
「はあ?」
「優奈さんの時だけ、明らかに表情が硬直してたから」
やはり、七原には敵わないなと思う。
となれば、俺は何を語るべきだろうか。
本当の事だろうか?
それとも建前だろうか?
どちらにしても、それは――。
「そんな戸山君に、一つ提案があるの」
七原の言葉に思考が中断する。
「提案……?」
「片思いなら、私の方に心変わりするって事もあるかもしれないでしょ?」
「……まあ、そうだけど」
「だったら、待つよ。気持ちが私に向いたなら、今度は戸山君から私に気持ちを伝えて欲しい――そういうのって、どうかな?」
上擦る声の七原。
その緊張を感じ取り、俺は少しだけ冷静さを取り戻した。
思考が巡る。
この三日間、七原とは沢山の話をした。
多くの時間を共有した。
七原の能力の問題が解決した今、七原のそばに居る理由が無くなってしまう。
元の状態に戻ってしまう。
その事への歯痒さは、今もなお、俺の中で強くなり続けている。
だから俺は思ってしまった。
これでいい……と。
今は事情を話せない……と。
「七原がそれでいいなら、それでいいよ――オチも大体わかってるしな。こっちが、その気になった頃に、七原が心変わりしてるってパターンだろ?」
七原は首を振り、少し怒ったような顔で口を開く。
「そんな風に戸山君に恥をかかせるつもりは無いよ。戸山君の事がそうでもなくなったら、ちゃんと『そうでもなくなった』って言うから」
「いや、そうでもなくなったって言われる気持ち考えろよ」
「でも、合理的でしょ?」
「合理的なのかな……でも、分かったよ。それでいい。そうしよう」
「そっか……よかった」
そして、小さく息を吐いた七原が、俺の目をじっと見つめた。
「……戸山君、いつかは必ず『七原が好き』って言わせてみせるからね」
躊躇いながらの言葉に、心臓が大きく揺れ動き、何も返答できなくなる。
七原も、自分が言った事の恥ずかしさに顔を真っ赤にしていた。
そうして生まれた沈黙の中、不意にチャイムが鳴り出す。
一時間目の終わりのチャイムである。
――さて。
気を取り直すべきだろう。
俺達は日常に戻らなければならないのだ。
「じゃあ、ちょうどいい時間だし、そろそろ教室に帰るか」
「ちょうどいい時間?」
「教室に帰るなら、一時間目と二時間目の間しかないだろ」
「ちょっと待って。今の会話って時間調整だったの?」
「……早く行かないと、休憩終わるぞ」
「いつから時間の事を考えてたのよ。ちゃんと説明して!」
七原が食い下がってくるが、本気で怒っている様子は無い。
照れ隠しをしたいのは、お互い様のようだ。
七原との会話は、これでいい。
少し冗談を交えるくらいが一番いいのだ。




