エピローグ3
「もう説明は終わりでいいよな?」
「ごめん。あと一つ聞いていい?」
七原は少し遠慮気味といった感じで、俺に問い掛けた。
「ああ、いいけど。他に疑問に思うような事なんてあったかな」
「ひとつだけ。これは関係ない話かも知れないけど……委員長の事なの」
「委員長? この件には、まったく関わってないよ」
「でも、戸山君の口からは、頻りに委員長の名前が出てきたよね。あれは私をミスリードしてたって事?」
「いや、咄嗟に、説得力のある人物が浮かばなかったってだけだよ。下手に知らない奴の名前を挙げるより、機械的に委員長っていう方が得策だと思ったって理由もある」
「委員長は知ってる人ってカテゴリーなんだね。委員長と過去に何かあったの?」
今回の件には関係も何もない話だが、七原が気になるというなら包み隠さず話すべきだろう。
「ああ、あったといえば、あったよ。委員長は、今話した夏木の件に少しだけ関わってるんだ。もちろん委員長は能力者云々の事情は知らないんだけどな」
「どういうこと?」
「俺が夏木を探している間、毎晩毎晩、委員長に付きまとわれてたんだ」
「え? 何で?」
「夏木を探す手伝いをさせてくれって」
「それって別に困る事じゃないでしょ?」
「困ってたよ。委員長は、俺と夏木が元恋人で、ヨリを戻すために探し続けてるんだと、勝手に勘違いしてたから」
「否定すれば良かったでしょ?」
「否定したよ。何度も何度も。だけど、委員長の頭の中では、延々とロマンチックな物語が生産され続けるんだ。どんなに反論しても、『私には本当の気持ちが分かるよ』とか、『何も言わなくていいから』と往なされた。どうにもならないだろ、これ」
七原が段々と苦笑いになっていく。
「それは……大変だったね」
「しかも、それが毎日毎日続いたんだ。こういう地獄もあるんだなと思ったよ」
「でも、戸山君。今は委員長に嫌われてるよね。何で?」
「ある日、委員長と学校でばったり会ったんだ」
「気になるから、その話も詳しく聞かせて」
「わかったよ」
その日の放課後、俺は文化祭準備を抜け出し、下駄箱に向かっていた。
今日も今日とて夏木を探さなければならない。
事態が悪くなる事はあっても、良くなる事は無いのだ。
そんな事を思いながら一階に降りた時、廊下の向こうから歩いてくる女子生徒がいた。
その顔には間違えなく見覚えがある。
西園寺梨々花だ。
同じ学校だとは知っていたが、学校で会うのは初めてである。
「戸山君」
と呼び掛けてくる。
昼間、太陽の下で見る西園寺は、夜とは全く違う印象に感じた。
学校でなら、あまり無茶な話もしないだろうと、足を止める。
別に歩み寄るつもりは無いが、無視して素通りというのも感じが悪いと思っての事だ。
「西園寺、初めて学校で会うよな」
「あ、戸山君、ごめん。私、実は西園寺じゃないの」
「は?」
「本当は寺内奏子って名前。D組だよ」
「じゃあ、西園寺ってのは?」
「ペンネームみたいなものかな。今は戸山君と夏木君をモデルにして話を書いてる所だよ。結構、濃厚なシーンが満載で」
前言撤回である。
学校でも、かなり無茶な話をしてくれるようだ。
「寺内、そういうのはやめてくれ。勝手に俺や夏木の話を書くな」
「……そっか。こんな話、するんじゃなかったよ。私達が一番恐れる言葉って『権利』なの。権利を振りかざされたら、引き下がるしか無いのよ」
しゅんとした顔になる西園寺梨々花『改め』寺内奏子。
それに調子づいた俺は、もう一つ要求をする事にした。
「あと、俺には、もう付きまとわないでくれ」
「え? は? 何で?」
「何でじゃないだろ。こっちは今までも散々迷惑だと伝えてきたから」
「じゃあ、せめて、その理由を教えて。何で、私が一緒じゃダメなの?」
「そういう所だよ。他人事に首を突っ込みすぎだ」
「ダメ。それはダメだよ。絶対に付いていく!」
寺内と話していれば、押し問答が幾らでも続くだろう。
こんな人通りのある場所で揉めるわけにはいかない。
「もう俺とは関わらないでくれ」
俺は精一杯に冷徹に言い放った。
今ならば、もっと別の方法を考えただろう。
寺内が諦めるしかない状況を作ろうとしただろう。
しかし、当時はそんな事を考えてもみなかった。
「もしかして、私のこと嫌いなの?」
寺内が離れてくれるというのなら、それでいい。
そう思って、俺は覚悟を決めた。
「正直に言うなら、嫌いだな。寺内のストーキング行為には迷惑してるんだよ」
語り終えた俺は、七原の方に視線を戻す。
「それ以来、委員長とは話してないよ」
七原は呆れ顔で頷いた。
「なるほどね。そこまでの事があれば、当然、そうなるよね」
「反省はしてる」
思えば、さっき教室で似たような事をしてしまった。
結局、一年経っても、一ミリも成長していないのだ。
「でも、私は戸山君の言い分も尊重したいな。そこまでして巻き込みたくなかったって事だもんね。嫌われてまで」
「元から嫌われ者だしな」
「逆に排除をした相手に好意を持たれたって事って無いの? 元能力者とか、その関係者とか」
何だよ、その質問――と思うが、それに関しても隠す事は何も無い。
「向こうからしたら俺が恩人って事になるんだから、好かれる事が無いとは言わないよ。だけど、明確な好意となると、まったく無い。最近は、いっその事、嫌われた方が人付き合いの面倒が無くて好都合って思うようになってる」
「戸山君らしいね」
七原が、くすっと笑う。
その笑顔を見て、少しだけ悲しさを感じた。
能力の話が終わった以上、同じクラスとはいえ、七原とも疎遠になっていくのだから……。
「あーあ。本当に戸山君には完敗だったなあ。すべてが戸山君の手の平の上だったもんね」
「運が良かっただけだよ。何か一つが違っていたなら、俺は打つ手がなかったと思う」
「そうかな?」
「そうだよ。何はともあれ、背負わされていた荷物を下ろしたみたいな気分だし」
「あれだけ執着してたのに?」
「戸山君のお陰だよ。戸山君は正しいんだよ」
七原の様子を見ていると、これで良かったのだな、と思う――そう思い込もうとする。
本当に能力なんて特別なものを排除してもいいのか。
能力者は、紆余曲折の末に見つけた人間の可能性の一つではないのか。
結局、俺は俺の都合を押しつけているだけじゃないのか。
そんな事を考えると、決して、さっぱりとした気分とはならないのだ。
「じゃあ、帰ろう」
七原の軽快な声が俺の思考を遮断した。
「ああ、そうだな。教室に行って、七原のカバンを取って来るよ」
俺の言葉に七原は不思議そうな顔をする。
「何で?」
「家に帰るんだろ?」
「家じゃないよ。教室に帰るの」
「その泣きはらした目で?」
涙こそ乾いているが、まぶたは腫れぼったく、目には充血が残っていた。
「大丈夫。すっきりしたから」
その顔で教室に帰ったら、クラスメートに俺が何と言われるだろうか。
どこをどう考えても、史上最低の最底辺になることだろう。
……まあ、甘んじて受け入れよう。
俺達は教室に向かって歩き始めた。
「ああ、戸山君。あと守川君も呼び戻さないといけないね」
「だな。だけど、守川がいつまで裏の森に潜伏できるかに興味がないか?」
「いやいや」
いっそ、俺も守川の方に行こうかなとも思う。
このまま七原と教室に帰るより、守川と森に移住した方がマシかもしれない。
「ああ、そうだ。七原に一つ提案するよ」
俺が立ち止まると、七原が振り返った。
「何?」
そう言った七原に、バットを手渡す。
七原は首を傾げて、俺の顔を見た。
「仕返しだよ。俺を二、三発くらい殴れ。そうすれば、幾らか気が収まるだろ?」
こんな事で、償う事は出来ないだろうけど。
「いいよ。必要ない」
「本当に?」
「うん。本当だよ」
そして、七原は俺に微笑みかけた。
「だって私、戸山君の事が……好きだから」
第一章 完
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