理由
「そっか」
七原も溜息をつく。
その息が俺の顔に当たった。
「あ、ごめん。忘れてた」
俺に覆い被さっていた七原は、慌てて立ち上がり、後ずさった。
俺は無言のまま起き上がる。
七原を騙していた事に、謝罪をしようとは思わなかった。
これが謝罪で許されるような事じゃないと分かっているからである。
「理由、聞かせてくれるんだよね?」
「……ああ。わかったよ」
俺は頷く。
「まず教えて。どうやって、こんな事をしてたの? 私には能力がある。それなのに、どうやって私を騙したの?」
まず何よりも、それに興味を持つ事が七原らしいと思った。
「七原も言ってただろ。考えるべきじゃない事を考えなければいいんだ。七原の能力は嘘発見器じゃない」
「そうだけど、納得がいかない。昨日だって一昨日だって、私達は長い時間、ずっと喋ってた。その間、嘘を突き通したっていうの?」
「よく考えてみろよ。七原の能力の有効範囲を知った俺は、すぐに七原から離れた。七原が俺の声を聞いてた時間は、実は結構短い。授業中も、七原は律儀に俺との約束を守って、俺の心の声を聞かなかったし」
「そうだけど……って、何で戸山君は、私が心の声を聞いてないって事に確信を持ってるの?」
「それに関しては、奥の手があるんだよ。俺には、七原が俺の声を聞いている時と、そうじゃない時を判別する事が出来たんだ」
「何で戸山君に、そんな事が出来るの?」
「双子が方法を教えてくれたからな」
七原が怪訝な顔をする。
「優奈さん達に……?」
「ああ。そうだよ。七原の能力は基本的に双子のテレパシーと近いものらしい。普段から、その能力を使って心の声をやりとりしている双子は、相手と繋がっている状態ってものが分かるんだ。だから、その見分け方を教えてもらった」
「ああ……なるほど」
「もちろん、それでも、100パーセント安心ってわけじゃないよ。いつ、七原が心の声を聞いてくる分からない。だから、それに備えて、余計な事を考えないようにしてたんだ。最初に七原に呼び出された時も、自分の中で『能力について何にも知らない俺』というイメージを作り、それを演じてた。そうやって、この三日間を何とか耐え忍んだんだ」
「そっか。今の今まで本当に戸山君の心の声に疑問を感じなかったよ……戸山君って詐欺師の才能があるね」
「役者の才能とかにしてくれよ」
まあ、そんなに良いものでは無いか。
「七原は今まで秘密を打ち明けた事が無かった。だから、能力の事を話した時、相手がどういう反応をするかについて、まったく知らなかった。それが俺にとって一番の幸運だったんだよ」
「でも、何で私を追い詰めたの? そうすることで戸山君に何のメリットがあったの?」
「理由は幾つもあるよ」
「聞かせて」
一言ではあったが、その言葉には強い感情があった。
断れるようなものでは無いだろう。
「一つ目の理由は七原の能力が俺にとって危険なものだからだよ」
「何故、私の能力が戸山君に危険を及ぼすの?」
「俺には秘密がある。俺は、能力者から能力を排除する特別な力を持ってるんだ」
七原が目を見開く。
まあ、驚くのも当然だ。
「本当に?」
「本当だよ。俺は初めから七原の敵だったんだ」
「敵って……」
「でも、実際、敵でしかないよ。考えてみろよ。能力に依存していて、能力で何もかもが上手くいってる能力者がいるとする。その能力者が能力を消す力がある奴の存在を知ったら、どうなると思う?」
「能力者からしたら、邪魔に思うでしょうね……」
「だな。能力者は、能力を使って俺を潰そうとするはずだ。しかし、俺の力は能力を消す事だけ、他は、ただの凡人だ。その俺が能力者にどうやって対処すればいい?」
「なるほど。そういう事なのね」
「俺が、こうしなきゃいけなかった理由も分かるだろ?」
「そうだね。それに関しては仕方ないね」
七原は、うんうんと頷いた。
思いのほか、すんなりと飲み込んでくれたようだ。
理屈人間の本領発揮というところだろう。
「でも、そもそも何で戸山君はそんな事が出来るの?」
「一年半前、ちょっと色々あったんだよ。隣に住んでいる双子が能力者だからな」
「それも上月さん関係なのね……」
「そうだよ。その色々の時、楓と名乗る女が俺達の前に現れたんだ。楓は双子の能力を排除するために、この街にやって来た」
「楓さん? それって名前? それとも名字?」
七原が首を傾げる。
「それば別に重要な事じゃないよ。どうせ偽名だし」
「何で、そんな事が言えるの?」
「紅葉するカエデみたいに真っ赤な髪だったから『楓』だ。たぶん、そういう事だと思う。あいつは、そういうフザけた奴だった」
「あ。中学の頃に、その人の事、話題になってたよ。その人、あまりに綺麗な赤色の髪だったから」
「そうだな。まさに、そいつだ。俺は、そいつに排除の力を与えられたんだよ」
「そうだったんだ……私、その人とすれ違った事があるの。バイクの二人乗りで、後部座席に男の子が乗ってた。ヘルメットで顔は分からなかったけど」
「楓は排除能力を得るための特訓だと言って、俺をあちこち連れ回してたんだよ。当時、受験生だった俺を」
「ああ、そうだったね。受験の時期だった……でも、その人が居たのに、上月さん達にテレパシー能力が残ってるのは何故?」
七原が、さらに首を傾げる。
「楓に双子の能力を排除する事が出来なかったからだよ。双子に能力を捨てるという覚悟をさせる事が出来なかった。それだけ双子の執着は強かったんだ」
「それで、楓さんは?」
「姿を消した。無責任にも俺に責任を丸投げしてな」
「そんな事ってある?」
「それがあったんだから、仕方ないだろ。楓は無責任で身勝手な最低のクズだったよ。俺は、もう二度と楓に会いたくないと思ってる」
「でも、何で楓さんは戸山君に方法を教えたの? その時、まだ中学生だった戸山君に」
「楓は言うには、ひねくれた人間とか、嫌われ者とか、そういう人格に問題がある奴だけが排除能力を持ち得るって話だ」
「そうだったんだね」
その表情から七原が若干引いているのが分かった。
「俺も、それを聞いて引いたよ。大人の女性に直接、人格に問題があるというお墨付きをもらったのは初めてだったから」
「でも、何でそういう人の適性が高いんだろ?」
「楓は教えてくれなかったよ。自分で答えを見つけろって」
「戸山君の解釈は?」
「能力を排除するには、能力への執着を無理矢理にでも削いでいかないといけない。つまりは能力者に対して精神攻撃しないといけないんだ。だから性格に問題のある奴が適任なんだと思ってる」
「なるほどね」
納得する七原。
そこは『問題ばかりじゃなくて、良いところもあるけどね』くらい言って欲しい。
「まあ、そんなこんなの理由で、能力者からすれば、俺は敵なんだ。だか、ら能力者との争いは避けられない」
「でも、優奈さんが戸山君を嫌っているのは確かだと思うけど、危害を加えるほどとは思えないけどね」
「そんな事はないよ。双子の件は、史上最悪のクズである楓が、それはそれは口では言えないような姑息な手段で解決しようとしたんだ。それでも、排除は不可能だった。双子の能力への執着は別格だよ。能力を守るためには何でもすると思っておいた方がいい」
「何でも?」
「ああ、何でもだ。七原の能力を教えてくれたのも、つまりはそういう事だ。俺に、他の能力者の情報を売って、『わたし達を見逃せ』っていう事だよ」
「先に情報を売ったのは上月さんだったのね」
俺は頷く。
「うん。だいたいの話は、理解できたよ」
「俺には俺の事情があるけど、結局、能力を排除するのは七原の為だからな」
「どういうこと?」
「能力は危険なものだ。七原も経験したとおり、能力ってのは、問題を抱え、追い詰められて行き詰まった際に発現する。いわば絶望した人間の最後の拠り所なんだ」
「そうだね。それは何となく分かる」
七原は苦々しい顔で言った。
「だけど、現実ってのは、それを飲み込んでも余り有るほど複雑なものだろ? 特別な力を一つ身に付けたところで――他人の心の声が聞こえたところで、解決できる問題は余り無い。そして能力者は再び行き詰まり絶望する」
「そうね。そうなると、どうなるの?」
「能力は深化する」
「え? 進化するの?」
七原は意外そうな顔で、俺を見る。
「進む方の進化じゃないよ。深くなる方の深化だ」
「どう違うの?」
「能力の深化にはポジティブな意味が含まれていない。能力はどんどん危険なものに変わっていくんだよ」
「危険?」
「ああ、そうだ。人間の欲は果てしない。次へ次へと欲求が高まっていくものだ。能力は、もっと強力で、もっと凶悪なものに変わっていく。例えば、七原の例で言うよ――今、七原の能力では一人の声しか聞こえないだろ? だけど、それでは、集団による悪意に対処できない。そういう攻撃に晒されると、能力は深化して、一度に沢山の人の声が頭の中に流れ込んでくるようになる……そうなると、精神に重篤なダメージを受けかねないよな」
そういう事象は実際、いつ起きても不思議で無いものである。
「……深化ってのは、自分で止められないの?」
「止まらない。今までだって七原は聞きたくない事も沢山聞いて来ただろ」
「そうだね……」
「事態が深刻なものになる事があっても、軽微なものになる事は無いんだよ」
「深化が進んでいくと、最終的に、どうなるの?」
「すべての自制が効かなくなる。能力で罪を犯す奴も居るよ」
七原は目を見開いた。
かなりショックの大きい話だったのだろう。
「だけど、往々にして、能力者が自滅するのが一番早かったりする」
「自滅って?」
「精神を病むか、それ以上か……もちろん、そうならない人もいる。双子みたいに今の状況に満たされていて、進行が遅い奴もいる。でも、七原の場合、様子を見ておく事が出来なかったんだ。七原が能力を使って、俺の排除能力の事を知れば、その瞬間、俺は七原の敵になってしまう。しかも、何の因果か、七原は俺に能力の事を打ち明けようとしていた。だから、早急に何とかしないといけなかったんだよ」
「でも……だったら、最初から全て話してくれれば良かったのに。戸山君が事情を話してくれたら、理解できたかも知れない。私は能力を捨てることが出来たかもしれない」
「そうだな。それが出来れば理想だったよ。だけど、それで上手くいくとは思えなかった。能力が役に立たないという現実に直面するまで、七原を説得できないと判断したんだ……」
そう言い切って話を終えようとしたところで、ふと思い直す。
いや、包み隠さず、すべてを話すべきだ。
「実を言うなら、昨日の帰り際、もしかしたら七原を説得できるかもしれないと、少しだけ思ったよ。だけど、七原を騙して能力を捨てさせる計画の進行は上々だった。だから、そのまま進行する事にした。それが一番確実だと思えたから」
七原の目を真っ直ぐに見る。
「俺は思うんだ。結局、他人からの言葉では、人間って変われないんだよ。人間ってのは、そんなに簡単に出来てない。昨日、七原が言ったように、理屈の上では理解できても、感情が追いついてこないんだ。心の奥底は――その人の本性の部分は、簡単には塗り替えられない。今日の教室での出来事のように挫折して、心の奥まで届くような深い傷になるまでは、人は変われないもんだと思うんだ」
「そうね……そうなのかもしれない。昨日、戸山君が私を説得したとして、私が受け入れなければ、戸山君は自分の手の内を全て明かした状態になってしまった。そんな危ない橋を渡る事は出来ないと判断したのね」
「そうだよ。だから、こうするしかなかった。まあ、失敗したけどな――これが俺の言い訳だよ。七原、騙して悪かった。許してくれとは言わない。土下座だって何だってする。だから、七原の能力を排除させてくれないか?」
俺は何としてでも七原の能力を排除しなければいけないのだ。
「いいよ……っていうか、こっちから、お願いします」
七原が即答する。
「そんなに、あっさり……っていうか出来るのか? 理屈で分かってるだけじゃ駄目なんだぞ。本心から能力を捨て去れるのか?」
「出来ると思うよ。っていうか、やってみるしかないでしょ? きっと大丈夫だから」
そうだな。
七原がそう言うのなら、もう何の問題も無く排除は成功しそうだ。
俺には、そう思えた。
「あのね。私、思うの。戸山君という人と仲良くなって、私は初めて他人を信用できたのかもしれないって……いや、騙されてたんだけどさ。それでも、私の為にやってくれてたって事実が信じれるから。戸山君は優しい人だってのは信じれるから。だから私は能力を捨てられると思う」
そして七原は微笑みながら言う。
「この力がある所為で、私達は三メートルという距離を取り続けないといけない。それは嫌。戸山君とはもっと近くで話したいと思うの――拳の届く間合いで」
犯行予告かよ。
でも、まあ仕方ない。それも我慢しよう。
何よりも能力の排除が先決なのだ。
「それから、もう一つだけ条件がある。いいかな?」
「何だよ?」
「戸山君、私にはまだまだ気になっている事がある。どうやって私が騙されたのかについての疑問が沢山ある。能力を消したら、それを全部、話して欲しい」
「ああ、そんな事か。分かったよ。全てを話す。約束するよ」




