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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第八章
231/232

剛村恵未


「先生。用件を言ってから呼んで下さいよ。まあ、暇だから全然構わないんですけどね、全然!」


 剛村が嫌みっぽいことを口にしながら部屋に入ってきた。

 符滝はピンと背筋を伸ばして立ち上がり、革張りのイスを剛村に譲る。


「剛村君、悪いね。ここだけの話をしたくてさ。七原君と戸山に、六年前の事を――麻里奈君が入院した日の事を話して欲しいんだ。頼めるかな?」

「はあ。麻里奈ちゃんがいいなら、別に構いませんけど……何故、今、そんな話を?」

「それは……ええっと、何から話せばいいかな」


 符滝が助けを求める視線を送ってきたので、


「それは僕から説明させて下さい」


 と言った。

 ここから先の話は冗談や虚言の(たぐ)いだと思われてはならないと、自分の中で最も真面目な表情と、真面目な口調を選択する。


「剛村さんは能力というものを御存じですか? ある種の潜在的な力を持った人達が、通常では考えられないような能力を発現する場合がありまして――」



 剛村に、ざっくりと能力の事を説明する。

 市立病院の看護師長をやっていたという剛村は、能力の存在自体は知っていた様だが、身近にあるものだとは思っていなかったそうだ。その為か、能力というものへの不信感は少なく、素直に話を聞いてくれた。


 さらに、陸浦栄一が符滝の能力を奪った可能性、そして、優奈も陸浦に記憶を奪われた可能性がある事を話す。



「……なるほどね。符滝先生が能力者で、しかも、記憶喪失か……まあ、思い返せば、まったく信じられない話ではないわ。このポンコツがゴッドハンドなんて呼ばれていたんだもの」


 剛村は眉根を寄せながら、そう言った。


「そうですね。そっちの話も聞かせて頂きたいんですけど、先に麻里奈の入院について聞かせて下さい」

「そうだったわね。わかったわ」

「聞くところによれば、剛村さんは麻里奈の命の恩人だとか」

「大した事はしてないわ。当然の事をしただけ。私の出来る事をね……」


 そう言って、剛村はリズムを整えるように一つ大きく息を吸うと、ゆっくり語り始めた。


「あれは、たしか六年前……年末のすごく寒い日だったかしら、その日は非番でね。私は一人、トレーニングがてら、自転車でスーパー巡りをしてたの。スーパー巡りってね、面白いのよ。この店は野菜が新鮮だとか、この店は肉が安いとか、そういう目的もあるけど、調味料やレトルト食品、お菓子なんかに(あふ)れ出てくる店の個性を吟味(ぎんみ)したりしてね。昔はスーパーをハシゴする人を暇だなあと思ってたりもしてたんだけど、何て言うかな、小さな冒険があるのよ、そこには。だから、私は――」

「ちょっと話を端折(はしょ)って貰っていいですか。8万字インタビューとかではないので」


 つっこみ待ちだったのだろう、剛村は笑みを浮かべて、


「はいはい。わかったわよ。そんなスーパー巡りの最中に、住宅街の方で黒い煙が立ち上ってるのが見えたの」


 と、続けた。

 場が暗い雰囲気にならない為の気配りなのかもしれない。

 自然さのあまり、気がつかなかった。


 そんな中、符滝が発言の機会を求めるように、すっと手を上げる。


「ちなみにの話なんだけど、剛村君の自転車はロードレーサーでね、生まれながらのスプリンターとか、『雷鳴』とか、異名があったそうだよ」


 嬉々として語る符滝に、剛村が「先生、その情報は必要ありませんから」と、ぴしゃりと言い放った。

 符滝がシュンとしているのをみて、この二人の関係性は本当に面白いなと思う。


「どこまで、話したかしら。ああ、そうだったそうだった。私は住宅街で見えた黒い煙の方に、急いで向かったの」


 さて、いよいよ火事の件か。

 重たい話なので、聞いてなかったのでもう一回という訳にもいかない。

 一つの情報も聞き逃してはならないと、剛村の話に耳を傾けた。


「私が駆けつけた時、蓮子さんが、燃えている家に入ろうとしている優奈ちゃんを必死で止めてるところだった」

「優奈が?」


 俺が視線を向けると、優奈がムスッとした顔で黙って頷く。

 それを横目に見た剛村は、一瞬何かを考え込むように視線を上げた後、再び口を開いた。


「蓮子さんに事情を聞くと、玄関に麻里奈ちゃんの靴が脱ぎ捨ててあったから、まだ中に居ると分かったって事だったわ。優奈ちゃんは半狂乱で『麻里奈を助ける!』と叫んでた。仕方なく、正気に戻すために私は優奈ちゃんの頬を叩いたの。グーでね」

「違いますよ。パーでしたから」


 と、優奈。

 これも、剛村の気遣いなのだろう。

 この話題に乗り気でない優奈も、会話に巻き込もうというのだ。その証拠に、剛村は優奈の目を見て、続きを促した。

 より深く当時の実相を知りたいという観点で言えば、この剛村の配慮は非常に有り難い。


「剛村さんは、お母さんには救急車を呼ぶように、と。私には、回りの大人に頼んでAEDを探してもらって来てと指示を出したの。それでも納得できない顔をしている私に、中に人が居るなら、助けるために必要になるかもしれないからと丁寧に説明してくれて、私の手をぎゅっと握り、ポケットから出したマジックで手の平にAEDと書いてくれた」


 優奈の語り口はハキハキとしていて、記憶が鮮明に残っていることが分かる。


「そして、剛村さんは自転車のハンドルに付いたボトルホルダーからトマトジュースのペットボトルを取り、ハンカチに中身を含ませて、残りを頭から(かぶ)ったの」


 トレーニング中に、そんなどろっとした飲み物を……?

 いや、そんな事よりも気になるのは――この展開は、もしかして……


 俺の表情を見た剛村が、ふふんと鼻を鳴らす。


「玄関側には、すでに火の手が迫ってきてる感じだったから、すぐに諦めたわ。裏手に回ると、テラス戸から中が見えた。大きな家だったからかしら、部屋の中は随分と煙が立ち込めてたけど、まだ火の手は来てない状態だった。私は手近にあった植木鉢を投げつけてガラスを割り、鍵を開けて、中に入ったわ。もちろん、濡らしたハンカチで鼻と口を覆って、煙を吸わないようにしてね」


 まじか。いや、命の恩人と聞いた時から、結構な事をしてるんだろうなと思っていたが、そんな事まで……!


「最初に入った部屋から廊下に出た瞬間に、倒れてる麻里奈ちゃんを見つけられた事は本当に幸運だったと思うわ。私は麻里奈ちゃんを連れて外に出た。すでに消防には通報が入ってたんだろうね。遠くで救急車の音が聞こえていたから、私は救命処置をしながら、その到着を待った。そこから、さして時間も掛からず、市立病院に搬送して貰えたのも幸運だったわね」


 麻里奈も、こちらを振り返って、口を開く。


「のちに聞いた話では、爆煙の中、剛村さんが私を小脇に抱えて飛び出してきたそうです。それはまるで雷鳴だった、と」


 つえええ。


 俺は確信した。

 俺が出会ってきた人物の中で最強なのは間違いなく、この剛村恵未という看護師である、と。


「すごすぎませんか?」

「幾つもの幸運が重なっただけよ。後から、色んな人に無謀だったと怒られたわ。まあ、実際私も命を失くさなかっただけで奇跡なんだと思う。でも、腹は立ったから、私の無茶がなければ、彼女がどうなってたか分からないと言い返してやったけどね」


 剛村は何でもない事のように、そう言った。



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