昼休み2
「そうなんだ……まさか、あの陸浦栄一が能力者だったとはね」
「へえ。優奈って、栄一さんの事を知ってるんだな」
「前の市長の名前くらい聞いたことあるに決まってるでしょ」
……ああ、そういう事か。
「意外って顔するんじゃないわよ。私にだって一般常識くらいは、あるんだからね」
「いやいや、そういうつもりじゃなくて――もしかして、栄一さんと知り合いだったのかなと思ったんだよ」
「そんなわけないでしょ。どういう繋がりよ」
「そっか。そうだよな……」
俺は、ちらりと七原に目を向ける。
七原は表情を作らず、視線を返してきた。
優奈が話している事が嘘だと判断したなら、何らかの合図を送ってきただろう。
何かがあると、予感めいたものがあったのだが、違ったようだ。
……しかし、それでもやはり釈然としないものがある。
もし、優奈本人が無自覚の関係性が陸浦栄一との間にあるとするなら、孝次さん経由である可能性が高い。
だとすれば、蓮子さんに話を聞くという手もあるな。
双子を家に帰した後に、蓮子さんのファミレスにでも行ってみるべきだろうか……。
「で、その陸浦栄一は、なんで追われてるのよ?」
優奈が焦れた様子で問い掛けてくる。
「話せば長い話になるんだけど」
「協力してあげるって言ってるんだから、話すべきでしょ。何なのよ、その態度」
「レポートに纏めるから一週間ほど待ってくれ」
「三日以内に排除するって話だったでしょ! いい加減にして。もっと私達を尊重するべきだと思わない? 私と麻里奈がいれば、他の人には出来ない事が出来るのよ。あんたのクラスの委員長の時みたいに」
委員長の時は、それほど困っていたわけでもないのだが、それを言えば、逆に意地を張らせてしまうだけだろう。
「わかった。話すよ――じゃあ、まず、そもそもって所から話さないといけないな」
「何で最初から、それが出来ないのよ」
静かに怒りだす優奈に、俺は言葉を選びながら語りかける。
「栄一さんは、今、排除能力者ってのをやってるんだよ。能力を排除する専門の仕事でさ」
「ちょっと待って。陸浦栄一は能力者じゃないの? 排除能力って、どういう事なのよ?」
「栄一さんは『他人の記憶を奪う』という力を持った能力者なんだ。能力ってものは記憶と結びついて形成されている。だから、記憶を奪う事で、能力を排除する事が出来るんだ」
分かっていた事だが、同じ陸浦栄一の事を語るにしても、七原に対してと、まったく違う内容になるなあと思う。
まあ、双子には意図的に情報を隠していたからってだけの話なのだが。
「なるほど。陸浦栄一は能力者でありながら、存在を許されてる特別な人物って事ね?」
「まさに、その通りだよ。まあ、それだけ能力を排除する力ってものが貴重だって事だ」
「そうなんだ。その話は、私達にとっては朗報ね」
「ああ。まあ、だからといって気を緩めるわけにはいかないけどな」
なにしろ、陸浦栄一の件が片付かなければ、楓の兄という肩書きだけでもヤバい人物が、この街に戻って来る――なんて事は言えるはずも無い。
「油断なんてマヌケな事はしないわ――で、その栄一さんが、どうして行方不明なんて事になったの?」
「それが分からないんだよ。ってか、それこそが今回の本題だ。栄一さんは昨夜、定期的に行っていた当局への連絡をしないで、宿泊していたホテルにも帰ってこなかった。それが何故なのかを調べてる最中だよ」
「手がかりは?」
「手がかりっていうほどのものは、まだ……」
訝しげな目が、こちらを向く。
陸浦栄一の失踪は放火事件の事が発覚したからという理由で間違いないのだろうが、七原にも話した通り、それを双子に語るつもりは無い。
代わりに、何か気を引けるような事の一つでも言っておくべきかと、一言を付け加える。
「でも、一度は栄一さん本人に会えたよ」
「ええ?」
「昨日の夜、栄一さんの友達の一人が、栄一さんと会う予定だったらしくてさ、待ち合わせ場所が聞けたから、そこに押しかけたんだ」
「それで?」
「危うく亡き者にされるところだった。栄一さんが本気なら、ここに俺は居なかったかもしれない」
「ちょっと待って、それって……」
「半分冗談で半分本当だよ。栄一さんに見逃して貰えたから、無事に帰ってこれたってのは本当だ。下手をしていれば、能力に関する全ての記憶を奪われていたかもしれない」
優奈は顔が強張ったのが気恥ずかしかったのか、小さく息を吐いてから、再び俺を睨み付けた。
「それで、どうなったの?」
「話は終わりだよ。『手がかりは、まだ』って、さっきも言ったよな」
「何やってんのよ、もう」
「仕方ないんだよ。俺がどうこう言ったって敵う相手じゃないんだ」
「まあ、たしかにね。こっちは丸腰。向こうは能力者。当たり前か」
「そうだな。でも、それだけじゃないよ。栄一さんは複数の力を持つ能力者なんだ」
「複数の力……? どういうこと?」
「そのまんまの意味だよ。栄一さんは幾つもの能力を使う事が出来る。その情報が俺の唯一の戦利品ってところだな」
「なんなのよ、それ……」
優奈が眉間にシワを寄せるだけなので、俺は更に説明を加える。
「話を聞いてみれば、簡単な理屈だったよ。さっきも言ったように、栄一さんは記憶を『奪う』力を持っている。そして、能力は記憶とヒモ付けられている。陸浦栄一は文字通り、他の能力者から、記憶と共に能力を奪ってたんだよ」
「厄介な力ね。厄介すぎない?」
「だろ? チートにもホドがある。俺としては、もう諦めに近いものがあるよ。栄一さんは絶対に敵に回しちゃいけない相手なんだ」
「でも、一度は居場所を突き止められたんでしょ? だったら、上手くやれば何か出来る可能性も――」
「難しいよ。栄一さんの情報をくれたのが牛岡哲治って男なんだけど、この人が、まったく協力的じゃないんだ。しかも、実のところ、一昨日から警察署に拘留されていて、身動きが取れる状態じゃない」
「ちょっと待って。情報の処理が追い付かないから。こっちだって麻里奈に説明しながら、聞いてるのよ」
優奈の求めに応じて、もう一度説明を繰り返した。
当たり障りの無いところで、ざっくりと牛岡の話も付け加える。
ついでに一華や玖墨の事も語り、俺と陸浦栄一との繋がりをクリアにしておいた。
「――なるほど。そんな事があったのね。色々と理解できて来たわ」
「問題は、一華さんの件が解決して間もないこのタイミングで、何故、栄一さんが当局との連絡を絶たなければならなかったのかって所だよ」
「単に体調を悪くして、どこかで倒れてるって可能性は?」
「倒れてるなら、栄一さんには悪いけど、それで万事解決だ。一番望ましい結末だよ。だけど、昨日の様子を見た限り、直後に倒れたとは思えない」
「そっか……」
「栄一さんは規格外の能力者だ。栄一さんが無尽蔵に能力を使うなら、手が付けられない状態になる。当局は相応に警戒してるよ」
「でも、陸浦栄一が惨事を起こす危険性は今までもあったわけでしょ?」
「いや、さっきも話しただろ、栄一さんが複数の能力を抱えてるって話は、俺が得た情報なんだよ」
「そうなんだ……なるほど」
優奈が、ぐうの音も出ないという顔で俺を見つめる。
「何にせよ、栄一さん本人に動機があるって言うんなら、まだいい。怖いのは能力によって理性が飛んだ状態になっているという可能性だ。俺達も、うかうかしてられないよ。三日したら当局も本格的に動くらしいから」
「そんなとんでもない奴を相手に三日しか無いの?」
「いや、三日もあるんだ。この三日は、栄一さんが事件を起こすには十分な時間となる。これは、俺が当局に信用されているって事を証明するエピソードだろ?」
優奈は黙ったまま、こくりと頷いた。
いつだって減らず口を叩いている優奈でさえ、こんな風に気後れしているのだ。
実際の話、今の陸浦栄一と関わり合いになろうという人間は、当局にも居ないだろう。
理事官の一人である柿本が全責任を取る事に、胸をなで下ろした連中も居るはずだ。
「三日もって言っても、もう半日経ってるけどね」
と、七原が口を開いた。
さすが七原だ。ちょうど待っていたタイミングで、ちょうどいいアシストをしてくれる。
「そうだな。って事で、これからどうするかって話をしておかないといけない」
「栄一さんを探す事より、排除に向けての情報集めを優先しなきゃいけないね。何故、陸浦さんが今も能力を捨てられないか。そこらあたりの事を、はっきりさせないと」
七原の口が、俺達の思考に寄り添うように言葉を奏でる。
やはりクラスの人間関係を再構築するという話も、本当に可能なんだろうなと思った。
「そうだな。それを考えてて、一つ思った事があるんだよ」
「何?」
「せっかく学校に来てるんだから、ここで出来る事は無いかなって」
「ああ、そっか。栄一さんは市長時代に医療と教育に力を入れていたって聞いてるし、その関係者とは繋がりも深いだろうって事だね」
「まさにだよ。市の教育委員会とか、そういう所で話を聞くのも必要となるだろうけど、特に、この学校は一華さんが通ってた高校だ。何らかの特別扱いをするように、栄一さんが手を回していた可能性はある」
「たしか、今の校長先生になってから長いらしいし、教頭先生も、ずっとこの学校に居るって聞いてるよ」
急に話のペースが上がったせいだろう、話題に追い付けず、視線を右へ左へと動かす優奈を横目に、会話を続ける。
「だな。まあ、順番から言ったら、校長から聞くべきだと思う」
「そっか。わかったよ。せっかく会うなら、面会の約束を取り付けて身構えられるより、不意打ちの方がいいよね? 鍵を返すときに、岩淵先生にでも、やんわりと校長先生の予定を聞いておくよ」
「そうだな。出来れば、放課後一番で会えれば、時間のロスも無いから、そこら辺にしておきたいな」
「了解」
「って話になったぞ、優奈」
優奈の方に視線を戻し、語りかけた。
同席して話を聞いてるのだから、わざわざ話を振る必要も無いが、あえてである。
「聞いてたわよ。校長に話を聞くんでしょ?」
優奈が不機嫌さを全開にする。
「いやいや、そうじゃなくて、優奈は今回の件、パスして欲しいんだ」
「ちょっと待って。何を勝手に」
「校長は、明確に排除能力者側の人間だろ? 優奈達は関わらない方がいい」
優奈が一瞬、納得の顔になった後、再び苛立ちの顔に戻った。
校長に話を聞くという策を出したのは、双子の出端を挫く為でもある。
結局、こういう事で、モチベーションを削っていくのが一番得策だという判断だ。
優奈は力なく溜め息を吐いて、俺を見た。
「わかった。あとで、しっかり話を聞かせて貰うけどね」




