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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第八章
221/232

昼休み


 午前の授業は半分寝ながら、半分考え事をしているという状態で過ぎ去っていった。

 七原と共に、職員室で鍵を借りて、特別棟へと向かう。


 その道すがら、最初の話題は、逢野がカンカンだという話だ。

 まあ、当然か。


「――他に幾らでも方法があったと思うけどね。戸山君って誰かに嫌われてないと気が済まないの?」


 お説教である。


「仕方がなかったんだよ。学校に着いてから、柿本との約束を思い出したんだから」

「その時、私に言ってくれたら良かったのにって話だよ。私、戸山君の頼みだったら、何でもするからね。何だったら、私に一任してくれても大丈夫だったよ」

「まあ、そうだろうな。七原だったら、俺よりずっと上手くやったんだと思うよ」

「私はクラス全員を服従させるに足りるだけの情報を握ってるからね。本気になれば、クラスの人間関係を粉々に破壊した上で、戸山君を頂点とするスクールカーストを再構築する事だって出来るから」

「いや、ハードだな」


 しかし、昨日の七原の立ち回りを考えれば、彼女の言ってる事が誇張だとも思えないのである。


「あと、亞梨沙には、私から上手く言って、静かにして貰えるようにしておくから安心してね」

「七原には感謝しかないよ」


 俺は笑みを浮かべて、深く頷く。『逢野、逃げてー!』と心の中で叫ばずにはいられなかった。



 そんなこんなの内に、昇降口を抜け、特別棟へと入る。

 もう、人の声は遠くにしか聞こえない。

 誰も居ないならと、俺は足を止め、七原に語りかけた。


「朝の事はともかく。こっちの話は事前に言っておくよ」

「何?」

「考えたんだけどさ、栄一さんが放火事件に関わってるって話は、双子には伏せておいた方がいいんじゃないかと思ってるんだ」

「うん、そうだね。私も、それがいいと思うよ。だけど、大丈夫かな? 秘密にしてた事が二人にバレたら……」


 七原は不安げに視線を動かす。


「その可能性は低いと思うよ。この話を知ってるのは、柿本さんとか楓とか、本当に限られた人達だけだから」

「そっか。その人達と口裏を合わせておけばいいって事ね」

「そういう事だよ。そもそも柿本さんや楓を、双子に会わせる事は無いだろうし、簡単な話なんだ」

「……でも、一人だけ厄介な人がいるよね」


 やはり、七原は察しがいい。


「そうだな。栄一さんに関しては、どうなるか予測もつかないな。栄一さんと会う事になったら、双子も居る場面で、その話題を出さざるを得ないかもしれない」

「それって、リスクとして、結構大きいと思うよ。大丈夫なの?」

「出来るだけ避けようと思っているけど、最悪、そうなった場合は諦めるしか無いだろうな」

「諦める? それでいいの?」

「ああ。一応、大義名分もあるんだよ。優奈に『昔の事を掘り返して、蓮子さんや麻里奈を動揺させないでくれ』って言われてるんだ」

「なるほど。優奈ちゃんが、そう言ったから黙っておいたって話に出来るわけね」


 昨夜の優奈のあの言葉がなければ、途方に暮れていたところだ。

 優奈の心配性が、良い仕事をしてくれた。


「だけど、双子の精神状態を考えれば、あくまで事件の話題を避けたいって方針は変わらない。その為に一番良いのは、やっぱり双子には、家で大人しくしておいて貰う事なんだ」

「そうだね。それが出来れば最善だよね」

「だから、七原には、そっちでも協力して欲しいと思ってる」

「わかった。私も様子を見ながら、合わせられるところは、合わせていくね」


 七原が、こういうスタンスでいてくれる事はありがたい。

 間違いなく臨機応変に動いてくれるだろう。


「本当、七原が居てくれて良かったよ」

「え」


 七原が、きょとんとした顔で俺を見る。

 何か変な事を言ってしまっただろうか。


 俺が戸惑(とまど)っていると、七原は笑みを浮かべ、口を開いた。


「いや、戸山君から居てくれて良かったなんて言ってもらえると思ってなくて、嬉しくて」


 たしかに。

 冗談めかして言った事はあっても、真剣な話として語った事は無かった。


「そうだな。言った事、無かったな。俺なりに遠慮してたんだよ」

「遠慮?」

「双子の件は俺と楓で始めた事で、俺達の責任だ。誰かに肩代わりさせていいものじゃない。だから、遠田とかに協力を頼む事はあっても、芯を食った話はしなかった。たぶん、最後には後悔しか残らないから」

「わかってるよ。そんな事」


 七原が、まっすぐな目で俺を見る。


「戸山君の顔を見てたら、わかるよ。どうやったってハッピーエンドになる話じゃないってことくらい」

「七原……」

「それでも私達は頑張らなきゃいけない。泥水をすすったって、泥をかぶったって、泥を()んでだって、私は最後まで諦めないから」

「ずいぶん泥臭いな」

「絶望しか選択できなくても、その中で最適解を見つけ出すのが戸山君の役割でしょ? 私も、それを手伝うよ」

「……そうだな」


 今は七原が居る。

 七原の言う通り、すべてが閉ざされた道の中でも、少しはマシなものを選び取る事が出来るはずだ。


「正直言えば、今は七原が居てくれないと困るよ。それは、ただ七原が有能だからってだけじゃない。七原は正しい事は正しいと言うし、間違ってる事は間違っていると言ってくれる。だから、俺は七原を信頼できるんだ」


 七原は照れくさそうに笑みを浮かべた。


「やめてよ、戸山君。突然、素直になるのって、変なフラグが立ってそうで怖いから」

「この戦いが終わったら、故郷のアイダホに戻って、親父のポテト農場を継ぐんだ」

「それもやめて。巡り巡って、本当になるってパターンのフラグもあるんだよ? さすがにアイダホに着いて行くのは私も、しんどいから」


 肩にのしかかっていた重圧から少し解放される。

 たまには本音を吐き出すという作業も必要なものなのだろう。

 (かたわ)らに立つ七原に心強さを感じながら、再び、足を動かした。

 さあ、双子の時間だ。



 階段を上がって、四階の廊下に出ると、部室の前で(たたず)む優奈が目に入った。

 気だるそうな顔で、コンビニの袋を右手に下げている。


 横で七原が手を振ると、優奈は会釈をして応えた。


「優奈ちゃん、こんにちは」

「実桜さん、こんにちは」

「待たせちゃって、ごめんね。職員室で鍵を借りてこないといけなかったから」


 頷く優奈に、俺も語りかける。


「コンビニか。珍しいな。寝坊したのか?」


 俺が上月宅を出た時点で、まだ寝ていたのだから、当たり前と言えば当たり前だ。


「うっさいわね。私が寝坊してるの、分かってたんでしょ」

「まあまあ、二人とも」


 そう言いながら、七原が部室の扉を開ける。

 相変わらずの殺風景な教室が視界に広がった。


 七原は優奈に視線を戻すと、三分後には悟りでも開いてそうなほど穏やかな笑みを浮かべる。


「戸山君のお弁当も作って来たんだけど、こんな事なら、三人分にすれば良かったね」

「お気遣いありがとうございます。この通り、自分の分は買ってきてるので大丈夫ですよ。だけど、また実桜さん特製のお弁当なんて、この男が厚かましくお願いしたんじゃないですか?」

「違うよ。昨日、風邪で休んだのを色々と心配してくれたから、作りたかったの」

「そうですか。恩を押し売りされたって事ですね」

「そんなんじゃないよ」


 七原の笑顔が、微妙にだが引きつったものになっていた。

 それを知ってか知らずか、優奈は平然と話を続ける。


「どっちにしろ、こいつに実桜さんのお弁当は勿体(もったい)ないですね……そうだ。今日買ってきた、この果実の種と交換で、こいつの分のお弁当を手に入れましょう」


 優奈が、コンビニの袋からカシューナッツとプリントされたパッケージを取り出した。


「それローストしてあるからな。育てれば沢山の実が出来るって、丸め込む事は出来ないぞ」


 さるかに合戦かよ――とは指摘する気にもならない。

 呪いの手紙といい、何故、優奈は、いつも微妙なところからネタを引っ張ってくるのだろう。

 ってか、昼食にカシューナッツって、どういう胃袋をしてるんだよ。


「でも、健康効果は高くて、疲労回復にも効くと聞いてるわ。※個人の感想です、けどね」

「しゃべり方も、おかしくなってるぞ」

「いつまでもカキの種とおにぎりで子供は(だま)せないでしょ。時代の変化よ」

「変わるとこ、そこじゃねえだろ。ってか、やっぱローストしてあるもんじゃ、根本的にダメなんだよ」

「はあ? 細かい事をグチグチ言い過ぎだから!」


 優奈が不機嫌な顔で、持っていたコンビニ袋を机に置く。

 どすんという鈍い音が静かな教室内に響き渡った。


「昼食の質量として間違ってるだろ。砂利でも詰めてんのかよ」

「うっさいわね! ローストしてあんのよ!」

「ローストに、そんな効果ねえよ!」

「これを育ててカシューの果実をぶつけてやるわ!」

「だからローストしてあるから無理なんだわ!」


 優奈も俺も、荒い息づかいで肩を揺らす。


「まあまあ、二人とも落ち着いて。ローストって言葉を言うのが楽しくなったのは分かるけど」


 七原は間違っている事は間違っていると言ってくれる。

 本当にありがたい。


「そうだな。悪かったよ」

「こいつと話してると疲れるんですけど、実桜さんが居る事で緩和されますよ」


 緩衝材(かんしょうざい)は、まさにその通りで、七原は心を落ち着ける最適な言葉を選択する事が出来る。

 その手際は、やはり能力によって身についたものなのだろう。

 一家に一台、七原実桜である。


「実桜さん、私達と三つ子って事で、やっていきませんか?」


 優奈も勢い余って、わけの分からない事を口走ってしまったようだ。

 しかし、これも優奈の特性である。彼女は自分に利益を与える人物を邪険にする事が出来ないタイプなのだ。

 扱い方さえ分かれば、優奈の方が簡単だというのは、このあたりなのである。


「そういえば、優奈ちゃんがいれば、麻里奈ちゃんとも繋がってるんだよね。麻里奈ちゃん、聞こえる?」


 七原も手慣れたもので、息をするような自然さで優奈の言葉をスルーした。


「うん。聞こえるよー」


 優奈の口から麻里奈の声が聞こえてくる。


「へえ。優奈って、そんな声も出せるんだな」

「当然でしょ。声帯も一緒なんだから」


 一緒とまで言ってしまうのは、いささか雑だが、たしか麻里奈も優奈の声マネが上手かったと記憶している。

 本当に体内の構造まで似ているのだろう。


「なんか、可能性を感じるなあ。今度、人形とヘッドセットマイクを買ってきてやるよ」

「何か勘違いしてるんだと思うけど、腹話術とは、まったく違うものだから。声も遅れもしないし――ってか、いつになったら本題に入るのよ?」

「そうだな。わかった。わかった」

「だったら、早く言って。昼休みなんて、すぐ時間が無くなるんだから」


 今回の協力の話は、麻里奈だけが意気込んでいるのだと思っていたが、この話しぶりから察するに、優奈も肯定的なんだなと考えを改める。

 まあ、優奈からしてみても、何が起こっているのか分からない状況より、多少の危険はあっても、把握が出来ている方が安心という面もあるのかもしれない。


「何から話せばいいかって話なんだけど――今、ちょっと厄介な事になっててな」

「厄介な事……?」

「そうだよ。三日以内に、陸浦栄一って男を探し出して、排除しないといけないんだ」


 優奈は陸浦栄一の名前に、はっとした顔で反応を示した。



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