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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第七章
211/232

排除3


「そこからの短い時間で、僕に出来たのは上月さんの娘さんを洗脳して、鍵を拝借(はいしゃく)する事くらいだったよ」


 たしか、鍵を無くしたのは優奈という話だったはずだ。


「事件前に上月優奈と話したって事ですか?」

「うん。話したよ。その時、色々と探りを入れてみてね――裁判の日は、もともと上月さんも仕事が休みの予定だったらしい。それで、家族で出掛ける予定だったんだけど、上月さんが土壇場(どたんば)になって、『仕事で行かなきゃいけない所があるんだ』と言って約束を反故(ほご)にしたという話だった」

「行かなきゃいけない所? 上月さんと陸浦さんは上月宅で会ったと聞いているんですけど」

「そうだよ。二人は上月宅で会ってる。結局のところ、僕が娘さんの言葉を鵜呑(うの)みにしてしまったのが(あやま)ちだったんだ。上月さんは、家族の時間を大切にしている娘が、家に居座わるのを防ぐ為に『行かなきゃいけない所がある』と言っただけだった」

「なるほど。だから、霧林さんは、事件当日に上月さんが出掛けていると思い込んだという事ですね」

「まあ、それだけじゃなくて、もちろん確認もしていたんだけど……」

「確認?」

「ウチのアパートの窓からは、上月宅の玄関先が見えたんだ。だから、その日は早朝から自宅で上月宅を監視していた」


 早朝から監視か――だとすれば、一つ気になる事がある。


「その時、三津家は、どうしてたんですか?」


 自分の名前が出た所為(せい)だろう、横で三津家がビクッと肩を振るわせた。


「こんな事には巻き込めないだろ。その前日から三晴に預けてたよ」


 三津家は、その場に居なかったのか。

 思ってもみない返答だったので、続けて質問をしたいところだが、話の腰を折ってはいけないと、そうですかとだけ言って頷いた。


「娘さんの一人は九時、奥さんともう一方の娘さんが家を出たのは十時前だった。だけど、上月さんは正午を過ぎても出てこないんだ。どうなっているんだと()れていると、上月さんが戻って来て、家に入って行くのが見えた」

「上月さんが家にですか……」

「ああ。もしかして、もう陸浦さんと会って、排除された後なのかなと思ったけど、それにしては帰ってくるのが早過ぎた。排除の後は意識を失うものだろ?」

「そうですね」

「で、どうするべきか悩んでいると、上月さんはしばらくして、また家を出たんだ……何だ。陸浦さんとの約束の前に一度戻って来ただけなんだな。そう思って、一人納得したよ」


 ああ、なるほど。

 陸浦栄一が、目撃されるのを防ぐために、能力で上月孝次に姿を変えていたという話があった。

 もし陸浦栄一が、そのままの姿で現れていたら――何か一つでも違っていたら、上月孝次の運命は変わっていただろう。


「それで家に忍び込んだわけですね」

「うん。上月さんはメモ魔だと知っていたけど、その量には、驚きを通り越して呆れたよ。彼の仕事部屋はゴミ屋敷状態だった。そんな中から、どれだけあるかも分からない僕の資料を探し出す事は出来ないし、全部の資料を持ち出す事も出来なかった」

「それで火を付けた、と?」


 霧林は唇を噛みしめて頷いた。


「コンロから火種を持ってきて、火を付けたよ……放火は重罪だ。僕にとっても、それは苦渋(くじゅう)の決断だったんだ。万が一にでも死者が出ないように、家の中も調べたし、きっちりと戸締まりもした」

「しかし、地下室がある事までは気づかなかったという事ですね?」

「ああ」


 苦悶(くもん)の表情の霧林。


「それで、その後、霧林さんは何を?」

「とりあえず、能力でアリバイ作りをして、事件発覚に備えなければならない……そう思って、上月宅を出た。そこで、ふとアパートの方を見上げたんだ。すると、窓から陽向が、こっちを見ていた」

「どうして、そんな事に?」

「三晴と喧嘩して戻って来てたんだよ」

「窓から上月宅を見ていたのは?」

「別に上月宅を見ていたわけじゃない。陽向は時折(ときおり)、僕が仕事から帰ってくるのを、そうやって待っていたんだ。その日も偶々(たまたま)同じようにして、不在の僕を待っていたという事だろう」


 霧林が(うつむ)き、代わりに三津家が顔を上げて、霧林に視線を向けた。


「霧林さんはアパートに戻ったんですか?」

「うん。その日は、あらゆる選択肢を間違えてしまう日だったんだろうね。アパートに戻って、陽向の前で言い訳を並べ立てた。だけど、陽向は頭の良い子だ。すべてを察したんだと思う。その証拠に、僕の能力は、もう陽向に効かなくなってしまっていた」

「そういうものなんですね」

「うん……でも、それでも諦めきれなかった僕は、上滑(うわすべ)りする言葉を投げかけ続けたよ。そんな中、やがて上月宅から火の手が上がり、サイレンが近づいてくる音が聞こえた――もう、ここには居られないと、僕は陽向を引っ張ってアパートから出たんだ」


 霧林は、涙を流す三津家を視界に入れないように顔を背ける。


「行く当てもなく、ただただ僕の車で彷徨(さまよ)ったよ。もう何も言う事は無かった。無言のまま、ただ時を過ごした……柿本さんから『上月さんの遺体が地下室で発見された』という連絡が来たのは、もう日が落ちて、暗くなってからだったな」

「霧林さんも、そのタイミングで知ったわけですね」

「ああ。愕然(がくぜん)としたよ。家を出て行く上月さんを確かに見たはず……と考えたところで気が付いたんだ。陸浦栄一が何らかの工作をしていたって事に」

「陸浦さんの能力の一つだそうです。彼は他人の認識をねじ曲げて、別人に成り代わる力を持っています」

「やはり、そういう事なんだね。あの人と関わる事自体が忌避(きひ)しなきゃいけない事なんだろう」

「ですね……」


 霧林は深い溜息をついた。


「話を戻すよ――その後、九時を過ぎて、何か腹にでも入れるかなと、コンビニに車を止めた。陽向は車に残ると言ってね、僕だけ店内に入ったんだ――そこで、陽向が姿を消した」

「姿を消した?」

「うん。車に戻って来たら忽然(こつぜん)と居なくなっていたんだ。それは想定しておくべき事だったんだろうけど、僕も脳の許容量をオーバーしていてね――最悪のケースまで考えて、必死に探し回ったよ。そして、その三時間後、『三津家陽向と名乗る少女が自首をして来た』との連絡が入って来た。それもまた、僕にとって想定外の出来事だった」


 三津家は、父親を(かば)うために、その決断をしたのだろう。


「霧林さんは、自首する事を考えなかったんですか?」

「もちろん考えたよ。だけど、真実を明かす事なんて、いつだって出来る。今は様子を見る段階だと」

「何故、そう思ったんですか?」

「陽向が自首をしたといえども、あるのは九歳の陽向本人の証言だけだ。それだけで(もっ)て犯人にされる事は、まず有り得ないだろう」

「まあ、確かに、そうでしょうけど」

「僕が自首したところで、陽向が発火能力者である以上、長期間に渡って施設で幽閉されるという事実は変わらない。陽向を社会復帰させる事を、命を捧げる覚悟で(もっ)て実行できるのは僕だけだ――それに、自首するといえども、そんな簡単な話じゃなかったんだよ」

「どういう事ですか?」

「確かに僕は放火という罪を犯した。だけど、上月さんに危害を加えるつもりなんて一ミリも無かったんだ。しかし、それを証明する手立てなんてない」

「確かにそうですね」

「それで怖いのが陸浦栄一だよ。陸浦さんは、この事件において、いわば僕の共犯者だ。陸浦さんは自分が関わってないという事にする為に、僕を()()()()()()()()()に仕立て上げる可能性がある。そうなれば、陽向は殺人犯の娘になってしまう」

「自首するのは、諸々(もろもろ)の事実を証明できる証拠を集めてからのつもりだったという事ですね」

「そういう事だよ。でも、時がたち、そんな大切な事を忘れて、保身(ほしん)に走っていたのは事実だよ。今日の事もそうだ。戸山君という古手が目の前に現れたのに、陽向を排除してもらえるチャンスがあったのに、その行動力に(おび)えて、陽向との時間が奪われる事を恐れて、いっそのこと、陸浦さんに排除されてしまえばいいと思ってしまった――戸山君には本当に申し訳ない事をしたと思ってるよ」

「なるほど……そういう事でしたか」

「もう何を言っても無駄だよね。僕という人間は、そんな人間なんだ」


 良いか悪いかの話ではない。

 善悪という基準を取っ払えば、霧林の立場も理解できなくは無い。


 霧林の説明は、確かに俺達を納得させるものだ。


「七原、どう思う?」

「細かいところは分からないけど、大筋(おおすじ)では嘘を吐いてはいないと思う」


 となれば、もう話を進めても大丈夫だろう。

 当初の予定とは違っていたが、()()は可能なはずだ。


 霧林の方に視線を戻して、口を開く。


「わかりました、霧林さん――三津家の事も含めて考えると、あなたの能力への執着心は相当に強そうですね。強制排除なんかでは、対応できないでしょう。って事で――」


 俺は三津家の方に向き直った。


「予定変更だよ。先に三津家から排除する」

「え?」


 三津家が驚いた顔で俺を見る。


「霧林さんの話で、三津家の身に何が起こったかは分かっただろ? 三津家は何も悪くない。もう能力と決別する事が出来るはずだ」

「確かに、霧林さんの言っている事は分かりました。ですが……私はまだ、気持ちの整理が付いてません」

「そんなの待ってる暇は無いから」

「は? 暇が無い?」


 そんな事を言われるとは思って無かったのだろう、三津家は更に驚いた顔をした。


「今日、俺は実感したんだよ。この排除能力というもの自体、いつ失うか分からない。いつだって、その危険がある。今、排除できるなら、後回しにしちゃいけないんだ」

「ですが……」

「霧林さんの話で重要な事は二つだけだ。一つは、繰り返しになるが、三津家に罪が無い事。もう一つは、霧林さんに(しか)るべき場所で自白して、罪を償ってもらうには、まず三津家の排除が必要って事だよ」

「分かってます。分かってるんですが……」

「親の罪に子供が一ミリたりとも責任を感じる必要は無いんだ。そんな前例なんて作っちゃいけない」


 三津家が(うつむ)く。


「さすが先輩ですね。先輩に口では(かな)いません。でも、気持ちが追い付いていかないんですよ」

「そうだな。分かってるよ。排除において、気持ちを裏切る事は出来ない。だったら、こうしよう。排除が終わったら、三津家の望みを何でも一つ叶えてやるよ。何でもだぞ。能力の無い未来に希望を(いだ)かせてやる。だから、大人しく排除されてくれ」

「雑です! 先輩が急に雑に排除しようとしてます!」


 これも作戦の内である。

 三津家陽向を悲劇のヒロインにしてはいけない。

 未来がある、ただの真面目な女子中学生なのだ。


「俺は何があっても排除すると言ったよな? 俺だって、七原だって、遠田夏木だって、その姉だって。みんな、三津家の味方だ。だから、何でも望みを言え」

「戸山君の言う通りだよ、陽向ちゃん」


 と、隣で七原が優しく声をかける。


「実桜さん……」

「陽向ちゃんの望みを叶えるって話も大丈夫。私が証人になってあげる。戸山君が、ちゃんと動くように見張ってるから」


 確かに、俺という人間に信頼性が足りて無かったかもしれない。

 七原の後方支援が冴え渡る。


「……何でも言っていいんですか? 本当に何でも?」


 三津家は真剣な顔で俺を見た。


「ああ、何でもな」

「だったら、先輩……私、文化祭ってものに行ってみたいです」


 なるほど。そういう望みか。

 そういえば、小深山との実行委員のミーティングの後、三津家が少しだけ楽しそうだと感じた。

 二日間の学校生活も無駄では無かったようだ。


「ああ、来ればいいよ。ってか、ぜひ来てくれ。なんなら、小深山に案内して貰えるように頼んでおくよ」

「いえ……先輩がいいです」

「そっか。俺は文化祭を楽しんだ事が無いから、面白さを伝える自信は無いけどな。なんだったら、小深山も」

「小深山さんはいいですから。先輩がいいんです」


 真顔で答える三津家。


「分かったよ。責任をもって、俺が案内してやる」

「それと、あとは先輩と同じ高校に通いたいです! 一緒に登校したり、一緒にお弁当を食べたり、時には意見が対立したり、上手く丸め込まれて、やっぱりこの人には敵わないなと思ったり……先輩と同じ学校なら怖くない気がするんです」

「それは……」


 俺が苦い顔をしたのが否定的な反応だと思ったのだろう、三津家は再び(うつむ)く。


「無理ですか。無理ですよね」

「いや、いいと思うよ。ウチの高校だったら、夏木も第一志望らしいしな。だけど、それは三津家自身が受験勉強して、合格したらって話だ。勉強を教えるくらいなら、してやれるけど」

「本当ですか? 本当にいいんですか?」

「ああ、いいよ」

「あ。でも今日、私、高二として学校に行っちゃいましたし、色々と問題がありますよね……」

「そんなのは、登校拒否してた三津家に高校生活を体験させたって事にすればいい。意外と簡単に押し切れるもんだよ」

「先輩って本当に凄いですよね。先輩に言われると本当に出来るんじゃないかと思えてきます」

「ああ、出来るに決まってるだろ。うだうだ言うのもいいけど、行動すればいいんだよ」

「分かりました」

「とりあえず、最初は文化祭だな。絶対に連れて行ってやるから」

「楽しみです! あ、でも、実桜さん。実桜さんは、それでいいですか?」


 三津家が心配げな顔で七原に問いかける。


「うん。大丈夫。文化祭の日は、戸山君を貸してあげるよ。だから、一日たっぷり楽しんでね」

「ありがとうございます。でも、貸し出しは不要ですよ。実桜さんも一緒がいいです」

「そうなの?」

「はい。私、気がついたんです――先輩が格好いいのは、実桜さんが隣にいる時だけなんですよ」


 そう言った三津家は、イタズラっぽく笑みを浮かべたのだった……!




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