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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第七章
210/232

排除2


「しかも、上月さんの一家は、よりにもよって霧林さん達が住んでたアパートの隣に引っ越してきたんだよ。上月さんにしてみれば、単に地下室という条件をクリアしていたから選んだってだけなんだろうけど、霧林さんは、どういう心境だったんだろうな」


 霧林に視線を向けると、何も無い天井を見上げ、首を小さく横に振った。

 もう反論する気は無いという事だろう。

 だが、三津家への説明の為にも、話は続けなければならない。


「上月さんの姉妹と三津家は割と打ち解けていたって話だったよな。霧林さんは三津家を使って情報収集していたんだと思う」

「情報収集?」


 七原が首を傾げる。


「ああ、文字通り情報収集だよ。三津家は貴重な情報を持ち帰っていた。例えば、上月さんの部屋が書類の山だった事とかな」

「それに何か問題があるの?」

「上月さんは、フリーランスでやってた事もあって、捜査上のメモや資料を全て自宅に保管していた。霧林さんが上月さんに能力の事を掴まれていたとするなら、上月さん本人への対処だけではなく、その資料も始末しないと、当局に能力者だった事がバレてしまう」

「なるほど……そういう事ね」


 つまり、それが放火の動機という事である。


「上月さんの記憶の抹消と、資料の破棄、これが同時に行われないといけない。だけど、霧林さんにも根岸院長にも排除能力は無かった。そこで登場するのが栄一さんだよ」

「上月さんを栄一さんに(けしか)けておいて、自分達は資料の破棄に専念すれば良いという事ね」

「ああ、そういう事だよ。栄一さんも、裁判の後に上月さんと会って、排除能力を使った事を認めたしな」


 三津家の方へと視線を向けると、はっとした顔で俺を見つめている。


「そうだよ。三津家の思ってる通りだ。上月さんの失神と、上月宅への放火は別の事件なんだ。上月さんの死は、霧林さんの意図で無かった可能性が高い」

「そうでしたか……」


 三津家が(うつむ)き、しばらくの沈黙が訪れた。

 霧林に殺意は無かった――それは少しだけ気持ちが軽くなる話である。

 しかし、だからといって、悲劇が起きたという事実は何も変わらない。

 喜ばしいなんて思えないのだ。


 話の続きをと、再び七原に語りかける。


「そして、その夜に三津家が自首をした。霧林さんが三津家を自首させるしかなかったのは、三津家の力が暴走を始め、手に負えなくなった所為(せい)だろう」

「そうなると、当然、霧林さんにも捜査の手が及ぶ事になるね」

「ああ。たとえ、三津家大輔という人物が存在しないにせよ、それで終わりという話にはならない。霧林さんは、そこで考えるわけだよ――誰かを身代わりに立てる事が出来ないかって」

「さっき言ってた『偽物』って話だね」

「ああ。そこで問題なのは適任者がいるかどうかだ。洗脳能力で、その人物が自身を三津家大輔だと思い込むように仕向けるにしても、一度(ひとたび)、その人物が事情聴取でもされたら辻褄(つじつま)の合わない話が出てくるだろう。喋れない身代わりというのが一番良いが、そんなに都合の良い話なんてない。無いはずだった。しかし偶然にも、その条件にピタリと合う男が市立病院に搬送されて来ていた――それが玖墨(くずみ)柚人(ゆずと)の父親、玖墨典生(のりお)さんだよ」


 ちなみに、病床の三津家大輔と、玖墨典生が同一人物である事は写真で照合済みだ。


「霧林さんは、どうやって、その情報を手に入れたの?」

「根岸院長からだろう――玖墨柚人の能力は、精神的に追い詰めるという手法で、人工的に作られたものだって話があっただろ?」

「うん」

「あれは陸浦百合の主導だったと聞いてるけど、専門知識も無く、そんな事が出来るとは思えない。で、専門家が加担していたとして、当時、この街にいた専門家というのも限られる」

「それが根岸院長って事ね。さっき言ってた根岸院長の後ろ暗い過去ってのが、これって事?」

「根岸院長は玖墨の名前を聞いて青い顔をしてたからな――まあ、今、事実として分かってるのは、亡くなったのが玖墨典生さんという人だったって事と、根岸院長が玖墨典生さんの事を知っていたという事くらいだよ。あとは、これからだ」

「もし、戸山君の仮定が事実だったとしたら、玖墨典生さんが三津家大輔として亡くなる事で、ここでも根岸院長と霧林さんの利害が一致するって事になるのね」

「ああ、そういう事だ」


 ちなみに、さっき市立病院から出るときに、霧林に玖墨父の事を調べるように頼んだが、霧林は部下に、その指示を出していなかったそうだ。

 霧林は捜査関係者として巧みに情報を操作しながら、今日まで事実を隠し通してきたのだと思う。


 俺は改めて、霧林の方へ視線を戻した。


「霧林さん、ここからが本題です。三津家は排除によって記憶を消されてますし、注意深い霧林さんは、徹底的に証拠を覆い隠したでしょう。結局のところ、事件の日、何が起きたかを知っているのは霧林さんだけなんです」


 押し黙った霧林が唇を歪ませる。

 俺は霧林の目を真っ直ぐに見て、語り続けた。


「霧林さんが、地下室に上月さんがいた事を知ったのはいつなのか。どうやって犯行を行ったのか。霧林さんが(みずか)ら火を付けたのか、三津家を洗脳して火を付けさせたのか。そのどれもが、僕たちには知りようの無い話です。だから霧林さんに真実を聞かせて頂きたいんですよ」


 この申し入れは、三津家を排除するにあたって大事なプロセスである。

 一時的な気まぐれではない、衝動ではない。

 それを示すために、感情を押し殺して、ただ冷静に腹の底から声を出した。


「あの日、何が起きたかを知らなければ、いつまでたっても三津家は過去に囚われたままです。霧林さんの答えが必要なんです。霧林さんの語る話が嘘でも本当でも構いません。洗脳されたっていい――僕たちが納得できる説明をお願いします」


 もちろん、これが逆効果となる事もあるだろう。

 霧林は、すべて三津家が一人でやった事だと主張するかもしれない。

 たとえ、そうなってもいい。

 そうなれば、能力者の戯言(たわごと)だと一蹴(いっしゅう)すれば良いだけだ。

 万が一にも、霧林の言葉が三津家の心の隙間を埋めてくれる可能性があるならば、使わない手は無いというのが、この場を設けた理由なのである。


「僕たちは、どんな事をしたって三津家陽向(ひなた)を救うつもりです。霧林さんが協力してくれないなら、他の方法を考えるだけですから」


 余所(よそ)を向いていた霧林の視線が戻ってくる。


「まいったなあ……洗脳なんて無理だよ。君達は僕の力を知っている。今更、僕を信用する事なんて出来ないだろ?」

「そうですかね。霧林さんの語り次第だと思いますよ」


 俺がそう言うと、霧林は薄ら笑いを浮かべ、ゆっくりと喋り始めた。


「能力者だなんて言っても、結局、ただの嘘つきなんだよ、僕は。のらりくらりと生きてきた。無為に生きて、無為に死んでいくつもりだった」


 霧林の語りに、俺は黙って頷きを返す。


「何度か関係を持った三晴(みはる)に『子供が出来た』と聞いたときも、正直なところ、関心が湧かなかったよ。勝手にすれば良いと思った。実際、そうなるように洗脳したしね」


 三津家三晴(みはる)は三津家陽向(ひなた)の母親である。


「そして、その五年後、三晴から突然、『助けてくれ』と電話が掛かってきた。詳しく話を聞くと、住むところが無くなったって言っていてね。親子二人で手荷物一つだった事が、いかに(すさ)んだ生活を送っていたかを物語っていたよ」

「それが一緒に住む事になったキッカケですか?」

「いや。その時は、そうならなかった。三晴に昼間の仕事を紹介して、アパートも借りさせた。それから陽向を保育園にいれたな。すぐに入園するのは無理だと言われたけど、能力を使って上手い事やったよ」


 そう言って、霧林はニヤリと笑った。


「たまに善行をしてみると気分が良いもんだなと思った。そうして、僕たちはそれぞれ元の生活に戻ったんだ――戻ったと思ったんだけど、しばらくして、また三晴から電話が掛かって来た」

「どういう電話ですか?」

「やむを得ず、一日、陽向に留守番をさせた日があったそうなんだけどさ。夜に帰って来たら、部屋に煙が充満していたらしいんだ。慌てて窓を開けて、陽向の無事を確認したら、指先に火傷があってね。さらに、着ていた服からも殊更(ことさら)焦げ臭い匂いがしていたそうなんだ。火の気となるものなんて、何も無かったのに」

「既に発火能力を発症させていたって事ですね」

「うん。僕も能力なんてものを持ってたし、発火と聞けば思い当たらなくもなかった。それでパイロキネシスの事を色々と調べたんだ」

「パイロキネシスと言えば酷い家庭環境とか……」


 そういう話になるのだろう。


「……そうだね。三晴の前の彼氏が相当イカれた奴で、別れた理由が『逮捕されたから』って聞いていたんだ。だから、すぐに納得したもんだよ」

「専門家に相談する事は考えなかったんですか?」

「ああいった手合(てあい)は信用しない事にしていたんだ。洗脳能力者の僕になら何とかする事が出来ると思った」

「そして、一緒に住み始めるわけですか」

「うん。同じ能力者だと知ったら、愛おしく感じてね。この子を助けられるのは僕だけなんだ。そう思った。それ以外の選択肢は無かった」

「そういう事情があったんですね」

「もちろん、これで善人ぶるつもりなんてないよ。僕が何とかしたかったのは陽向の事だけで、他はどうでも良かった。市立病院に勤める霧林誠としての生活もあったから、便宜上(べんぎじょう)、三津家大輔と偽名を使っていたくらいだし」

「たしかに」

「結局、僕って人間は、ちゃらんぽらんなんだよ。ミニバン不倫だっけ? あれも嘘偽りの無い事実だ」

「みにばんふりん……?」


 三津家が(いぶか)しげな顔で(つぶや)いた。


「ああ、それは三津家には関係ない話だから」


 さすがに、そこは……とフォローを入れる。


「まあ、つまり、その件で僕の職場が当局に移ったんだ。一人なら、勝手にどこへでも行けたが、陽向と生活を始めた事で、色んな事が今までのようにはいかなくなった。そこからは息苦しい毎日だったよ。いつ自分の素性が明らかになってしまうか、常に(おび)えてた」

「なるほど」

「それでも何とかやってたんだけどね――上月という男がやって来て、事態は一変した」

「古手の上月さんに三津家の力を排除して貰う事は考えなかったんですか?」

「彼が古手だなんて知らなかったんだよ。まったくもって知らなかった……もし、それを知っていれば、今とは違う現在があったんだろうね」


 霧林の目は悲しみに満ちている。

 今まで隠していた分だろう、それがストレートに伝わってきた。


「上月さんは、どこまで調べていたんでしょう?」

「少なくとも、僕と三津家大輔が同一人物だという事は知っていたよ。おそらく、僕が能力者だという事にも勘付いていたんじゃないかと思ってる」

「同僚に能力者がいるのに放置していたって事ですか?」

「いや、僕も必死で隠していた訳だし、やむを得ず後回しにしただけだと思うよ。それだけ彼にとって栄一さんの排除が悲願だったって事じゃないかな。事情は知らないけど」

「そうですか……」

「そして、そんなある日、根岸院長からメールが来た。たしか事件の二日前だったかな」

「どんな内容だったんですか?」

「上月さんが、まさに陸浦さんとの決着を付けようとしてるって話だよ。米代(よねしろ)市での裁判の後にね――根岸院長も上月さんの存在に危機感を持っていたようだし、色々と暗躍(あんやく)もしていたんだろうね」

「霧林さんは、そんな関わり方だったんですね」

「うん。院長の話を聞いて焦ったよ。上月さんのメモが見つかれば――僕の能力の事が知られてしまえば、陽向と引き離されてしまう。陽向も発火能力者だ。何年、施設で過ごさなくてはいけなくなるかも分からない。だから僕は、多少の無茶をしてでも、上月さんの資料を処分する事を決めたんだ」





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