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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第七章
202/232

牛岡


 米代よねしろ西警察署。

 出迎えてくれた担当の刑事が、ペットボトル消火マンの『高梨たかなし』と同じ名字を名乗った事に関しては、驚きを通り越して、もうあきれしか感じなかった。

 ウチのクラスは関係者がスクラムを組んでいる状態だ。


 しかしまあ、実のところ、この件でも楓には感謝せざるを得ないだろう。

 楓と霧林のお膳立ぜんだてのお陰で、気持ちを飲まれずにやっていけているのだから。


 さあ、気合いを入れよう。

 牛岡には問いたださないといけない事がある。

 だからこそ、無理に押し切ってまで、ここに来たのだ。



 高梨に案内されたのは、大きな窓の付いた部屋だった。

 その向こうには恰幅かっぷくのいい男が座っている。


「あいつが牛岡うしおか哲治てつはるです」


 と、高梨。


 小柄で痩せぎすの根岸院長とは、何もかもが対照的だ。

 椅子に深く腰掛け、悠然と待っている姿が印象的である。

 名は体を表すというか、『牛』であり、『岡』であるその男は、物凄い威圧感を放っていた。


 俺達の動きに何の反応も示さない事から、向こう側からは見えないという仕様の窓のようだ。


「牛岡さんは自白をしてるんですか?」


 と、問い掛ける。


「のらりくらり、煙に巻かれて苦労してますよ。決定的な事を話すつもりは無いようです」

「そうですか」


 まあ、当然か。

 簡単に自白するようなら、証拠隠滅は図らないだろう。


 霧林も頷きながら、俺の方へ視線を移す。


「牛岡さん達の事件とは関係ないとはいえ、栄一さんの件に関しても、真っ当な答えを期待しない方が良いって事だね」

「そうですね。とりあえず、話して来ます。霧林さんは三津家と、ここで待っていて下さい」


 俺がそう言うと、三津家が不満そうに眉根まゆねを寄せた。


「え。私達も行きますよ」

「いや、この場合、ぞろぞろ行くより、一人の方が良いと思う。ガキだと油断して、うっかり話してくれるかもしれないし」

「そうですか……はい。わかりました」

「お。今回はやけに素直だな」

「そうですね。七原さんなら、その説明を聞けば納得すると思いましたから――話すほど分かって来るんですよ。先輩に認めて貰うには、まず七原さんを打ち倒して、先輩の第一助手を目指さなければいけないんだな、と」

「頼むから、七原を打ち倒さないでくれ」

「ものの例えですよ! 先輩の取り調べ、勉強させていただきます。どうか、ご武運を」


 七原なら絶対言わないセリフだなと思いながら、高梨に連れられて取調室に移動した。

 気を取り直し、中へ入る。


 牛岡が、じっと視線を向けてくるが、それに敵意は感じなかった。

 ただただ、値踏ねぶみをするような目である。


「お待たせして、すみませんでした。戸山望と申します。牛岡さんに、お話を聞かせていただきたくて――」


 牛岡が手の平を向けて、俺の話を制止する。


「つまらない前置きは、やめてくれ。お前らが思ってるほど、俺は暇じゃないんだよ」


 そう言って、ニヤリと笑った。

 話をすること自体には前向きのようだ。


「まずは贈賄事件について幾つか疑問があるんですが」

「今更、そんな話を蒸し返そうって奴がいるなんてな。もう十年くらい前の話だろ?」

「八年です」

「そうか。もはや、お前の方が詳しいんじゃないか?」

「いえ、あの話には、僕達が分かってない事が、まだ色々とあるんですよ。贈収賄の現場にいた寺内さんが、意識を失っていて、以前の記憶が欠落しているという事実を知りました。これは排除の後にみられる反応で――」

「知ってるよ、そんな事。前置きはいいって言ってるだろ?」


 笑みを浮かべながら、圧を掛けて来る。

 ガキだから油断ってのは甘い考えだったようだ。


「では、率直に聞きますね。寺内さんの能力ってどんなものだったんですか?」

「あいつの話は退屈でな。山も谷もない、確認作業でしかない話を熱を込めて語る。それを聞いていたら、一分も待たず眠くなるよ。能力なんて使わなくても、あいつはそういう男だ」


 やはり親子だなと思う。

 さっきのホームルームで、委員長にその力を喰らったばかりだ。


「それが寺内さんの力って事ですね。寺内さんが能力で意識を奪って、証拠として提出する音声データの分の時間を稼いだ」

「そういう事だ」

「しかし、不思議ですね」

「何がだ?」

「そこまでする必要がありますかね。牛岡さんは放火事件当日の午後、ずっと栄一さんと居たというほど近い存在です。かなり昔からの御友人だとも聞いてますし」

「小学校からだから半世紀以上の付き合いになる」

「でしたら、雑談でも十分に時間を稼げたと思います。わざわざ寺内さんの能力が必要になる事も無いんじゃないでしょうか?」

「だな。だが、それが隆一達が提示してきたプランだったんだよ。俺達は、それに乗っかっただけだ」

「計画の通り、寺内さんが能力を使って、計画の通り、栄一さんが寺内さんの力を排除したという事ですね」

「ああ、間違いない」


 牛岡が低音で断言する。

 七原の助けが無い状態では、普通に話を聞いていたら騙されていただろう。

 しかし、そんなはずが無いのだ。陸浦栄一の能力を考えれば……。


「そうですか。だとしたら、おかしいんですよね」

「何がだ?」

「これは限られた人達しか知らない情報なんですが、陸浦さんの力は、対象者が眠っているか、意識が無い状態で無いと、使えないそうなんです。陸浦さんが排除していたとするなら、その時、何で寺内さんは眠っていたんでしょう?」


 ここに至っても、牛岡は眉一つ動かさない。


「それで、お前はどういう風に考えたんだ?」

「となれば、その場面に別の排除能力者がいたか、例えば、寺内さんが睡眠薬のようなもので眠らされた状態にあったか――その場に居たとされているのは、陸浦さん、牛岡さん、寺内さんの三人だけなので、牛岡さんが事実を知っている可能性は高いな、と思ったわけです」


 肩をすくめて、笑顔を向けてくる牛岡。


「そうか……悪い悪い。忘れてたよ。寺内が緊張して胃が痛いとか言ってたから胃薬をやったんだ。あいつが眠りだして、取り違えたって事に気付いた」


 高梨が言った『のらりくらり』は、これの事だろう。

 話の整合性なんて関係ない、誤魔化すつもりも無い。

 そもそも真実を話す気なんて、更々さらさら無いのだ。


「それならば、何で栄一さんは寺内さんの力を排除したんでしょう? ただ眠っていた人物の――」

「俺が教えてやったんだよ。こいつは能力者だから、排除した方が良いと」


 こんな説明を繰り返されれば、さすがに焦れてくる。


「牛岡さん、あなたが玖墨さんや司崎さんを利用してやっていたことを考えれば、今更という話です。だから、はっきりして欲しいんですよ」

「何をだ?」

「あの日、牛岡さんは隆一さんサイドでは無く、栄一さんサイドだったんじゃないですか」

「栄一サイドだったとしたら、何なんだ?」

「牛岡さんが栄一さんの共犯者であるという疑いがあるって事ですよ。栄一さんの動きは、どうにも怪しい」

「ははは! 本気か、お前」


 牛岡が今日一番の高笑いをする。


「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」

「若いって良いな。あの陸浦栄一に堂々と向かい立とうって人物が出てくるなんて」

「事実は事実ですから」

「だな。その意気だ。ならば、話してやる――お前の考えてる通り、俺はあの日、くだんの馬鹿息子を裏切っていたよ。恩を売るべきは栄一の方だ。そして、結果的には両方に良い顔が出来た。会社は売り払えたし、栄一に対して筋を通す事も出来たし、まさに漁夫の利って奴だよ」

「玖墨さんという能力者を知ったのも、この件がキッカケでしたもんね」

「ああ、玖墨に隆一達を裏切っていた事を密告されない用に、既に玖墨には話を通してたよ」

「ちなみに、何故、反社なんかと敵対してたんですか?」

「会社ってものをやってるとな、連中に恨み辛みが溜まっていくもんだ。周りで、ちょこまか動き回ってるなと思ったら、もう遅い。気付けば会社が傾いているって感じだよ」

「なるほど。そんな事があったんですか」

「詰まるところ、倍返しって奴だ。まあ、それもようやく一区切りついて、残りの人生は悠々自適に暮らそうとしていたが、それは神様も許してくれなかったんだろうな」


 次々と情報が出てくる。

 まあ、牛岡本人にとって都合の悪い話はカットされているようだが。


 ……さて、ここからが本題だ。

 牛岡から、どこまで陸浦栄一の話を聞き出せるか。


「あとは、放火事件の当日、本当に栄一さんと会ったかどうかについて教えていただけないでしょうか。栄一さんのアリバイは――」

「あの日、栄一とは会ってるよ。ただし一時間だけだ」

「一時間?」


 空白は七時間だ。

 アリバイとして、まったくていを成していない。


「だが、お前には、それよりも重要な情報を教えてやるよ」

「重要な情報?」

「栄一の正体だよ。三十年もの間、誰にも話さなかった栄一の能力の真相だ」

「能力の真相って……」

「ああ、そんな不安げなツラはしなくて大丈夫だ。それを知ったからって命まで取られる事はねえよ。俺には俺の立場があって、栄一には栄一の立場がある。そんな事で、栄一は激高したりしない。邪魔なら排除するだけだ」


 ……なるほど。そういう事か。


「牛岡さんは栄一さんに排除されようとしているってわけですね。記憶が無いとなれば、ある程度は情状酌量じょうじょうしゃくりょうされる可能性がありますし、明らかになってない罪状に関しては証拠隠滅が出来る」


 牛岡は初めから、そのつもりで、この話を進めていたのだ。

 だからこそ、のらりくらりとかわして、決定的な事を何も話さずいたのである。


「能力云々うんぬんに関わるのは、もうウンザリだ。記憶を消されて、すっきりしたい。そうなれば、ちゃんと栄一の脅威になるような相手に秘密を打ち明け、確実に排除されなきゃいけないだろ。それが俺の狙いだよ。さあ、どうするんだ? 俺だって、無駄打ちをするつもりは無いぞ」


 色々な立場の人間がいるというのは、まさに言葉通りだが、こんな展開が待っているとは思わなかった。


 まあ、考えるまでも無いか。

 牛岡が何をしてきたかの証言者としては司崎がいる。

 ここは牛岡の提案に乗っても良いだろう。


「そうですね。聞かせてください、栄一さんの正体を」



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