市立病院
市立病院に着くまでの残り時間は、三津家への現状説明に費やす。
「――って事で、栄一さんは今、米代市に戻って来てるんだよ。それで、柿本理事官も、こっちに来る事になったんだ」
三津家は信じられないという顔で俺の話を聞いていた。
「まさか、そんな事が……柿本さんが帰って来るとなると、結構大変な話って事ですね」
「ああ、今回も意外と早く決着がつくんじゃないかって感じだな。俺達も、ぼーっとしてる場合じゃない。栄一さんが関係しているとなれば、今は出来るだけの情報を収集しておかないといけないよ。能力者相手は、どれだけ先手を取れるかが重要だ」
「確かに、それは分かりますけど、焦りすぎじゃないですか? まだ、陸浦さんが何故帰ってきてるかも分かってないんですよね」
「能力者を甘く見たらいけないってのは知ってるだろ? 栄一さんだって、自分の能力を守る為になら何だってするよ」
「ですが……」
そう言ったきり、三津家は黙り込んでしまった。
市立病院の駐車場に車を止めると、霧林は慣れた足取りで職員用の通用口へと向かう。
そういえば、霧林も市立病院の医師だったと聞いたなと思い出す。
扉を開けると、白衣にネクタイの小柄な男が待っていた。
張り付いたような笑みを浮かべている。
「霧林君、待ってましたよ」
「院長、お忙しい中、お時間を取って頂き、ありがとうございます」
この男が根岸院長のようだ。
「気にしなくて良いです。私達は出来る限り当局に協力するという務めがありますから――それで、そちらのお二人は?」
根岸が不思議そうな目で、俺と三津家を見ている。
まあ、当然か。俺も三津家も制服のままだ。
「彼らが、先ほど話していた排除能力者の二人です」
「ああ、そうなんですか。若いのに大変なお仕事を……」
「早速、彼らにも、お話を聞かせて頂いていいですか?」
「わかりました。院長室に向かいましょう」
事前に霧林が連絡してくれていたお陰だろう。トントン拍子で話が進む。
二階の一番奥の部屋に『院長室』という札が付いていた。
部屋の中には応接セットのソファがあり、三十代くらいの男が足を組んで腰掛けている。
男は、医療ドラマでよく見る手術着の上に白衣を羽織っていた。
俺達がぞろぞろと院長室に入っていっても、彼は見ている書類から顔をあげようとしない。
その様子をちらりとみてから、霧林は俺に視線を向けて、口を開いた。
「当日、救急外来を担当していたのが、この田中君だよ――田中君、こちらの戸山君に当時の事を話して欲しいんだけど、いいかな?」
俺が会釈をして、「よろしくお願いします」と言うと、田中は真顔で霧林に視線を向けた。
「何度も話したじゃないですか。六年前のことですよ。これ以上、何を話せって言うんですか」
院長室で、この態度――かなりアウトローのようである。
「まあまあ、そう言わずに同じ事でいいから話してくれよ、僕の顔に免じて」
田中は渋々といった様子で「分かりましたよ。霧林さんが、そう言うのなら」と言って、俺の方へと顔を向けた。
「三津家大輔さんに関しては、何度も何度も当局に話している通りだよ。彼は十一時過ぎに救急車で搬送されてきた。アルコール中毒による合併症で間違いない。履いていたスラックスのポケットの中に千円札が二枚、それに小銭とキャッシュカードが一枚入っていた」
霧林に促されて俺が対面に座ると、田中は不機嫌そうな顔で立ち上がる。
「その夜にカードの持ち主という女性から電話が掛かって来て、その男が彼女の旦那だと分かった。次の日の朝に来てもらうという事になってたんだが」
「来なかったんですか?」
「来たには来たよ。だけど、それは夕方だった。彼女は警察官に付き添われていてな」
「そうですか……」
娘が放火犯として自首したのだ。三津家三晴が取り乱していても不思議は無い。
三津家は、こんな話を聞いてて大丈夫なんだろうかと視線を向けると、三津家は無表情で頷きながら聞いていた。
いつのまにか、三津家の横には霧林が寄り添っている。
割と抜け目が無いな、霧林さん。
「『この方は旦那さんですか?』と聞くと、彼女は『はい』とだけ答えた。その後に病状の話もしたんだけど、上の空だったよ」
「実際のところ、大輔さんの病状は、どうだったんですか?」
「彼のカルテは当局に接収されたから、詳しいところまでは話せない。だが、一週間後に亡くなったことを考えれば推して知るべしだろ」
「そうですね」
「彼には同情しているよ。当局が、事件当時に意識があった可能性があるかどうかを調べるとか言い出して、検査検査の毎日だったからな。まあ、意識はないわけだから関係ないっちゃ関係ないけど」
「意識が無かったって事で決したんですか?」
「俺は、そっちは専門家じゃねえから分からねえよ」
「そうですか……」
「俺が知ってる事なんて、こんなもんだ。わざわざ呼び付ける必要もねえだろ? じゃあ、俺は仕事があるから」
部屋を出て行こうと、背を向けた田中を「待って下さい」と呼び止める。
田中の話の中で、まだ一つだけ気になっている事がある。
「何だよ?」
「当日、田中さんは一人で救急外来を担当してたんですか?」
とりあえず、田中には話を聞けたから、それでいい。
あとは、関係者が出揃っているのかという事が問題だ。
他にも関係者がいるのなら把握しておきたい。
「いや。その日は、もう一人。符滝さんって人も担当だったよ。今は辞めて、開業医をやってるけどな」
驚いた……ここにも符滝が関わってくるのか。
やはり、符滝もキーパーソンの一人で間違いないようだ。
「戸山君、その様子だと符滝先生まで知ってるようだね」
と、霧林。
表情の変化をしっかり見られてしまったようだ。
「ええ、まあ。知り合いですけど」
「ああ!」
田中が急に奇声を上げる。
「なんだ、君は符滝先生の知り合いだったのか。それを早く言ってくれよ」
「え?」
「符滝先生の知り合いなら仲間みたいなもんだ。符滝先生がいなくなって、ここも寂しくなってさ」
「……そうだったんですか」
その様子から見るに、この田中医師は、根岸派が多数を占めた後も、符滝派だったという事だろう。
だから、院長と目を合わせようともしないのか。
「剛村さんも符滝先生と一緒に行っちゃったしな。彼女は大人の色気があるし、スタイルもいいし。ああ、こんなこといったらセクハラになるな」
「……そうですね」
もちろん俺は、例の能力で剛村のスタイルが良いことは察知している。九割九分で正確な数字を出せるだろう。
だが、目がいってしまうのはプロ格闘家でないと辻褄が合わないような筋肉質な腕や足である。
「ちなみに、剛村さんは週六日でジムに通ってスタイルを維持しているらしい」
三津家大輔の事を知りたいのに、オーダーと違う情報が次々と入って来る。
俺は一つ息を吐いて、口を開いた。
「話を戻して良いですか?」
「ああ、符滝先生の知り合いとなれば話が変わった。どんどん聞いてくれよ」
「実際、大輔さんが能力者だった可能性はあるんでしょうか」
「うーん。それは俺にはちょっと難しい質問だな――でも、彼が能力者だったとしたら。そうだな。俺は『リビングデッド』あたりを推すよ」
「生ける死体……のリビングデッドですか?」
「そうだ。死した身体で立ち上がって闊歩していたって感じだな……まあ、それだけ悪い状態だったってだけの話だ。忘れてくれ。何にしろ、ゴッドハンドと言われた、あの符滝先生にも手が施しようがなかったんだ。助かるわけもねえよ」
「なるほど。分かりました。ありがとうございます」
「嘘も事実誤認も無い話が聞きたいなら、符滝先生に聞くんだな。じゃあ、そろそろ俺は行くよ」
そう言って田中は院長室を出て行くが、今度は呼び止めなかった。
田中医師には、また別の機会に話を聞かないといけない事もあるだろう。
しかし、今は三津家の事件に集中すべきだ。
「相変わらずだな、チュウタロウ君は」
霧林がぼそりと呟く。
「チュウタロウ君?」
「ああ、忠誠心の『忠』に桃太郎の『太郎』で、田中忠太郎だよ」
「あのキャラで、そんな名前なんですか……」
三津家大輔のことを知りたいのに、オーダーと違う情報が次々と入って来る2。
「やめたほうが良いですよ。田中君をその名前で呼んだら噛みつかれます」
根岸が迷惑そうな顔で言う。
そうだった――根岸もいた事を忘れていた。
霧林が苦笑しながら口を開く。
「濃いキャラですよね。何で、あんなキャラになったんでしたっけ?」
「医療ドラマって、大体ああいう登場人物がいるじゃないですか。それを見て、どっぷり浸かってしまって」
気を取り直す為か、根岸は一つ咳払いをした。
「……まあ、三津家さんの話は、こういう感じです。不足と感じられているのなら、田中君を呼び戻しますよ」
「いや、大丈夫です。僕は根岸さんに、お話を聞きたいんですよ」
「私に聞きたい事なんてありますか?」
根岸が首を傾げながら、「知っている限りのことは話しますが」と付け加えた。
突然現れた強いキャラに心を持っていかれていたが、俺達が話さなければならないのは根岸院長なのである。




