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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第七章
197/232

それぞれの決断


「栄一さんって、そんなに大きな影響力を持ってるんですか? お偉いさん達に自分の意向を忖度そんたくさせてるって事ですよね」

「ええ。当局の理事官は十人いるんだけど、その大半が陸浦のご機嫌をうかがってる連中なの。まあ、信奉は言いすぎかもしれないけどね」

「何故、そんな事になってるんですか?」

「陸浦の世話になって出世したって人が多いから。それだけ陸浦が排除能力者として優秀だったって事ね」


 ……聞いていた話と違うのだが。


「栄一さんの力は扱いづらいんじゃないんですか?」

「ええ、そうね。さっきも話したように陸浦の力には、相手が眠ってないと使えないという足枷あしかせがある。なのに、古式ほど絶対的なアドバンテージがあるわけでもない」

「だったら何故ですか?」

「彼の経験と、それに裏打ちされた判断力、行動力、決断力が無比なものだからよ。おそらく、彼が本気になれば、太刀打ちできる排除能力者なんていないでしょうね」

「楓や早瀬さんでも?」

「その二人が手と手を取り合って、力を合わせても無理よ。手と手を取り合う事も無理だと思うけど」


 声で柿本が苦笑を浮かべているのが分かった。

 それだけ、楓と早瀬が水と油という事なのだろう。

 まあ、その話は置いておくとして。


「栄一さんって、そんなに凄い人だったんですね」

「みんな、困った時の『陸浦様』って感じよ。陸浦は、どんな難しい問題にも、いつだって的確な解決策を提示して来た。その陸浦でさえ、三津家さんの事件に関しては何一つ有効な助言をする事が出来なかったの」

「それは怪しいって話になりますよね」

「そうね。評価されることも多い人だけど、その行動には裏があると思えてならない」

「裏というのは?」

「たとえば、市長になって、能力者の情報を当局に集約できる都市のモデルケースを作った事。これは自分の元に能力者や排除能力者の情報を集めるのに好都合でしょ。実際、陸浦は要所要所に自分に近い人間を置いている」

「その一人が市立病院の根岸院長って事ですか?」

「そうね。今し方、自分で言った事をくつがえすわけじゃないけど、根岸の人間性を考えれば、情報を流す程度の事なら幾らでもやると思う」


 大それた事は出来ない小悪党タイプという事だろう。


「そうやって考えていくと、この状況下で、栄一さんが戻って来た理由もおのずと分かって来るって事ですね」

「そういう事。つまり、陸浦が戻ってきたのは、戸山君の情報を掴んだからなんじゃないかと思うの」


 俺が古手だというだけで、陸浦栄一に敵視されている可能性があるという事だ。


「柿本さんの言いたい事が分かって来ました。そうなれば、命はかくとして、明日も僕が排除を続けられているという保証が無いって事ですね」

「まあ、何度も言ってるように私の考えている事は憶測に過ぎないけどね。陸浦は、本当に米代よねしろ市で起こっている事を憂慮しているのかもしれないし、単に故郷が恋しくなったのかもしれない。私の話を信じるか信じないかは戸山君次第よ」

「……なるほど」

「最初は、こんな話をするつもりじゃなかったわ。適当に誤魔化して、しらばくれておくつもりだった。だけど、戸山君と話していたら、全て話して注意喚起かんきした方が良いと思ったの」

「助かりますよ。色んな角度からの情報を持っておく事は重要です」

「それを聞けて良かったわ。私としても頭を抱える事ばかりでね――今回も、陸浦を米代に戻らせる事には猛烈に反対したの。そこで話を食い止めたかったの。だけど、私なんて所詮は陸浦栄一の『代わり』に選ばれた理事官に過ぎない」


 電話口なので表情こそ分からないが、その深い苦悩は十分に伝わって来た。


「まあ、悩んでいても仕方ないわ。私達も真実を明らかにする為に、そっちに向かってる所だし」

「え。柿本さんも米代に戻って来るって事ですか?」

「そうね。樋口も一緒よ。下手したら九時とか十時になるかもしれないけど、今日中には到着する予定だから」


 楓も一緒だったのか……。

 昨夜、霧林と会ってから本部への道のりを往復しているという事だ。

 楓が柿本を是が非でも連れてきたかったという事が分かる。


 しかし、一方で、気になる事も出て来るのである。


「もしかして、楓の運転ですか?」

「そうね」

「よく平気ですよね……楓の運転」

「問題ないわ。安全運転させてるから、快適そのものよ」


 その言葉で、楓が柿本に本当に逆らえないんだなという事も実感した。


 霧林の『僕達にとっても、大きな事件だったよ』という言葉が思い返される。


「話をかなり戻す事になりますけど、柿本さんが携帯を持っていないのって、もしかして、そういう事ですか?」

「そうね。執務室にわざと置いて来たわ。面倒な奴らからの連絡をブロックする為にね」

「大丈夫なんですか、それ」

「陸浦に裏の顔があると証明できなければ失職するかもね」

「その覚悟で来たって事ですね」

「……そう。どっちにしたって困らないのよ。私がクビになるって事は、陸浦が無実だったって事。私がクビにならないって事は、陸浦をブタ箱にぶち込めたって事だから」

「栄一さんに逃げ切られて、クビになるってケースは考えないんですか」

「そんな間の抜けた事をするつもりは無いもの」


 肩の抜けた口調で、そんな事を言う柿本。

 何故、楓が柿本を連れて来たかったが理解できた気がした。


「戸山君、そっちに着いたら合流しましょ。取り敢えず、美味しい煮込みハンバーグを出す店に連れて行ってあげるわ」

「本当ですか。楽しみにしてます」

「じゃあ、また後で」

「はい。また後で」


 こちらのセリフが最後まで聞き取れたのかという所で電話が切れた。


 俺は、ふうっと長い息をする。

 圧のある人だったなと思う。

 裁判に証人として出廷していたような気分である。


「戸山君、どういう話になったんだい?」

「あ」


 柿本の会話に集中して霧林が隣りにいる事を忘れていた。

 慌てて、話していた事を頭の中でまとめる。


「色々と話した結果、やはり栄一さんが怪しいという事になりました」


 思いのほか、単純化してしまった。

 だが結局、それ以上でも、それ以下でも無いといった所だ。


「やっぱり、そういう話だったんだね」

「柿本さんも米代に帰ってくるって事になったそうですよ。楓の運転で」

「楓ちゃんも神経をり減らしてるだろうね」


 霧林が苦笑いを浮かべた。


「日頃から楓に喰らってることを考えると、そういう楓も見てみたいですけどね」

「おすすめはしないよ、もれなく柿本さんも着いて来るから――まあ、とにかく着々と役者がそろって来てるって感じだね。今度こそは事件が解決するかもしれない。そんな気がするよ。頑張ろうね、戸山君」

「はい」


 陸浦の事を調べるなら、今こそ、そのタイミングだろう。

 俺も決断をしないといけない――仮に陸浦栄一が危険人物なのだとすれば、七原がいない間に接触しておきたいと思うのである。


「霧林さん。このあと、根岸さんと話がしたいです。あと、牛岡さんとも」

「わかった。手配するよ。ちょっと待ってね」


 霧林が携帯を取りだし、通話を始めた。



 しばらくして、何度もお辞儀をしながら電話をしていた霧林が、こちらを向く。


「根岸さん、今夜は予定があるから、今からなら会ってもいいって話だよ。どうする?」

「じゃあ、根岸さんが先でお願いします」

「うん。わかった」


 そのとき、視界の端で何か動いたのを感じて、ふと学校の方を見る。

 三津家が、こちら側に歩いて来ているようだ。


 いつも通りの固い表情とは裏腹に、足取りは少しばかり軽いように感じられた。

 文化祭というものに、心がおどったんだなという事が何となく伝わって来る。


「戸山君、ありがとね。君には感謝しているよ」


 隣で霧林が呟いた。

 霧林も俺と同じような感覚を持ったのだろう。


 その事に嬉しさを感じると共に、参ったなぁとも思った。

 どちらにしろ三津家が転校するのは確定なので、柿本麻衣との取引に実行委員になる権利を使った事は問題ないのだが、それでも心の奥底が、ぴりりと痛むのである。


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