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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第七章
192/232

関係者


「でも、栄一さんの事件って、八年前ですよね。そんなに裁判が続いていたんですか?」


 『陸浦』も多くて紛らわしいので、下の名前を使う。


「刑事の方は終わって、民事があったんだよ。任期中の辞職で市政に不利益を与えたって事で、市民グループに訴えられていてね」

「ああ、そういう事ですか――しかし、霧林さんの口から栄一さんの名前が出てくるとは思いもしませんでしたよ」

「あ、いや。僕が栄一さんの事を疑っているなんて思わないで欲しいな。あくまでも例えばって話だよ……」


 霧林はそう言った後、視線を外して、「僕がこんな事を言ったとかは、誰にも言わないでくれるかい?」と続けた。


「分かってます。誰にも言いませんよ――だから、ついでに聞かせて下さい。栄一さんに何か動機みたいなものはありましたか?」

「参ったなあ。そんなこと言われてもね」

「霧林さんのその表情を見れば分かります。何か思い当たる事が有りますね?」


 と、当てずっぽうに言ってみる。

 この場に七原がいれば、上手く話を運んでくれていただろう。もしくは、的確なタイミングで、『戸山君、行っちゃいな』と目配せしてくれていたかもしれない。

 七原さえいれば。


「うーん。でもなあ。憶測で語るのもなあ……」


 当たっていたようである。


「霧林さん、お願いしますよ。三津家の為です」

「わかったよ。結局のところ、それを言われたら、何も言い返せないからね」


 そう言って溜め息を吐くと、霧林は再び口を開いた。


「これから話すことは、あくまでも、陰謀説ってくらいに思って聞いて欲しいんだけど――孝次さんは栄一さんの力を排除しようとしてたんじゃないかと思うんだ」

「栄一さんを排除?」

「彼は排除における様々な功績で賞賛されていた一方で、詰まるところは能力者じゃないかという意見も根強くてね」

「栄一さんは、自前の能力で排除していたって話ですもんね。一度排除された能力者が排除能力者になったってパターンでは無く」

「うん。彼の力は色々と物議をかもしていたんだよ。だから、栄一さんを排除する為に水面下で動いていた人達がいて、孝次さんに働きかけていたんじゃないかって思うんだ。新式で記憶諸共もろともを消し去る排除をすれば、栄一さんの関係者も非難囂々ごうごうだっただろうけど、古式となれば誰も文句は言えない。そこに栄一さんの同意が有ったって事になるからね」


 陸浦栄一の力に関しては様々な意見があるのが自然な事だろう。

 霧林の言葉には深く納得させられる。


 しかし、一方で気になる事も出てきた。


「すみません、霧林さん。一つ疑問に思うことがあるんですけど、聞いて良いですか?」

「なんだい?」

「霧林さんは孝次さんと同僚だったんですよね? それなら孝次さんが追っている能力者くらい知ってるものじゃないんですか? 栄一さんにしても、三津家にしても」


 楓みたいに裏で何をしているか、何を考えているか分からない奴が上司という謎の状況で無い限り、誰がどんな事件を調べているかくらいは知っていても、おかしくないと思うのだが。


「それは孝次さんの仕事じゃなかったからね」

「どういう事ですか?」

「孝次さんは一線を離れて、後継者を育てる為に、この街にやって来たんだ」

「後継者?」

「うん。当時は栄一さんが辞めて、この地域の排除能力者は、楓ちゃんと早瀬君っていう新人二人しかいない状態だった。楓ちゃんも早瀬君も実力的には申し分が無かったんだけど、経験は浅かったからね。この地域は元々遺伝的に潜在能力者が多い土地柄なのに、それでは手薄すぎるということになったんだ」


 唐突に出て来た『早瀬』という名前……非常に気になるところである。


「早瀬さんというのは?」

「楓ちゃんのお兄さんだよ」

「え。本当ですか? 楓に、お兄さんがいるなんて聞いた事も無いですけど」


 考えてみれば、妹がいる事も、それが早瀬先生だったという事も衝撃的事実だった訳だが。


「さもありなんだね。あの兄妹はメチャクチャ仲が悪いんだ。二人が揃うと、あの楓ちゃんが、ぱたりと黙り込むんだよ。僕は、その状況が怖くて怖くてね」


 霧林が苦笑を浮かべる。

 たしかに怖い。それは、まじで怖い。


「でも、楓は『樋口』って名字ですよね」

「それはまあ、家庭の事情って奴だろうね。彼女が名乗っている『樋口』は、母親の名字だと聞いている」

「なるほど。色々と事情がありそうですね。ちなみに、早瀬さんは今どちらにいらっしゃるんですか?」

「本部で管理官をやってるよ」

「管理官というのは?」

「重大事案が起こった時に、その地域に行って排除の指揮を執る……ってのが本来の役目だ。でも、今はどこも人材不足でね、日本各地を飛び回っていると聞いている。話がしたいなら、電話を繋ごうか?」

「いえ、結構です」


 楓の兄と聞くだけで、もう厄介だと分かる。

 話をするなら、必要に迫られた時だけでいい。


「じゃあ、話を戻すね――孝次さんは元々フリーランスだったんだけど、当局との結びつきも強く、排除能力者としての腕も折り紙付きだった事が評価されていてね。引退を機に、後進を育てる為の管理職として雇われる事になったんだ」

「孝次さんは何故、古手を辞めたんですか?」

「家族の為だよ。能力者を取り扱っていれば、どうやったって家族が危険に晒される可能性が出てくる。引退して、この街に来る事で、ようやく家族と一緒に住むことが出来るようになったんだ」

「なるほど」


 それがキーホルダーが家族の印だったという話に繋がるのか……。


「そして孝次さんには、もう一つ目的があった」

「何ですか?」

「この街は元から潜在能力者が多い。潜在能力者が多い場所には、潜在的に排除能力を持つ人間ってのも現れるらしいんだ。つまり、彼は古手の後継者も育てようとしていた。その為にも、例の地下室が必要だったんだろうね」

「僕が言うのも何ですが、そんな事が出来るという見込みがあったんですか?」

「それに関しては誰もが懐疑的だったよ。だから、戸山君の存在を知った時は心が震えたね。孝次さんの理論を楓ちゃんが結実させたんだ、と。君が楓ちゃんの理論理屈で見い出されたのだとしたら、歴史的にも最も重要な発見ということになる」


 霧林の言葉一つ一つに熱が籠もる。


「――しかも、戸山君は古式が使えるというだけじゃない。楓ちゃんをしのぐほどの切れ者だ」

「買い被らないで下さい。昨日の排除が成功したのは運が良かったのと、七原の助力があったからこそですよ」

「謙虚だな。そういう所は逆に楓ちゃんに見習って欲しいくらいだよ」

「それは否定できませんね」


 笑みを浮かべた霧林に、俺も頷きを返す。


 楓も人間性をどうにかしてくれていれば、純粋に尊敬できていただろう。楓は、それだけの事をしてくれている。


「今朝は、三津家さんが聞いているかもしれないと思って話せなかったんだけど、楓ちゃんが昨晩帰ってきた時に色々と話してくれたんだ――楓ちゃんによれば、三津家さんを今のタイミングで戻らせたのは、今の君になら三津家さんを託すことが出来ると思ったかららしい。この排除は僕と楓ちゃんの悲願でもあるんだよ……あ、でも、プレッシャーを掛けてるつもりは無いからね。戸山君は戸山君の出来ることをやってくれればいいから」

「わかってますよ」


 熱くなったって仕方ない。

 限られた時間と限られた機会、出来ないことは逆立ちをしたって出来ないのだ。

 それを考えれば、俺も楓も今のスタンスが良いとも思えるのである。


「ごめんごめん。また話が脱線してしまってたね」

「霧林さんの話を聞くと、確かに栄一さんには何かがあると思えてきますね。でも、いきなり会って良いものかは悩みどころです」

「そうだね」

「栄一さんの事をよく知る人物とか、ご存じないですか? 今でも連絡を取り合ってるような人で、場合によっては僕達と会ったことを伏せておいてくれるような……って無茶な相談ですね、すみません」

「そうだね。そこまでとなると、ちょっと難しいかな……」


 と言った所で、霧林が何かをひらめいたような顔をした。


「いや、一人だけ思い当たる人がいるな」

「どなたですか?」

「市立病院の根岸院長って人だよ」


 符滝の代わりに陸浦栄一が院長に推したという根岸の事だろう。

 確かに、根岸なら陸浦栄一の話を聞けるかもしれない。


「戸山君。その顔を見るに、君は根岸さんの事も知ってるみたいだね。あまりにも事情通すぎないかい?」

「いや、市立病院の院長が根岸さんという方だって事を知っているだけですよ。面識はありません」

「更に戸山君の恐ろしさを実感したね」

「軽口はやめてください――霧林さんの方こそ、根岸さんと、どちらで知り合ったんですか?」

「どちらも何も、僕は昔、市立病院で働いてたからね」


 霧林が当然と言った顔で俺を見た。


「え? そうなんですか?」

「うん。僕が根岸さんに、この仕事を紹介して貰ったんだ。根岸さんは元々ウチの職員で、砂見病院の医師もやっていた人だからね」

「根岸さんは何故砂見病院から市立病院に?」

「一つは陸浦さんの方針があったからだよ。市立病院の院長というポストに能力者の知識がある人間が配置されれば、市内の能力者に見通しがきくようになるからね」

「一つはと言うなら、他にも理由があるって事ですよね?」

「うん。実のところを言うと、根岸さんはウチの柿本さんって人と折り合いが悪くてね。柿本さんが居る以上、根岸さんは、どうやったって砂見病院の院長にはなれなかったってのもあるんだろう。どこでだって同じだけど、やはり問題になってくるのは、そういう事なんだよね」

「すみません。柿本さんっていう人は?」

「ああ、ごめんごめん。まだ話してなかったね。柿本真智子まちこさんって人だよ。彼女は医師で、栄一さんが辞めてから、ウチの責任者だった人なんだ。今は本部で理事官をしているよ」

「理事官というのは?」

「わかりやすく言えば、各地方の排除能力者や医師達の人事を取り仕切ったり、当局の施策を決定する立場ってところかな」

「お偉いさんって事ですね」

「まさに、その通り。楓ちゃんも早瀬君も、あの栄一さんでさえ、柿本さんが苦手だったって話だよ」


 霧林が冗談交じり、本気交じりといった口調で話すのを聞きながら、俺は考える。


 いつものパターンで言えば、『柿本』理事官が藤堂の子分Bこと『柿本』麻衣と同じ名字である事は偶然では無いはずだ。

 楓は、柿本理事官へのホットラインを用意しておく為に、柿本麻衣を俺と同じクラスに配置したのではないだろうか。


 根岸が陸浦栄一側の人間だという事も考えれば、ここはまず柿本理事官に話を聞いた方がいいのかもしれない。


「柿本さんとは連絡を取れますか?」

「ああ、番号を知ってるよ」

「じゃあ、お願いします」


 霧林は携帯を取りだし、画面にタッチして、耳に当てる。

 しかし、すぐに首を横に振った。


「電源が入ってないみたいだね。ちょっと待って。本部の方にも掛けてみるから」

「はい。お願いします」


 霧林の通話が終わるのをしばし待つ。

 霧林は俺と話す時とまったく同じ調子で、電話の向こうの人と話していた。



 話を終えた霧林は短く息を吐いて、俺の方を見る。


「柿本さんは執務室に仕事用の携帯を置いて出掛けているらしいよ」

「忘れ物ですか?」

「いや、柿本さんは、そういうミスをしない。何か理由があって置いて行ったんだと思うけど……どうしたもんかな」

「そうですか。わかりました。柿本さんとの連絡手段については少し心当たりがあるんで、ちょっと学校に戻って来ますね」




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