事件の鍵
「それで、どうなったんですか?」
そう問い掛けると、遠くを見つめていた霧林の目が、こちらを向いた。
「排除自体は無事に成功したよ。僕が気になってるのは、『三津家さんはスタンガンを見ても無抵抗で受け入れた』と楓ちゃんが言っていた事だ」
「唐突にスタンガンなんて、普通は驚きますもんね」
「うん。それが、三津家さんが排除についての知識を持っていた事の証明なんだと思う」
「なるほど」
排除の事を知っていたとなれば、排除能力者と関わっていたという事になる。
つまり、上月孝次の排除に対抗する為に、三津家が発火能力を使ったのではないかという話だ。
「だけど、その後、当局の捜査で不可解な事も分かってきたんだ。たとえば、その一つが鍵の問題だよ」
「鍵……というのは?」
「事件当日は朝から、優奈さんと奥さんの蓮子さんが一緒に出掛け、麻里奈さんも友達と遊びに行っていたんだ」
「麻里奈さんが友達と?」
「何か不思議かい?」
「ああ、いや。あの双子は、いつも二人でいるから意外だったんですよ」
焦りを顔に出さないように、抑え込む。
まずいまずい。
不意だったので、普通に驚いて、普通に反応してしまった。
俺が双子と出会ったのは四年前、火災があったのは六年前。
やはり、この火災が双子を変えたという事は間違いないのだろう。
「そうだったんだね。上月家に関しては楓ちゃんの担当だから、僕は二人の事は詳しくなくて」
「そうですか。話を切ってすみません。続きをお願いします」
「うん。麻里奈さんは友達の都合で予定より早く帰ることになってね。蓮子さんと優奈さんより先に家に着いた麻里奈さんは、自宅から黒い煙が立ちのぼっているのを発見した。そして、持っていた鍵で玄関のドアを開けて中に入ったんだ――つまり、その時まで上月家の玄関には鍵が掛かっていたって事だよ」
「ちょっと待って下さい。麻里奈さんは燃えている家の中に入ったんですか?」
「ああ。楓ちゃんから、そう聞いてるよ」
「何故そんな無茶な事を?」
「玄関を開けた麻里奈さんは孝次さんの靴がある事に気が付いたんだ。蓮子さんが、新しい靴を勧めていたのに、ずっと履き続けた古い靴だよ。だから彼女は、まだ父親がいるんじゃないかと思って飛び込んだ」
「それで、どうなったんですか?」
「偶々、通りかかったのが心得のある人でね。麻里奈さんが玄関を入って一部屋目のリビングで倒れているのを何とか助け出したそうだ。そして、麻里奈さんもまた市立病院に搬送された」
「また市立病院がらみですか……」
「かなり悪い状態だったみたいだからね、設備の整った市立病院でって事になったんだと思う。詳しい事を知りたいのなら、楓ちゃんと相談して、本人に聞いてみれば良いと思うよ。あくまでも楓ちゃんに確認を取らないといけないけど」
「わかってますよ。カウンセリングはまだ続いてますからね――話を戻しましょう」
「うん。そうだね」
霧林は頷いて、一つ咳払いをする。
「――上月家の玄関には鍵が掛かっていた。さらに、後の現場検証で、人が出入りできるような窓には全て鍵が掛かっていて、故意にガラスを割られた形跡も無かった事が分かったんだ」
「密室状態だったって事ですか?」
「そういう事だよ」
「鍵が掛かっていたのが、麻里奈さんの勘違いという事は?」
「玄関の扉には麻里奈さんの差した鍵が残ったままだった。焦っている時には、とりあえず鍵を出す前にガチャガチャとノブを捻ってみるだろう? 鍵が掛かっていたのは間違いないと思う」
「なるほど。たしかに」
もちろん、それでも焦って勘違いしたという可能性はゼロでは無いだろう。
だが、それも考慮しつつ、である。
「それで問題になるのは犯人がどうやって鍵を掛けたかだよ。不動産業者に確認を取ったところ、家の引き渡しの際、鍵は五つあったという話だ」
「五つも……そういうものなんですか?」
「上月家の鍵はディンプルキーといって合鍵が作りづらい鍵だったかららしい。その五つの鍵は家族四人が一つずつ持っていて、予備の一つは仕舞われていた。ちなみに、家族四人の鍵の方には、三日月を象ったお揃いのキーホルダーが付いていたそうだよ」
「同じキーホルダーですか?」
「うん。優奈さんと麻里奈さんは、家族の印と言って、そのキーホルダーを大事にしていたらしい。彼女達は必要ない時でも鍵を肌身離さず持ち歩いていた」
「その鍵に何か問題でも?」
「事件後、僕達が確認した時、鍵が手元にあるのは蓮子さんだけだった。さっきも話した通り、麻里奈さんのものは玄関に差したままで、焼け跡からはキーホルダーのないものが見つかってる」
「残りは二つですね」
「一つは三津家さんのポケットの中にあったよ。そして、まだ一つ見つかっていないものがある」
「他にも関与している人物がいるって事ですか?」
「無きにしもあらずだよ。排除が終われば、記憶は残らない。それを見越して、三津家さんを巻き込んだ人間がいるんじゃないかという推論も成り立つと思う」
牛岡が玖墨達を利用していたのと同様に、能力者が記憶を失う前提で犯行に関わらせた奴がいるという事か。
「優奈さんは、いつ鍵を無くしたんですか?」
「それは分からない。ただ、三津家さんが持っていたのは、おそらく優奈さんのものだろうね。彼女達は隣同士で仲が良かったみたいだし、その鍵からは優奈さんの指紋が多く検出されたから」
「孝次さんは家に居る時、どこに鍵を置いていたか分かりますか?」
と、そこで、はたと気が付いた。
「ってか、そもそも、孝次さんは地下室で何をしていたんですか? それを聞いて無かったですね」
「うん。僕も、その話もしておかないといけないと思ってた所だよ――彼が地下室にいたのは、排除の為だと考えられている。その証拠に、孝次さんは祭壇の前で僧衣を着た状態で倒れているのを発見されているんだ」
「祭壇? 僧衣?」
「孝次さんの排除は、そういう神秘的な力が源流にあるんだよ。楓ちゃんによると、古手の能力は、得てしてそういうものが多いらしい。上月さんが地下室のある家を買ったのも、儀式を執り行う為に、ある程度、外界と隔絶された場所が必要だったという話だ――って、そういう事は戸山君の方が詳しいよね?」
「僕は全く知りません」
「え、そうなの?」
霧林が、ぽかんとした顔をする。
「楓って生き物は僕に何も言わないという習性があります。僕自身、何故その力が自分にあるのかも分かってないですし、楓が何を以てして僕に古手の力があると判断したのかも知りません」
「へえ、そうだったんだ」
霧林が引き気味に応える。
「僕も知りたいくらいですよ」
「楓ちゃんは孝次さんの力に興味を示して、彼に色々と聞いていたからね。それが、戸山君の力を見出すのに役立ったのかな……」
僧衣、祭壇、隔絶された空間。
それが、どうして楓のフィルターを通したことでケツバットになったのだろう。
馬鹿にしているにも、ほどがある。
まあ、上月孝次の排除の方が良いとは露ほども思わないのだが。
「とにかく、当日は排除が行われているような状況にあったって事ですね」
「うん。そういう事だよ。そこで、また一つ不自然なことが分かってるんだ」
「何ですか?」
「検視の結果、彼は火災で亡くなる前、既に失神していたんじゃないかって話がある。背中に軽度の鬱血があって、煙を吸って亡くなる前に、少なくとも三十分以上は微動だにせず寝転がっていたというのが所見らしい」
「能力者の介入があったのは間違いないって事ですね?」
「うん。彼には外傷も無かったし、毒物のようなものを摂取させられた痕跡もなかった。たとえば、相手の意識を奪うって力みたいなものがあれば……」
委員長父が、そういう能力を持っているのではないかと予想したことがある。
まあ、あの時の話では、陸浦栄一によって排除されたはずだ。
委員長父は無関係だろう。
「何にしても、三津家が一人で出来る事ではありませんね」
「そうなんだよ。そこなんだ」
「三津家は自首しているわけですから、能力で放火したのは間違いないにしても……いや、能力者がいるのなら、『自分がやった』と信じ込まされているだけって可能性もありますね」
霧林が顔を顰める。
「なるほど、そういう可能性さえあるのか……」
「重要なのは、『三津家の単独犯という可能性が、ほぼ無い』って事ですね」
「そうだね。誰かに罪を被せられたってことかもしれないし、孝次さんが別件で気絶している時に偶然、三津家さんが火を付けてしまったという事も考えられる」
「鍵が一つ見つかってないという事も含めて考えれば、偶然という説も割と可能性があるんじゃないかと思いますよね……でも、そうなると、能力者探しをしないといけないって事になります。六年前ともなると、中々難しいんじゃないですか?」
「……その話なんだけどさ」
眉間に皺を寄せた霧林が、俺の顔を覗き込んだ。
「何ですか?」
「大きな声では言えないけど、容疑者は能力者だけじゃないと思うんだ」
「どういう事ですか?」
「気を失うといったら一番に思い浮かぶのは排除能力だよね? 新式の排除の肝は能力に関する記憶を奪うという事だ。能力者に関する記憶や知識があれば、能力者だけではなく、誰にでも適用される。それに付随して気を失う事だってあるものだよ」
霧林の口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。
俺は霧林の真意を確かめようと、七原に倣い、真っ直ぐに目を見て問い掛ける。
「身内を疑うんですか?」
「身内とは限らないさ。世の中には色んな排除能力者がいる。日本中、いや世界中どこからだって、この街に来ることは可能だろう?」
「まあ、確かに」
「別に具体的に思い浮かんでる人がいるってわけじゃないんだ」
それでも、霧林の瞳は何かを言いたげだ。
「可能性として考えられる、ってくらいの人はいるんじゃないですか?」
「うん……まあね」
「教えて下さい、その人は?」
「参ったなあ……別に疑っているわけでは無いんだよ? 無いんだけどさ」
「聞かせて下さい」
「わかったよ」
霧林は大きく深呼吸をして口を開いた。
「僕はね、火災当日、この街を訪れていた排除能力者を一人知ってるんだ。その日の朝、彼は裁判に出廷する為に――」
「裁判って……もしかして」
「そうだね。たぶん、戸山君が思った通りだよ。彼とは陸浦栄一さんの事だ」




