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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第七章
189/232

実行委員


 眠気と闘い続けた午後の授業が終わり、最後はロングホームルームである。

 副担任からの短い伝達事項の後、委員長が前に出て来て、いつものように朗々ろうろうと語り始めた。


「先週も告知した通り、今日は文化祭の実行委員を二名ほど選出します。立候補があれば、挙手をお願いします」


 委員長は大形おおぎょうな身ぶりで見回すが、当然のように、誰も手を挙げない。


「文化祭実行委員はおすすめですよ。文化祭は高校生活最大のイベントであり、その活動を通して判断力・実行力・責任感が身に付き――」


 委員長の長い語りが始まった。

 それでも、手を挙げる奴はいないだろう。

 二年生ともなると、この高校の文化祭の仕事が、どれだけ面倒かを誰もが知っている。

 俺も、一年の時は沼澤にほとんど任せていたとはいえ、かなり大変だった。

 今年こそは文化祭云々うんぬんを完全にシャットアウトしたい……。

 完全に……。

 完全に…………。



 ……おっと、意識が遠のいていたようだ。

 息継ぎもなく喋り続けている委員長ごしに時計を見ると、ロングホームルームも残り五分というところまで迫って来ていた。


「これが最後のチャンスです。立候補、本当に無いですか?」


 誰も手を挙げない。

 そもそも挙げる気があるのなら、既に名乗り出て、皆を救ってくれているはずだ。


「では、クジで決めましょう。こんなこともあるかなと思って、ちゃんと抽選箱を用意してますから」


 『なら、早く出せよ』と全員の心の声が聞こえた。


 結局、こんなものはランダムに決めるのが一番である。


「守川君、例のあれ、お願い」


 その声で、守川が肩幅くらいの大きな箱を抱えて前に出てくる。


 その箱はずっと視界に入っていて、教室に何でこんなモノがあるんだよ、邪魔だなという扱いを受けていたが、守川の席の前にある事からスルーされてきた代物しろものだ。


 抽選箱だったのか。

 そんなに大きい必要があるのだろうか。

 何を思って、そんな労力を掛けたのだろうか。


 そして、なにより……その形状が問題だ。

 その箱は、上面ではなく、両側の側面に手を入れる穴がある。さらに、向かって生徒側の面にはアクリル板が施され、中が見えるようになっていた。


 それは抽選箱じゃなくて、箱の中身はなんでしょうの箱だよ――とは、指摘する気にもなれない。


 委員長が困り顔で口を開く。


「うん……なんか思ってたのとは違う」

「そうなのか?」


 と、守川。


「うん……けど、これはこれでいいかもね。中が見えるから、後で不正だとか、いちゃもん付ける事も出来ないし。さすが守川君」


 すぐに立ち直れるのも違うと思うが、この二人はそれでいい、とも思う。


 委員長は気を取り直した様子で、生徒側を向いて、口を開いた。


「この中には四つ折りにされた紙が人数分あります。その中にアタリと書かれた紙が二枚、残りはハズレと書かれてます。じゃあ、前から順番にクジを引いて下さい。今日は七原さんが休みなんで、最後に残ったのが七原さんってことで」


 一番最初の守川がクジをかき混ぜた後、引いたクジを委員長に渡す。

 それを委員長が開き、こちら側に見せた。

 紙にはハズレと書かれている。


 たしかに、これは不正が不可能だろう。

 一年の時に痛い目を見ているので、クジには疑心暗鬼があるのだが、これなら安心できる。


 クラスメート達も、ここまでしっかり用意されていたら、文句は言えない。

 列になって大人しく順番にクジを引いていった。


 最初は、俺の番までに一つくらいはアタリが出ているだろうと思っていたが、中々出ない。

 教室の真ん中から後ろは徐々に嫌な空気になっていった。


 そんな中、三津家の順番が回って来る。

 三津家が緊張の面持ちで引いたクジを、委員長が開いた。


「三津家さん、アタリだね」


 その紙をクラスメート側にも向ける。

 確かに赤い文字で大きくアタリと書かれていた。


「え? え?」

「実行委員の一人目は三津家さんね」

「待って下さい。私は……でも……」

「今日の放課後、説明があるから残ってね」

「困ります。色々と予定があって……戸山君、どうすればいいですか?」


 三津家が困り顔で、次の順番の俺を振り返る。


「やればいいだろ、普通に」


 都合のいい事に、三津家は昨日、実行委員の仕事を学んでいる。

 戸惑う事は無いだろう。


 これは他のクラスメートと繋がるチャンスである。

 三津家にとって、その経験はプラスになるはずだ。


 三津家は俺が『排除の為だ』と言いたいと分かったのだろう。


「……ですが」


 と呟いたまま、次の言葉を探している。


「当たったんだから、文句を言わずにやればいいんだよ。それが運命だ。運命を受け入れろ」

「そんな大袈裟おおげさな言葉で言ったって……」

「三津家、今後のことを考えるなら、クラスに馴染まなきゃいけないだろ? 知り合いだからって、俺みたいな嫌われ者とつるんでても良いことないから」


 そこへ委員長が「戸山君、次は戸山君の番だから、早くして」と声を掛けて来る。

 

 しまった。

 綺麗にフラグを立ててしまった……と思うが、『まあ、フラグなんてただの迷信だ』と思い直して、箱の中身は何だろなの箱に手を突っ込む。


 そして、引いたクジを委員長が開いた。


「戸山君もアタリね」


 と、開いた紙を俺に向け、その後、クラスメート達に掲げた。


「困るんだけど。俺、忙しいんだよ」


 実行委員となれば、一ヶ月近くの間、次々と面倒事が襲いかかってくる。

 そんな事をしている時間は俺には無い。


「クレームは止めて下さい。クジで決まったことです。運命ですよ」

「いやいや、本気で言ってるんだ。委員長なら事情も分かってくれるだろ?」

「いくら戸山君の頼みでも受け付けられません」

「何でだよ」

「三津家さんも転校して来たばかりでしょ? 心細いと思うから、知り合いの戸山君が助けてあげて欲しい。私達も全力でサポートするから」

「いや、俺は一分一秒でも時間が惜しいんだよ。三津家は大丈夫だ。何とかなる――だから、俺だけ変えてくれ」

「ちょっと待って下さい。何で私だけ」


 三津家が抗議の声を上げる。


「三津家は大丈夫だろ。放課後、ちょっと残るだけだよ」

「ダメです。私は戸山君と一緒にいなくちゃいけないんです」


 その言葉にクラスメート達がざわめき出した。


「ほら、三津家さんも、こう言ってる事だし、一緒にやってあげて」


 と、委員長。

 これで完全にクラスの空気が出来上がってしまった。

 もう嫌とは言えない雰囲気である。


 よし、ここは――。


「俺なんかと一緒だと、三津家が可哀想だと思わないか?」


 ざわざわしていたクラスが一気に黙り込む。

 ここまで、ぴたりと黙り込まれるのも何だかしゃくだが、それがこのクラスでの俺の評価だ。

 何はともあれ、形勢逆転である。これで委員長が作った一緒に実行委員をやれという空気は消え去った。


「でも、三津家さんとは知り合いでしょ? 昼、楽しそうに二人で食べてたけど」


 藤堂が声を上げる。

 面倒な奴が、しゃしゃり出てきた。

 藤堂が発言したという事は全面戦争の構えという事だ。こちらが、大人しく負けを認めるまで徹底的に突っかかって来るだろう。


「私としても、仮に実行委員をやるなら、戸山君と一緒じゃなければ絶対に無理です」


 と、三津家。

 そこへ、授業時間の終わりを知らせるチャイムが鳴り出した。


 委員長が一人でうんと頷いて口を開く。


「取りあえず、実行委員は三津家さんと戸山君に決まりね。ってことで、ホームルームは終わりです」


 ……そうだな。

 ここは一旦引いて、後で有耶無耶うやむやにするしかないだろう。

 俺には学年主任の岩淵いわぶちというカードがある。

 ここは権力者の力を使うしかない。


 そう思って、席に戻ろうとすると、すれ違いざまに藤堂が口を開いた。


「ちゃんと本人の口から実行委員やるって聞いてないんだけど。誰かさんは自分の都合しか考えてないから、どうせ仕事を投げ出すに決まってる」


 こちらに顔を向けて話していないので、一人言だなと、無視して自分の席に帰る。

 こういう事は、はっきりさせないに限るのだ。政治家は俺達に非常に重要な教訓を与えてくれている。


 そんな事を思いながら椅子に座り、辺りを見回した。

 ホームルームは終わったようだが、クラスメートの誰も席を立つ様子は無い。

 まあ、この静かな教室は、どうやったって立ち上がる雰囲気では無いだろう。


 ――そのとき、後ろからポンと肩を叩かれた。


「戸山、ちょっといいか?」


 振り返ると、小深山こみやま章次あきつぐがいる。

 元能力者の小深山章次だ。


「何だよ」

「戸山には恩もあるし、忙しいなら代わってやるよ。俺、今、部活休んでるから」


 ああ、なんだ。適任者がいた。

 コミュ力もある。

 発言力もある。

 頼りになる。

 二枚目だ。


 三津家を任せるのに、これほど適した人物はいないのである!


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