学校
寝癖を直した三津家と連れ立って歩く。
道路を一つ渡れば学校なので、もう別行動をしても良いのだが、三津家が優奈達と遭遇してしまうのが矢張り恐い。
「昼飯を買うから、コンビニに行くけど、三津家は何か持って来てるか?」
「私はお弁当があります」
「へー。自分で作ったのか?」
「いえ。施設の看護師の松永さんという方が、『自分のを作るついでに』と言って作ってくれました。『せっかく学校に行くんだから、お弁当が良いでしょ』って」
霧林もだが、その松永という人も、三津家が社会復帰に不安を抱かないように、色々と気を回してくれているのだろう。
「いい人だな。施設暮らしだと、学校に行く機会なんて無いもんな」
「ご厚意はありがたいのですけど、遠足じゃないんだからと思いました。私はコンビニで十分です」
「そんな事を言うなよ。わかった。じゃあ、おやつを買ってやるよ、三百円までな」
「遠足じゃないんです!」
三津家が不満げに声を上げた。
「遠足だよ。高校ってものや、他の生徒達を見るのも大事な勉強だ。そういうものを見てたら、能力云々から足を洗いたいって気持ちになるかもしれないだろ? それが排除に繋がるんだ」
「私は排除されるつもりは無いんですけど」
「色々なものを見聞きして、経験した上で、それでも排除能力者でありたいって言うなら諦める――ってな感じのこと、昨日も話しただろ?」
「わかってます。それを仰るとは思ってましたよ」
「俺が諦めるまではやる。その時が来るまでは付き合って貰うつもりだから」
「わかりました……」
三津家が長い溜め息を吐く。
そんなこんなの内に、コンビニに着いた。
「じゃあ、三百円までな」
「本気の話だったんですか」
「ああ、排除ってのは金になるんだ。十分にペイ出来るから心配しなくていい」
「はあ……先輩の軽口には、きっといつまでも慣れないんでしょうね」
ささっと買い物を終えると、さっさと学校に向かった。
校舎に入ると特別棟で三階まで上がり、渡り廊下を通って教室の前へと到着する。
「三津家、先に教室に入っておいてくれ」
「先輩は?」
「俺と一緒に行動してたら、クラスで浮くだろ。あと、先輩って呼び方は学校内では禁止な」
「では、何と?」
「普通に『戸山君』でいい。それが無難だ」
「わかりました」
三津家が入っていった後、少し時間を空けてから教室に入る。
それでも早い時間なので、教室は人も疎らだ。
三津家は誰かに構って貰ってるだろうか……。
そう思って辺りを見回してみると、ぽつりと自分の席で机に突っ伏して寝ていた。
俺は一つ息を吐くと、その隣の自分の席まで行き、鞄を置いて横を見る。
机での眠り方を知らないのだろう。腕を枕にする事もなく、顔面を直に机に付けて寝ている。
七原がいたら、上手くやってくれていただろうか。
上手くやってたんだろうな……。
そう思うが、休んでいるので仕方ない。
それでも誰かと話をさせたい。
ここは、やっぱり七原の友人から選ぶべきだろう。
それを考えて、すぐに思い浮かぶのは、割とマトモに会話が出来る佐藤千里のことだ。
佐藤の方へ顔を向けようとすると、逢野亞梨沙と佐藤が小声で、ひそひそ話しているのが聞こえてきた。
「亞梨沙は、そういうけどさ……そこまで、悪い人かな?」
「何を今更。昨日も、お姉ちゃんが、ずっと携帯をイジっててね。『相手誰?』って聞いたら、あいつだったの。で、『内容は何?』って聞いたんだけど教えてくれなかった。何? 何なの? 何で、うちのお姉ちゃんと繋がってんの? どんな会話してんの?」
「知らないよ。でも、誰が誰と話してても自由でしょ」
「他人を傷付けてまで許される自由ってある?」
「もしかして、それが理由で実桜が今日休んでるってこと?」
「だと思う」
ああ、逢野に邪魔されるに決まってるな。
七原さえいれば……。
そう思って考え込んでいると、前の方の席で藤堂の子分A・Bこと笹井と柿本が、こそこそ話しているのが聞こえてきた。
「昨日の放課後、急にいなくなったけど、あれ何? 紗耶、結構怒ってたよ」
と、柿本。
「あいつと話してみたいと思って」
「あいつ?」
「あいつって言ったら、あいつしかいないでしょ?」
「は? あんな嫌われ者と絡んで、どうすんの?」
「何ていうか……何て言って良いか分からないけどさ。昨日、あいつが夢の中に出て来たの。それで、激励されたというか、一番欲しかった言葉を言ってくれたというか……そんな感じだから、もうこの件は何も言わないで」
「何言ってんの? 保健室行く?」
この二人は、まず選択肢から外すべきだろう。
まあ、こいつらでも七原さえいれば……。
そんな事を考えていると、後ろの方の席で、三津家が転校して来た事で後ろに追いやられた高梨が、他のクラスメートとこそこそ話している。
「あの子って、なんか同級生とは思えないよな」
「だな。教室に入って来た時、中学生かと思ったよ」
「あいつとの関係とか、他にも何か色々と変だよな。今日も、あいつと学校一緒に来てたし、教室前で別行動とか怪しすぎる」
「もしかして、あれじゃね? 最近問題になってるSNSで知り合って誘拐するみたいなやつ」
「たしかに、あいつなら、そういう無茶苦茶あり得るわ」
どいつもこいつも、本人がここいるのに陰口言いすぎだろ。
てか、全員が全員、こそこそ話しているので、全ての会話が聞こえて来るという逆転現象が起きている。
もう俺には、どうにも出来そうにない。
救世主にしてコミュ力の王・七原実桜の帰還を待つしかないようだ。
唯一失敗だったと思うのは、七原が休むなら、俺も休めば良かったというところである。
だるい。眠い。頭が動かない。
俺も授業まで寝るか……。
そう思って、机に突っ伏した。
そして、何の収穫も無いまま、時間は流れ、昼休憩を迎える。
まあ、まだ三津家が来てから二日目だ。空気も分からないままで、無理させるのも良くない。
夏木の話によると、三津家は小学生の頃から一人だったようだし、元々そういう性質なのかもしれない。
「戸山君……ちょっといいですか?」
横で弁当のフタを開いた三津家が呟く。
「何だ? 」
「このお弁当、私の好きな物ばかり入っているんです。松永さん、知っていてくれてたんですよ」
嬉しそうな三津家の顔……それだけが印象に残った。




