エピローグ
「戸山先輩、お願いしますよ。話を聞かせて下さい。どうやって、あんな絶対不可能な排除をやり遂げられたんですか?」
対面のソファに座った三津家がせっついてくる。
疲労困憊の俺は、背もたれに身体を預け、目を閉じた。
「五分だけで良いから寝かせてくれ。五分寝たら遊んでやるから」
「子ども扱いしないで下さい!」
「じゃあ、三津家の生年月日を言ってみろよ」
「え」
「それが嘘だったら、俺に話しかける権利を剥奪するからな。やっぱり人間関係ってのは信用が第一だろ?」
「一体どの口が言ってるんですか」
三津家が鋭い目で睨み付けてくる。とても先輩を見るような目では無い。
三津家には軽口が通じないから恐ろしい。
いつか刺されるのではないだろうか。
ちなみに今の状況を軽く説明するなら、一華の排除を終えた後、もう一方の面会室に戻り、霧林が仕事を終えて戻って来るのを待っているといった所だ。
この砂見病院は、心の療養の為に、人里離れた場所にある。車で送って貰わなければ、徒歩で帰るのは余りにも辛い。
「排除の経緯なんて話したって、どうにもならないよ。同じ事件なんて二度と起こらないからな」
「ですが……」
「ねえ、三津家さん。聞いて良い?」
七原が割って入ってくる。
俺が自分の遣り口を三津家にバラしたくないと思っている事に気付いてくれたのだろう。
「何ですか?」
「一華さんは、今後どうなるの?」
「どうなるのって言われましても……」
「一華さんは玖墨さんや司崎さんの仲間だったわけでしょ……何かの罪に問われたりするのかな?」
「そうですね。それに関して、今、言える事はありません。とにかく、何をやっていたかが分からなければ、どうしようもないって話ですから」
その話題に加わろうと、俺も口を開く。
「能力ってものは人の心を惑わせる――それは確かだから、どこまで責任を問えば良いのかってのも難しい話になるよな」
「はい。それに、彼女は記憶を失っている。それだけで既に大きな罰則を適用されているといえます。それで一般人と同じように裁かれるのは公平じゃない」
「だな。世の中はどうやったって不公平だ。だから、出来るだけ公平に裁いて欲しいもんだよ」
「そうですね」
「まあ、俺達が何を言っても仕方ない。俺達は俺達に出来る事を進めるべきだ。じゃあ、俺は寝るから」
「待って下さい、先輩。その前に一つだけ聞かせて下さい」
面倒だが、『一つだけ』と言われれば、話を聞かないわけにもいかない。
邪険に扱い過ぎると、いざ三津家を排除するとなった時に響いてくるだろう。
「一つだけならな」
「ありがとうございます」
「ああ」
「戸山先輩は今回も見事に排除をやり遂げました。まさか、本当に記憶を失った能力者から力を排除できるなんて思いもしませんでした。それも、こんな短時間で――」
「運が良かっただけだよ」
「そうですね。運もありますよ。ですが、このスピードは、やはりどうにも……」
「何か文句があるのかよ」
「もっともっと証拠集めをして、万全な体制を整えた方が良かったんじゃないでしょうか? 例えば一華さんと玖墨さんを会わせる事も一つの策だったと思います」
「それは考えなかったよ。どんなに説明をした後でも、記憶の無い二人が顔を突き合わせるのは良くない。そんな事をしたって、距離を感じるだけだ」
「そういうものですかね」
「それから、三津家は一つ勘違いしてるよ。本当に排除が成功してるとは限らない。手応え的には成功と言っただけだ」
「え? でも、いかにも大成功みたいな空気で――霧林さんも、戸山先輩が途轍もないことを事を成し遂げたって言ってましたよ」
「そういう空気を作っただけだ。それくらいじゃないと、排除は成功しないからな」
「ハッタリだったって事ですか?」
「まあ、そんなもんだ。実際のところ、失敗している可能性もある。元能力者は現能力者と違って能力が使えなくなるとか目に見える変化が無いし」
「なんだ。そうだったんですか」
「これで俺を真似したいなんて気持ちも失せただろ?」
「それとこれとは話が別です」
「そっか。それなら、まあいいや。今回の結果はそのうち出るだろ。出たら俺にも聞かせてくれ」
「そうですね。急ぎで再発症の検査をするように頼んでおきます。前にも言った通り、検証作業には少し時間が掛かると思います」
「わかったよ」
「でも、排除は成功してると思いますよ。あの一華さんの晴れ晴れとした表情を見れば分かります。先輩のこと、本当に凄いと思いました」
「いや、それ程のもんじゃない。俺は楓の敷いたレールの上を歩いてきただけだ」
今回の件では、それを特に強く実感させられた。
楓には、どうやったって敵わない。
「違いますね」
「何が違うんだ?」
「戸山先輩はレールの上を歩いてるって感じでは無いです。例えるなら新幹線ですよ。猛スピードで楓さんの敷いたレールの上を突き進んでいる。もちろん、レールを敷くスピードが新幹線より速いわけがない」
「どうなるんだよ、それ」
「先輩は、それでも速度を維持したまま走り続けると思いますよ。行き先は先輩次第です。私にも、その先の景色を見せて下さい」
良いセリフが決まったと思ったのだろう、ドヤ顔をする三津家。
俺は改めて三津家の顔を眺めた。
三津家は、どんどんと顔を赤くする。
「すみません。陶酔したようなセリフを言ってしまいました」
三津家陽向。
排除能力者だが、同時に能力者でもある。
能力が再発症するリスクがある内は社会復帰できず、外との繋がりを保つ為には排除能力者を続けていくしかない。
この三津家の件もまた楓によって用意された試練の一つなのだろう。
しかし、そんな事が無くても俺は三津家の力を排除してやりたいと思う。
こんな所で能力者を相手にしているのは余りにも不憫だ。
三津家が生真面目な奴だからこそ、なおさら強くそう思う。
「ちょっと、先輩。私の話、ちゃんと聞いてますか?
「そうだな――俺に付いて来たいって言うなら、付いて来ても良いよ。だが、その前にやっておかないといけない事がある」
「何ですか?」
「三津家の能力の排除だ」
「…………」
「一華の件も不可能だって思ってたんだろ? 挑戦してみるだけの価値はあると思うけど」
「…………」
見る間に三津家の顔が険しくなっていった。
「どうしたんだよ」
「……私の事はいいです。私の過去は掘り返さないで下さい」
「何故?」
「恐いんですよ、知ってしまうのが……私は過去なんて知りたくない」
「何でだよ?」
「私が人殺しだからです」
三津家の言葉に、激しく心臓が揺れ動く。
「は? どういう事だ?」
「私の能力で、人が一人亡くなってるらしいんです」




