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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第六章
181/232

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「そう……ですかね」


 辿々たどたどしく返答する一華。その表情は暗いままだ。


「一華さんの身に何が起こったかは分かって貰えましたよね?」

「はい。それは理解しました。記憶は戻って来なくとも、もはや疑いようのない事実として受け止めてます」

「あとは一華さんが意志を固めるだけなんです。それさえ出来れば、こんな所とは、さようならです」

「ごめんなさい。そんな風に簡単には考えられません。私は今、記憶を失って、何を心の拠り所にしていいか分からない状態なんです。それを考えると、いっそここに残りたいと思う気持ちさえ……」

「大丈夫ですよ。さっきも言った通り、一華さんには玖墨さんも御家族もいらっしゃいます。玖墨さんに指示を出していた黒幕の件も僕がちゃんと突き止めますから」


 俺がそう言うと、一華は瞳を震わせ、うつむいた。


「戸山君、こんな事をあなたに聞くのは、どうかと思うんですが……」

「何でも答えますよ」

「すみません……」


 一華は不安げに左右に視線を動かした後、意を決したように口を開く。


「玖墨君は本当に私の事を好きでいてくれたのでしょうか……戸山君の話を聞いていても、肝心の玖墨君の話は余り出て来なくて……」

「そうですね。玖墨さんに関しては全然分からないってのが実情なんですよ。玖墨さんは自分の気持ちをベラベラ喋るようなタイプじゃないですから」

「そうですか……やっぱり私、思ってしまうんです。私なんかの事を、それほど好きでいて貰えたわけが無いって……」

「いえ、玖墨さんが一華さんを思っていたのは確かですよ」

「でも……」


 そう。そこを証明するのは難しい。

 逢野姉がどれだけ時間を割いて調べたからといって、玖墨の思いを示す証拠は出てこないだろう。

 しかし、だからといって、一華と玖墨を会わせるわけにもいかない。

 記憶を失った玖墨と話す事で、現実を知り、幻滅してしまうだろう。

 だから――。


「一華さん。あなたに話してない事が、まだ一つだけあります」

「話していない事?」

「一華さんと玖墨さんが同居していたって話はしましたよね」

「はい」

「言いづらいことなんですけど、あの丘の上の家は、玖墨さん達が能力を使って何をしていたかを調べる為に家宅捜索しました」

「家宅捜索……?」


 一華の表情が固まる。

 その物々しい言葉に動揺しているのだろう。


「能力者の住居に家宅捜索が行われるのは通常の手続きです」

「そうなんですか……何か不審なものとかは?」

「大丈夫です。大したものは出て来ませんでした。ですが代わりに、お二人の絆を証明するものが見つかったんです」


 俺は七原の方に向き、預けておいたフローラルな香りの封筒を受け取る。

 この封筒は、一華が玖墨の服を洗濯する時に幸せを感じていたというエピソードを元に、有馬が見つけ出したものである。


「それは何?」

「見て貰えれば分かりますよ。ちなみに、この封筒は粉末の洗濯用洗剤の底にうずめられていたのを発見しました」


 封筒をあけて、少し勿体振もったいぶりながら、折り畳まれた一枚の紙を取り出して開く。

 それを差し向けると、一華は目を白黒させた。


「これは……」


 アクリル板の向こうで隆一が苛立ちながら、「それは何なんだ?」と声を上げる。


「婚姻届です。一華さんと玖墨さん、お二人の丁寧な文字で埋められてる婚姻届です」

「婚姻届?」

「そうです。お二人は結婚するつもりだったんですよ」


 一華が信じられないといった顔で俺を見る。


「本物ですか? これは本当に私達が書いたんですか?」

「それは一華さんの字ですよね?」

「そうですね……この字は確かに私の字です。そして、こっちは……玖墨君の字です……玖墨君って男の子なのに、こんな可愛い字を書くんですよ」

「玖墨さんの字を覚えているんですか?」

「はい。教室で真面目にノートを取る玖墨君の記憶はあるんです。玖墨君と何を話したかは全然覚えてませんが、そういう事は覚えているんです」


 一華は涙声でそう言うと、婚姻届を大事そうに胸の前で抱えた。


「補足としては、同じものをあと四枚も見つけました」

「四枚も?」

「庭を掘り起こしたり、電化製品を分解したり、古びたスニーカーの靴底を剥いだりと、苦労しましたけどね」


 全て有馬が見つけ出したのを考えると、彼は本当に有能な探偵なのだと思う。


「何で同じものが五枚もあったんでしょうか?」

「保険でしょう。能力と共に記憶を奪われてしまえば、この事実は無いも同然になる。何としてでも見つけ出して欲しかったんだと思います」

「そうだったんですね……」


 一華ははっと我に返り、視線を上げた。

 その目線の先は隆一がいる。


「お父さん……」


 か細い声で、そう言ったきり、一華は父親を見つめた。

 隆一の答えを待っているのだろう。


「……一華。私には、何を言ったらいいか分からないよ。何て言うか……今は、ただただ玖墨君に感謝してる。一華を支えてくれてありがとう、と」

「結婚を許してくれるの?」

「許すも何も、私にそんな事を言う権利は無いだろ? 玖墨君が能力者になったのも、一華が能力者になったのも、原因の一端いったんは私にあるんだ。二人は私を心の底から嫌悪していたはずだ。ろくでもない父親で本当にすまない」


 隆一は深々と頭を下げた。

 このタイミングだな――と、俺は口を開く。


「隆一さん。これらの婚姻届は、すべて同じ箇所が空欄になってるんです」

「空欄?」

「そうです。証人の名前を書く所ですよ。おそらく、一華さんは隆一さんに結婚の証人になって欲しかったんじゃないでしょうか」

「私が証人……?」

「確かに一華さんと隆一さんの間には色々ありました。しかし、それでも尚、隆一さんに認めて欲しかったんだと思います。そして、玖墨さんもそんな一華さんの気持ちを尊重していたんじゃないでしょうか」

「戸山君、その婚姻届を、ここの部屋に持って来てくれ。署名するから」

「お父さん!」


 ここにおいて、初めて目と目を合わせる親子。

 両者の眼からは、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。


 その光景を見て、一華の気持ちがたかぶっている内に排除すべきだと冷静に考えている自分が少し嫌になる。

 だが、これは俺の仕事だ。この場において俺しか出来ない事である。


「丸く収まりましたね。玖墨さんの件も任せておいて下さい。僕が何とかしますから」

「玖墨君の排除も出来るんですか?」

「やりますよ。すぐにとはいかなくても、必ず」

「戸山君、本当にありがとうございます」

「じゃあ、排除します。いいですよね?」

「はい。今なら、どんなことだって受け入れられる気がします」


 と、その時、後ろから誰かが俺の手に触れ、何かを握らせた。

 この感触は――なんて、考えるまでも無い話である。

 ベストのタイミングで、さりげなくバットを渡してくる七原の職人芸。

 七原も冷静でいてくれる。

 それを心強く感じた。


「じゃあ、一華さん。深く息をして、呼吸を整えて下さい。そして、能力と決別することを念じるんです」

「わかりました」

「おいおい戸山君、君は何でバットなんか持ってるんだ?」


 隆一に指摘される。


「プラスチックのバットです。危険は無いです」

「いや危険か危険じゃないか以前に――」

「お父さん、大丈夫だから」


 本人が言うように、一華は全てを受け入れる気持ちが出来ているのだろう。

 これは父親の前でやる事なのかとも思うが、色々と段取りしている間に気持ちが冷めてしまうのが恐い。

 後のことなんて考えず、俺はバットを振りかぶった。


「じゃあ、いきますよ!」



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