双子
「どうしよう。もしかして私が来た時、見られてたのかな?」
七原が慌てふためく。
「その可能性は十分にあるな。家に上がるだの、上がらないだの、あの遣り取りが余計だったんだと思うよ」
「それって、大部分が戸山君の所為でしょ」
「だな」
「で、どうするの?」
「まあ、出るしかないよ」
「出るの!?」
こうしている間も、チャイムの連打は鳴り止まない。
むしろ勢いを増しているとさえ感じられた。
「この執拗さだし、居留守は無理だよ。俺が出て行くまで居座り続けると思う」
「そっか。でも……」
七原が縋るような目で俺を見る。
さすがに、この状況において面倒だとは言えない。
何か善後策を考えるべきだろう。
いや、考えるまでも無いか、簡単な方法がある。
「要は、双子を疑っている事を気づかれる前に、七原の能力で双子の心の声が聞ければいいって事だよな」
「そう。そうなの」
「だったら、こういうのはどうかな? 俺がインターホンで応対して、七原がドアの内側から双子の心の声を聞くってのは」
さっき七原は玄関ドアという障害物を越えて能力を使っていた。それを利用しない手はない。
「なるほど。それなら上月さんに不意打ちが出来るかもしれないね」
七原が玄関まで行ったことを確認して、俺はインターホンのボタンを押した。
鳴り続けていたチャイムの音が止まり、玄関先の映像が映し出される。
そこにいたのは、やはり優奈だった。そして、その後ろに麻里奈もいる。
いつだって苛立っている優奈だが、今日は、かつて見たことないほどに激高しているようだった。
その証拠に、両手に一本ずつ金属バットを携えている。
後ろの麻里奈は、申し訳なさそうな顔をしながら、バットを一本、中断の構えで握りしめていた。
何をどうしたら、そんな状況になるんだよ!
「戸山望! 今すぐ出てきなさい! あんたが女性を無理に連れ込んでるのを見たのよ!」
「お兄ちゃん、出てきて! あたしは、お兄ちゃんが、そんな人じゃないって信じてるよ。話し合おう!」
……ああ、なるほど。
双子は俺が七原を家に入れたのを見て、無理に女性を連れ込んだと勘違いをしているという事らしい。
思っていた状況と違うな……と思う。
優奈は、七原への嫌がらせの件でやって来たのではないのだろうか。
それとも、これは玄関を開けさせるだけの為の口実で、その後で何か仕掛けて来るつもりなのだろうか?
――いや。今は、そんな事を考えている場合では無いし、そんな時間も無い。
今は不意打ちで双子の心の声を聞けるチャンスなのだ。
きちんと七原の能力をアシストできるような質問を考えなければ……。
「今日の昼休みの件、あれは二人で実行したのか?」
俺は、あえて具体的な説明や固有名称を省いて問いかけた。
これで双子の思考の中に詳細情報が出てきたなら、双子が犯人だと確定すると思ったからである。
「はあ? 何それ? 何言ってるの? それより早く出てきなさい」
優奈が苛立ちながら言った。
「特別棟に行く俺を、どこで見たんだ?」
「見てない。あんたが、どこで何をしてようと関係ないから」
「じゃあ、昼休みは何をしてたんだよ?」
「は? 何? ついにストーキングに目覚めた? あんたに私達の個人的な情報を与えるつもりはないから」
優奈は外方を向いてしまう。
どうしようかと困っていると、麻里奈が優奈の前に出て来た。
「お昼は、あたしと優奈ちゃんで普通に教室にいたよ」
麻里奈が代わって答えてくれるようだ。
「じゃあ、麻里奈。今日、手紙を書かなかったか?」
「手紙って?」
麻里奈は首を傾げる。
まったく何も思い当たらないという様子だ。
「告白は? あれは、お前らが関わっているんだろ?」
「お兄ちゃん、誰かに告白されたの?」
麻里奈は目を丸くして聞き返して来た。
まあ、双子が白でも黒でも当然そう言うだろうというところだ。
うわべで嘘をつくのは簡単だ。
問題なのは、双子が今の質問の間、どういう思考をしているかである。
七原には何か収穫があっただろうか。
……そんなことを考えていると双子が会話を始める。
「ね、麻里奈。わたしが言ったとおり、やっぱり話にならないでしょ。さっきから訳の分からない事ばっかり言って、言い逃れしようとしている」
「優奈ちゃん、決めつけは駄目だよ」
「でも、このどうしようもないクズが女の人を無理に連れ込んでるって言ったのは麻里奈でしょ?」
「だから連れ込んでたんじゃなくて、お兄ちゃんの家に女の人が入って行くのを見たってだけだよ。あたしが言ったのは――もしかして、お兄ちゃんに彼女が出来たかもしれないって事」
双子は家に入る七原の後ろ姿をみただけなのか?
それで、こんなに武装してまで?
「麻里奈、よく聞きなさい――こいつはね。それはそれは汚くて卑怯な男なの。たとえ、その女の人が自分の意志で来たとしても、騙されるなり、脅迫されるなりしたに決まってるんだから」
「じゃあ、彼女だったら?」
「え?」
「それがお兄ちゃんの彼女だったら、お兄ちゃんのことを見直す?」
麻里奈の問いかけに、優奈はまっすぐと麻里奈の目を見つめ、小さく溜め息を吐いた。
「万が一も有り得ない事だけどね……でも、もし本当にそうだとしたら、仮に、家に入って行った女の人が彼女だったとしたら、麻里奈はそれでいいの? その人を許せるの?」
「……そっか。そうだね。おねえちゃんとあたし。道は違えど、目的は一緒だったんだね」
再び優奈が両手にバッドを振り上げ、麻里奈が中断の構えを取った。
「さ、まずは二人でドアを破ろう!」
二人の声がユニゾンする。
いやいやいやいや。
二人ともイカれてんのかよ。
「今すぐ出て行って説明するから、落ち着ついてくれ」
俺は急いで玄関へと向かった。
ドアの前で双子の心の声を聞いていた七原と目を合わせる。
七原は首を横に振った。
どうやら、満足できる結果は得られなかったようだ。
ってか、それどころではない。
七原に家の奥に行くようにと合図を出し、七原が見えなくなったのを確認してから、玄関ドアを開けた。
今にも振り下ろされそうなバットの迫力に耐えながら、俺は言う。
「とりあえず落ち着こう。な。誤解だから」
「誤解?」
「俺は連れ込んでないし、彼女でもないよ。どちらかと言えば、押し入られた被害者ってところだな」
俺がそう言っても、優奈は全く信用していないという顔をする。
「別に、あんたみたいなクズに連れ込まれた女が、どうなっても関係ないけど、近所から犯罪者が出たら、わたし達が迷惑なの」
「だとしたら、そのバットを家に置いて来いよ。犯罪者が増殖してるだろ」
「無理矢理じゃないって言い張るなら、その人に出てきてもらって。あんたの言葉なんて信用できないから」
まあ、当然、そういう要求は出てくるだろう。
どう返答すべきか考えていると、後ろの麻里奈が顔を俯かせながら口を開いた。
「お兄ちゃん。あたしも、その人に会ってみたい」
「麻里奈は中段の構えを解いてからだな」
俺の言葉に、優奈が目を吊り上げる。
「そんなこと言って、のらりくらりとして、会わせないつもりでしょ」
「いや。別に会わせてもいいけど。もう帰ったからな」
乗り切れる可能性は低いが、出来る限りの事はするべきだろう。
「へえ……じゃあ、これは誰の靴なの?」
優奈は女性用の靴を指差して言った。
めざといな。
「ああ。これは俺の趣味の品だよ」
「そんな事を、そんなに堂々と言うのはやめて!」
そう言いながら七原が顔を出した。
諦めて出てきたようだ。
七原の顔を見ると、優奈はふんと鼻を鳴らす。
「何だ。連れ込まれたのって、ストーカーの七原さんだったんですね」
「私は戸山君に相談があって家に上げてもらってたの。だから全部誤解だよ」
七原がそう言うと、麻里奈が不満げな顔をして口を開いた。
「七原先輩だったら、戸山先輩が無理矢理連れ込んだんじゃないって納得します。しますけど、まだ家に連れ込まれるのは早いんじゃないですか?」
「違うから! だから、私は相談を……」
「戸山先輩の家に上がり込んでまで、しないといけない相談って何なんですか?」
麻里奈は七原に、そう問いかけた。
双子は分かっているのか、分かっていないのか。
俺達と駆け引きをしているのか、いないのか。
ここに至っても答えは出ない。
単に俺達が深読みしてしまっているだけだとも思えてくる。
だが、今の双子は、どことなく嘘くさい。
それが俺の感想だ。
七原が嫌がらせに悩まされているのも、七原がその事で俺に相談してるのも、その犯人が双子と推理した事も、全部分かった上で俺達を弄んでいるように見えるのだ。
しかし具体的に何がおかしいとは言えない。
証拠は、あげられない。
双子は証拠として提示できるようなヘマをしていない。
小さな違和感でしかないのだ。
たとえば、麻里奈は他の人がいる所では、俺の事を、いつもの『お兄ちゃん』ではなく『先輩』と呼ぶ。さっきのインターホンでの会話の時は『お兄ちゃん』。そして七原が現れると『戸山先輩』という風に呼び方を変えた。それはいつも通り……いつも通りだったのだが、その時の『戸山先輩』の言い方が少しアピールしているように感じた。
短い会話の中で二回も戸山先輩と呼んだのもそうだ。
そんなくらいに本当に些細な違和感なのだ。
でも違和感は違和感だ。
七原も、きっと双子に何らかの違和感を持っているだろう。
俺がそう思うのは、七原もずっと釈然としない顔をしているからである。
だから、俺は双子に提案する事にした。
「そうだな。それについて詳しい話をしたいから、上がっていけよ」
こうやって七原の能力が届く範囲内で話していれば、双子がボロを出すかもしれない。
いくら注意していたとしても、いつまでも集中できるわけじゃない。
話が長引けば長引くほど、こちらが有利なのだ。
「詳しい話って?」
「七原の能力の話だよ」
俺がそう言うと、何かを悟ったかのような表情になる。
「わかった」
麻里奈がそう言い、優奈も頷いた。
双子は拒否するだろうかと思ったが、思いのほか、あっさりと了承した。
最初から双子は、こうするつもりだったのだろうか。
双子のシナリオ通りに話が進んでいるということなのかもしれない。
双子を家に入れるという選択は誤りなのかもしれない。
それでも、後手に回りっぱなしの状況のままでいるのは良くないだろう。
だから、こうするしかないのである。
「久しぶりに、先輩の家に入るなあ」
そんな事を言いながら麻里奈は、靴を脱いで揃え、バットを傘立てに挿し、家へと入る。
そして同様に優奈も靴を雑多に脱ぐと、厳めしい顔をして家に入って来た。
「おい、ちょっと待てよ。他人の家に凶器を持ち込むなよ。麻里奈みたいに玄関に置いていけ」
俺は、二本のバットを握りしめたままリビングに向かおうとする優奈に、そう言った。
「交戦区域よ」
「交戦区域じゃねえよ!」
「護身用だから!」
「そもそも何で、そんな物を持ってるんだよ? お前らは野球なんてやってないだろ」
「女三人だと危ないから」
双子は、母親の凛子さんと三人家族である。
「ああ、それで三本もあるんだな」
「いいえ。一人に二本ずつの六本用意してある」
二刀流の一族のようだ。
「まあ、何かあれば、俺の命に代えても、凛子さんと麻里奈は守るから心配するな」
優奈は態度が悪いので見捨てる事にしよう。
「何を勘違いしてるの? この金属バットは、あんたから麻里奈とお母さんを守る為にあるんだから」
こええよ。




