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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第六章
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符滝医院


 俺達は急いで符滝医院に向かった。

 寺内父が心配だ。


 病院の方の電気が切られていたので、裏口へと回る。

 チャイムを押すと、すぐに符滝が出て来た。


「進展しましたか?」

「してないよ。口を割るつもりは無いようだ」

「そうですか」


 符滝が目で『あっちだ』と合図してくるので、扉が開いているその部屋の方に向かう。

 司崎を泊めていたという殺風景な部屋だ。


「それなら、なんで俺に着いて来たんだよ?」


 有馬のデカい声が響いている。


「いや、着いて来いってあなたが言ったからです!」


 寺内父も声を上げる。

 符滝との電話から考えても、それなりの時間が経っている。

 ずっと同じ質問で、少し感情的になっているのだろう。


「思い当たる節が無ければ、着いて来ないだろ?」

「だから、あなたが強引に」

「元市長の名前を出した時の、あの反応を見れば一目瞭然いちもくりょうぜんだったけどな。世界でも終わったかのような顔をしてただろ」

「だから、何度も言うように、そんな顔はしてないです。陸浦さんなんて一度も会った事が無いです」

「それはおかしい。実際に証言があるんだよ。それも一人や二人じゃない。その説明をしてくれないと堂々巡りだよ」

「だから、知らないんです。まったく身に覚えが無い」

「そろそろ吐いた方がいいんじゃないか? 家族も家で待ってるんだろ」

「だから!」


 あの寺内がヒートアップしている。

 その様子を見ながら、委員長の件の時に話した寺内の印象を思い返した。これで告発者だという事実を隠しているのなら、相当に覚悟があっての事だと思う。


「有馬さん、寺内さん」


 俺が声を掛けると、二人がこちらに振り向いた。

 この部屋にもチャイムの音が届いただろうに、まったく気付いていなかったようだ。


「君は、もしかしてあの時の?」


 寺内が目を見開く。


「声だけでしたけど、覚えてくれてましたか?」

「忘れる訳が無いです。君は僕と奏子の恩人ですから」


 すべては楓の手の平の上で、寺内が口を割るように俺に恩を売らせていたのだとしたら恐ろしい――と一瞬思うが、楓はそういう事を普通にやるなあと思い直す。


「しかし、何で戸山君がこんな所に」

「元市長の収賄事件の真相を調べているんです。それで、有馬さんに告発者を探して欲しいと頼みました」

「ほら、見てみろよ。また世界が終わったような顔してるだろ」


 と、有馬。

 確かに有馬の言う通りである。

 まさに絶望に打ちひしがれた表情だ。


「寺内さん、話して下さいよ」

「だから、僕は何も知らないんです」

「寺内さん、あんた嘘が吐けないタイプだろ? 無理すんなよ。何から何まで全部顔に出てる」

「…………」


 寺内は恨めしげに有馬の方を見た。


「ちょっと、その時のことを話してくれればいいって言ってるだけだよ。あんたが告発者だって事は会社でも公然の秘密なんだろ? 何で、そんなにかたくなに拒むんだ」


 寺内は部屋の中にいる誰とも目を合わせず、「それは違います」と呟く。


「あの時、警察に話したんですよね? 同じ事を話してくれればいいんです」


 俺も寺内に語り掛けた。

 寺内は俺の目を見ると、またすぐに俯く。


「言えないんです。すいません」


 警察に話したという事を全く否定していない。

 そこは諦めたようだ。


「寺内さん、お願いです。聞かせてくれませんか。僕達も困ってるんですよ」

「困ってる……んですか?」

「そうです。符滝さんにも有馬さんにもまだ話してなかったんですが、僕達にはこの件を何としても解き明かさないと行けない理由があるんです」

「……理由というのは?」

「僕達、陸浦栄一さんの孫と親交があって、その名前を陸浦一華というんですが、その一華さんがあの事件のことで今も苦しんでるんですよ」

「今も? 八年も前の事ですよね?」

「八年前、彼女は小学生だったんです」

「…………」


 寺内が息を呑んだ。


「事件発覚後、一華さんは学校で居場所を失いました。それからずっと隠れるように生きてきたそうです。彼女は今でも本当に苦しんでますよ。それが元で家族との関係も悪化させ、家も出ました。彼女にとってのこの八年は、そういう八年だったんですよ」

「その一華さんという方は今どこに?」

「少し、心身の不調というか……入院している状態です」


 少しぼやかしながら返答する。

 全てを話せる訳では無いし、より深刻に受け取ってくれた方が好都合だ。


「入院……ですか」

「一華さんは栄一さんを恨んではいないと言ってました。彼女は本当の事が知りたいだけだそうです。何故、市長がお金を受け取ってしまったのか。あの日何があったのか。何も知らないままだったたから、せめて真実を知りたいと。別に彼女は事件をくつがえすような真実を求めている訳じゃないです。本当の事を知る事が出来れば、それでいいんです」


 有馬が呆れた顔で、こちらを見る。

 そんな嘘まで吐いてと思っているのだろう。

 さっきまで市長の収賄事件にピンと来てなかった俺達が、この短時間でここまでお膳立ぜんだてを整えられれるはずがない、と。

 だが、脚色は含みつつも、別に嘘は吐いてない。


 俺は『嘘では無いから』と視線を送り返す。

 有馬は『強気だな』と言うような感じでニヤリと笑顔を返して来た。

 会話になってないな。

 まあ、そんなことはどうでもいい。


「寺内さん、本当の事を話してくれませんか?」

「ですが……」

「彼女は真相を知っても、それを世間に公表する事は無いと言ってます。ただ真実が知りたいだけだから、と」


 寺内がじっと俺を見つめる。

 そして、ふっと息をつくと、小さく口を開いた。


「……わかりました。お話しいたします」




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