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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第一章 七原実桜編
16/232

推理2


「私、思ったんだけど、いきなり犯人を見つけ出そうとするから難しいんじゃないかな。もっと細かい事から考えるってのは、どう?」

「細かい事って?」

「クラスで変わった行動をしている人はいなかった? どんな小さい事でもいいから」

「変わった行動ねえ……」


 七原のアイデアに乗り、今日の出来事を思い返してみる。

 うーん。何かあっただろうか。


「戸山君って人を冷静に見れてる人だから――私、戸山君の観察眼を信用してるの」


 七原が、お世辞でプレッシャーをかけてくる。

 さらには、身体を前に乗り出し、今にも迫って来そうな勢いだ。


 俺は出来る限り真剣に考える事にした。


 俺の知る限り、あの教室のあの場で不自然な動きをしていた人物はいなかった。

 いないように見えた。

 ただ、何もしない事が不自然な人物が一人だけいる。


「委員長とかは、どうかな?」

「また委員長? 戸山君って委員長を、よく出すね」

「他に思い浮かばないんだから仕方ないだろ」

「そっか。で、根拠は?」

「七原と藤堂の言い争いはクラスの真ん中で起こってただろ。それはクラスメート全員が注視するものだった。もちろん委員長も例外じゃない」

「そうだね」

「でも、委員長は喧嘩を止めなかった。ただ見ているだけだった」

「たしかに」

「七原と藤堂の喧嘩なんて巻き込まれたら面倒だ。普通なら仲裁に入りたいとは思わない。でも、それでも、あの委員長は、こういう時、必ず止めに入るんだ」

「そうね。普段の委員長なら、間違いなく止めていたと思う……白状するなら、実は私も同じ事を思ってたのよ」

「あ? 七原も気がついていたのか。先に言ってくれよ」

「ごめん。それには色々と事情があって……」

「で、委員長の心の声は聞いたのか?」

「うん。休憩時間にね」


 委員長は最前列窓側の席だから、七原の能力が届く範囲ではない。

 だから、休憩時間に近くまで行って、確かめたのだろう。


「で、どうだったんだ?」

「違う……と私は思ったよ。少なくとも、委員長が私達の揉め事を止めに入らなかった理由は、ちゃんと理解できた」


 急に七原の話し方が辿々(たどたど)しくなる。


「じゃあ、委員長は何を考えていたんだ?」

「ごめん。それは言えないの。他人の隠し事を勝手にバラすわけにはいかないでしょ。これは戸山君には出来ない話なの」


 七原は曇った表情で、そう言った。


「そっか。わかったよ。それが、この件に関係ないなら、聞く必要も無い。聞かないよ」

「ねえ、戸山君。もしかして、戸山君って委員長の秘密を知ってるの」


 そう言いながら、七原が俺の顔を覗き込んでくる。


「は? 何がだよ」

「いや、今『俺は全部分かってます』って顔してたから」


 やはり七原に嘘をつくのは難しい。勘付かれてしまったようだ。


「まあ、委員長の隠し事と言われれば、察しは付くよ」

「何?」

「何って。俺が知っている事と七原が今日知った事は一緒だと思うけど?」

「一応、聞かせて」

「わかったよ……委員長がBL好きとか、そういう話だろ」

「はあ!?」


 七原が素っ頓狂な声を上げた。


「違うのか?」

「うん。ごめん。まさか、そんなフレーズが出てくると思わなかったから……その話、すごく気になる。続きを聞かせて」

「いや、違うんなら聞かなかったことにしてくれ。俺だって、他人の趣味を勝手にばらすつもりは無いんだ」

「駄目。続きを聞かせて」

「委員長は犯人じゃないって言っただろ? 詮索は、もうやめよう」

「でも、心の声を聞いたかぎり、犯人っぽく無いと判断しただけで、私も確証があるわけじゃないの。話を聞かせて」


 正座のままの七原だが、腕を使って、前へ前へと近付いてくる。

 それをやられると、俺も話さざるを得なくなるのだ。

 心の声を聞かれると、話したのと同じ事になるのだから。


「わかったよ。話すよ。でも、続きも何も無いんだ。俺が知っているのは、委員長がBL好きで、一年の頃は授業中に薄い本を書いていたって情報だけだ」

「そうなんだ――って、どこから、そんなとんでもない情報を仕入れたの?」

「クラスの真ん中で黙って座ってると、聞きたくなくても――」

「やっぱり、それも盗み聞きなのね」

「その通りだよ」

「で、委員長がBL好きって事と、私達の揉め事に入ってこなかったって事の、どこに関連性があるの?」

「委員長は俺が守川に好意があると勘違いしているんだ。それで、俺が守川を取り戻すために七原を呼び出したと思ってるに違いない」

「それ、本当なの?」

「ああ、あくまでも俺の解釈だけどな」


 委員長は何度となく、そんな言いがかりを付けてきた。

 それは委員長の勘違いなんだと、幾ら言っても聞く耳を持つ事は無かった。

 そして、一方的に見当違いな見解をまくし立てて来るのだ。


 七原が俺の目を、じっと見つめる。


「その顔を見たら、戸山君が嘘を吐いてないって事は分かるよ――なるほど。そういう事なのね。勘違いしてたのは私って事か」

「何だよ? 話が見えないぞ」

「私が委員長の心の声は、『戸山君は結局、誰が好きなんだろう』とか『戸山君は七原さんと何を話してたんだろう』とか、そんな事だった。だから、私は委員長が戸山君に好意を持ってると勘違いしたのよ。委員長が止めに入って来なかったのも、それが理由だと思ってた」


 なるほど。そんな込み入った話だったんだな。


「だから、俺に委員長の心の声を話したら駄目だと思ったって事か」

「そう。おかしいと思ったのよ。委員長が戸山君に好意を持ってるだなんて」

「俺に失礼だろ」

「ごめん。言い過ぎだったよ。でも、戸山君って何を考えているのか分からない人だし、そういう事って、あんまり無いかなって」

「まあ、当たってるけどさ」


 そんな事実を突きつける必要は無いだろうと思うが、俺の心情を考えるだけの余裕が無いのだろうとも思う。

 俺は心が広いのだ。


「何にしても、委員長は犯人じゃないって事だね。私に悪意は無いっていうか、興味も無いみたいだし」

「でも、呪いの手紙については可能性がないとも言えないだろ。委員長からすれば、七原が邪魔な存在って事に変わりは無いんだから」

「委員長の席は最前列だよ。今日の昼以降に、手紙を用意するのは不可能でしょ」

「さっきも言ったけど委員長は授業中に薄い本を書いてたという強者だぞ」

「『つながった!』みたいな顔してるけど、全然つながってないから。さすがに、それでも最前列で呪いの手紙を書くのは無理だと思う」

「そっか。そういう結論なら、これでまたスタートラインに戻ったって事だな」

「いや、スタートラインから一歩も進んでなかったと思う。動いた感覚が無いもの」


 そして再び沈黙が訪れる。


 何も分からない。

 五里霧中である。


 七原は必死に答えを見つけ出そうと、頭を捻り続ける。

 俺も同じように思い巡らした。



「ねえ、戸山君」


 その言葉が俺の思考を中断させる。

 いつの間にか七原の目に光が宿っていた。何かをひらめいたようだ。


「もしかして、私、犯人が分かったかもしれない」



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