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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第六章
159/232

施設


 そんなこんなの内に、車は海岸に沿った道路を進み始める。

 目的地には大体想像が付いて来た。

 たしか、この先には富裕層が心を療養する為の専門病院がある。

 その病院ならば外来患者も無いはずだし、一般人がそうそう立ち寄る場所でも無い。能力者関連の施設を隠すには丁度良い場所だろう。


 この道は信号も無く高低差も無い。七原も何か気付いているかもしれないと目を向ける――と、七原はうつらうつら居眠りしていた。

 結構図太ずぶといな。

 一瞬だけそう思うが、一昨日からの疲労にアイマスクとなると当然だとも思う……。



 街を外れ、地形と生い茂る木々によって人目に触れない場所にそれはあった。

 近くで見ると思っていたより規模が大きく、小綺麗でモダンな建物だ。

 その建物には大きく病院名が書かれていた。

 霧林の手前、その名前を読み上げることは出来ないが、俺の予想はたがえていなかったようである。


「表口は開いてないから裏から入るよ。戸山君は七原さんをエスコートしてあげてね」


 ということは、まだ七原のアイマスクを外してはいけないのだろう。

 まあ、それも当然か。

 ここで外したら、ここまで隠した意味が無くなる。


 七原を支えて車から降りると、霧林達が建物の方へと歩き始めた。

 俺は七原の手を取り、後を追う。


 建物の裏には素っ気のない白塗りのスチール扉が幾つも並んでいた。


 霧林はその一番奥まで向かい、鍵を開ける。

 ぎーっと金属の擦れる音が鳴り、七原が小さく悲鳴を上げた。


 ――ああ、確かに視界も無く、突然そんな音がすれば驚くかもしれない。


「あ、ごめんね、驚かせて。これから建物の中に入るよ」


 と、霧林。


「わかりました」


 七原が頷く。

 俺の手をつかむ七原の手の力が強くなった。

 さっきまでグーグー眠っていたとはいえ、目隠しをされたまま訳の分からない建物に入るのだ、不安が無いはずが無い。

 それでも文句の一つも言わずに、付き合ってくれている七原には頭が上がらない思いである。


 中に入ると、お金持ち向けの病院というイメージの通り、広い廊下に暖色の照明、高級ホテルのような内装だった。

 だが鼻を突く病院独特の匂いが確実に気を滅入らせる。



 それから、鍵付きの扉を更に二つ通り、奥へ奥へと進んでいった。


「ごめんね。エレベーターが使えるのは六時までなんだよ」


 霧林が申し訳なさそうに言う。

 階段も一階から二階、三階と上がっていける構造では無く、二階に上がってから、また移動したところに三階への階段があった。


 まるで迷路だな。


 そんなことを思いながら歩いていると、職員らしき人が向こう側から小走りでやって来た。

 その女性は、霧林に軽く会釈をしてれ違う。

 アイマスクを付けた七原にも何食わぬ顔だ。

 ここでのこれは有り得ない事では無いんだなと実感する。



「ここが応接室だよ」


 ようやく辿り着くと、霧林がその部屋の鍵を開けた。

 電気をつけると、何も無い室内にシンプルな一人掛けソファが四脚ある。二脚ずつが対面となっていた。

 その間には机も無く、ソファ同士は離されている。

 能力者が感情的になった時に対応する為という事かもしれない。


「七原さん、もう目隠しを取って良いよ。協力ありがとね。帰りも使って貰うから、それは持っておいて」

「はい」


 アイマスクを取り、まぶしげに目を細める七原。


「七原さん」


 三津家が声を発した。


「何?」

「何でアイマスクを取ったのに、戸山さんと手を繋ぎ直してるんですか」

「あ、ごめん」


 慌てて、手を引っ込める七原。


「戸山君もごめんね。私、手汗が」


 と言って、ハンカチを差し出してくる。


「いや、いいよ。俺も似たようなもんだし」


 俺も実際緊張していて、手汗がべっとりだ。


「ううん。使って。そのままってのも何か罪悪感があるから」

「じゃあ、遠慮無く使わせて貰うよ……ありがとう。これは洗って返すから」

「いいよ。そんな私が悪いんだし」

「いや悪くないだろ」

「でも、戸山君一人暮らしなんでしょ?」

「そうだけど、洗濯なんか洗濯機に入れるだけだよ。あ、もしかして洗濯機不可の奴か? 確かにそういうのはちょっと面倒かもしれないけど、借りたからには洗って返すのが筋だろ」

「別に気を遣わなくてもいいよ。戸山君は大変なんだから――って、改めて思うけど、戸山君の一人暮らしって何か信じられないよね」

「信じられないって何だよ。一人で暮らしてるよ」

「家の中、綺麗に片付いてたけど。あれを維持できるだけでも凄いと思う」

「いや、たいしたことじゃないよ。基本的に物を動かさなければ片付けずに済む。あと、ほこりが立たないように静かに歩くとか。窓を開けないとか。ゴミになるような物を持ち帰らないとか。色々とコツはあるんだよ」

「そうなんだ……」


 引きつった笑顔であるが、まあ仕方ない、それが実体なのだから。


「じゃあ、ご飯はどうしてるの?」

「米と納豆と少しの生野菜で健康的に生きてるよ」

「戸山君、今度何か手伝いに――」


 七原がそう言いかけたところで、三津家が咳払いをした。

 俺達は我に返る。

 三津家達にはどうでもいい話を長々と繰り広げてしまっていた。


「ったく。やってられないですよ。ここはお二人だけの世界じゃないんですからね」


 三津家って、こんなキャラだっただろうか。


「悪いな」


 とは言うが、七原との会話自体は悪いものでも無かった。

 この施設に来てからずっと気圧けおされていたが、この会話で少し気持ちを持ち直すことが出来た。

 ここが三津家と霧林だけの完全なアウェーなら、こうはいかなかっただろう。

 本当に七原に助けられてるなと痛感する。


 そんな事を考えていると、霧林が「じゃあ、一華さんを迎えに行ってくるから、君達はここで待っててね」と言って部屋を出て行った。


 この時間を無駄にするのも何だなという事で、三津家に「ところで一華さんは今どんな様子なんだ?」と問い掛ける。


「事情説明、事情聴取と今日は一日中忙しかったので疲れているでしょうし、精神的にもかなり来てると思います。記憶を失った喪失感というのは大きいですよ。人生を失ったも同然ですから――まあ、一華さんはその話も冷静に聞いていたようですけどね」

「本当か?」

「はい。私も霧林さんに話を聞いただけなので、詳しくは語れないのですが、一華さんは以前から諦めにも似た人生を送って来たと言ってたそうです。その分、動揺が少なかったのかもしれません。もう一人は全く別で手に負えないそうですけどね」


 玖墨の事を言ってるのだろう。


「家族には伝えたのか?」

「事実が明らかになるまで保留という事にしています。失踪届でも出されれば対応策を考えなければいけませんが、同居人の玖墨さん共々保護されたのでしばらくは大丈夫だと思います――しかし、家族への対応は我々も悩んでいるところですよ。栄一さんの事とか、色々ありますからね」

「ちなみに家族構成は?」

「父、母、兄の三人です。父親は、隆起の隆に一番と書いて隆一りゅういち。母親は百合の花の百合ゆり。兄は優秀の秀に一で秀一しゅういちです」

「は。まさか守川君も一味?」


 と、七原が声を上げる。


「たしかに守川は一也って名前だけど関係あるはず無いだろ。七原はすぐ守川を重要人物だと思おうとするよな」

「守川君が色んなところにフックがあるのが悪いの」

「いや、全く悪くねえだろ」


 三津家が再び咳払いする。


「あの……守川さんってのは誰ですか?」

「クラスメートだよ。前の方の席に身体がデカいのがいただろ?」

「ああ、両手鍋を持っていた」


 まだ鍋を持ってんのかよ。

 いつまで持ってるんだよ。


「継ぎ足し継ぎ足しで味を守っていくそうです」


 だとしても、持ち歩く必要は無いだろ。


「まあ守川に関しては意味の無い会話だから忘れてくれ」

「わかりました」


 一つ息を吐いて話題を戻す。


「それより、まだ一華さんに知らせるべきじゃないという事はあるか? これは言わないで欲しいとか」

「ここでは排除こそが何より優先されます。だから、戸山さんが細かい事を気にする必要はありませんよ。それに、家族や周囲に秘匿ひとくすることはありますけど、能力者本人に対して隠しておかないといけない事はありません――ただ、今は一華さんも排除後すぐで不安定な状態と想定されるので、あまり感情を揺さぶらないようにして下さいって事くらいですね」


 そんな事を話していると、ノックの音がした。

 陸浦一華が来たという事だろう。



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