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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第一章 七原実桜編
15/232

推理1

「じゃあ、上がれよ」

「待って。戸山君、これ」


 七原は持っていた紙袋から包みを取り出した。


「ん? 何だ?」

「焼き菓子。手土産だよ」

「気を遣わなくていいのに。今、俺一人だから」

「やっぱりそうだよね。家族がいるのに玄関前でこんなに騒ぐわけないと思ってたけど」


 七原は少し不安そうな顔をする。


「帰るか?」


 七原が帰るのは、むしろ望むところである。


「家、以外は?」

「別の場所ってのも無理な話だろ」


 七原の能力の届く範囲は三メートル――そんな距離で能力の話を出来る場所なんて限られている。


「そうね。私は大丈夫だから。入れて」


 七原がそう言うので、仕方なく家に上げた。

 リビングに入ると、俺は部屋の隅を指差す。


「悪いけど、そこに座ってくれ。部室みたいに広くないから、十分な距離を取るには、そうするしかないんだ」


 七原は頷くと、冷たいフローリングの上で正座をした。


 俺は茶の用意をする。

 あー面倒だ。

 手土産なんて持ってくるから、客として迎えなければならない。


 あちこちの戸棚を開けて、やっとのことで準備を終え、ティーバッグが浸かったままの紅茶のカップを七原の前に出した。

 カップと皿が小刻みに音を立てる。


「そんな(おび)えなくてもいいだろ。俺をなんだと思ってるんだよ」

「違う……緊張してるの。男子の家って言えば、守川君の家に上がらせてもらった事があるんだけど、それも小学生の時だし」


 なんて事を言う。

 あー面倒だ。

 緊張している七原も面倒だが、七原みたいな美人を家に入れて気圧されている俺自身も面倒だった。


 まあ、話が始まれば、すぐ何でも無くなるだろう。

 これから話すのは色気も何も無い話だ。

 俺は部屋の反対側の角に座り、七原に問いかける。


「で、さっき言っていた嫌がらせってのは何なんだよ?」

「これを見て貰えば分かると思う」


 そう言って、七原は鞄から一枚の紙を取り出した。

 俺は、その紙を七原の所へ取りに行き、また元の位置に戻る。

 二つに折りたたまれた、その紙を開くと――その瞬間、残念な気分になった。

 紙の全面に『呪』という文字が埋め尽くされている。


「うわあ」

「うわあでしょ? 帰ろうと思ったら、その手紙が靴の中に入っていたの」

「タチが悪いな」

「そう、タチが悪いの……でも、よく見て。全部『呪』って文字かと思ったら、『呪』という文字は左から四行程度で、あとは全部『祝』って文字なの」


 確かによく見てみれば『祝』だ。


「めでたさの方が強いな」

「そう、めでたさの方が強いの」


 七原が真顔で返答する。


「こんな幼稚な事やったのは誰なんだよ?」

「それが分かったら苦労してないから」

「藤堂じゃないのか?」

「紗耶達は違うよ。私が帰るまでに、下駄箱に行くような時間は無かったし、紗耶達は特に注意深く監視してるから、こんな事を(たくら)んでたら分かったはずだと思う」


 藤堂以外で、誰がこんな事をするというのだろう。


 俺は、もう一度手紙をよく見た。

 左から四行目の半ばくらいで『呪』から『祝』に切り替わっている。

 つまり、これは縦書きの途中で誤字が始まったって事だろう。


「でも、何で左から四行目までが『呪』なんだ? 縦書きなら、右から書くもんだろ?」

「それは多分、自分で書いた文字で、手の小指の側が汚れないようにするためなんだと思う。つまり、犯人は右利きでしょうね」

「なるほど――でも、たいして手がかりにもなりそうにない情報だな」

「そうね。私は、この文字に見覚えはないんだけど、戸山君は?」

「うーん。俺も無いな」

「多分、女の子の字だと思うんだけど」


 たしかに丸っこくて可愛らしい文字だった。


「能力で犯人を探さなかったのか?」

「もちろん、探したよ。教室に戻ったり、歩き回って学校に残っているクラスメート達を調べた。だけど、犯人は見つからなかったの」

「肝心な時に役に立たない能力だな」

「仕方ないでしょ。無理なものは無理」

「まあ、でも、そこまで真剣に考えるほどの事でもないだろ。これは単なる面白半分のイタズラでしかないと思う」


 俺がそう言うと、七原は少しホッとした顔に変わる。


「そうね。今時、こんな事を真剣にする人なんていないよね」

「これをやった奴は仲間内でヘラヘラ笑いながら、やってるんだろうな」

「そうね――でも、それが、私にとっては考えられない事なのよ。私は常日頃から、周囲の人達が自分にどんな感情を抱いてるのかを把握している。一人なら見落としがあるかもしれない。だけど、こんな事を実行に移すほど私に悪意を持っているグループを見落としているとは思えない」

「昨日までは七原の事をなんとも思っていなくても、今日の藤堂の一件で、一気に七原への憎悪が高まったんだよ」

「そんな事ある?」

「あるよ。自分より強くて影響力がある奴の言った意見を、そのまま自分の意見だと思い込んでしまう奴なんて、どこにでもいるだろ」

「たしかにそうだけど」

「それが今回も当てはまったってだけの事だ。問題なんて無い」

「そうね。たしかに紗耶に影響を受けただけなのかもしれない……でも、それって結局、紗耶に睨まれている限り、安心できないって話になるよね」

「そうだな。便乗犯ってのも割とタチが悪かったりするからな。俺が身をもってそれを証明してるよ。俺の場合も、藤堂の影響力で嫌われてるわけだし」


 実を言うと、それ以外にも俺が嫌われる理由は色々あるのだが。


「便乗か……」


 そう言って、七原が眉間(みけん)(しわ)を寄せて考え込んでいる。


「どうかしたのか?」

「これが本当に便乗だとしたら、この手紙はいつ書いたんだろうって思って」


 ああ……たしかにそうだな。

 藤堂と七原が揉めたのは今日の昼だ。

 それから放課後までの間に、この手紙を書いて、なおかつ七原の下駄箱に入れたという事になる。


「こんな手紙を書いてたら、目立つでしょ? これだけの文字数だし。結構時間も掛かっているはず」

「そうだな。さすがに前の方の席で、これを書く度胸がある人はいないだろうな」

「……ってことは後ろの方の席ってことになるね。誰なんだろう?」

小深山(こみやま)とかじゃないのか?」


 俺はサッカー部でクラスでも一軍の小深山の名前を挙げた。


「え? 何で急に小深山君なの?」


 たしかに、小深山は今まで俺達の会話に出てきた人物では無い。

 唐突に思うのも当然だ。

 だが……。


「小深山は真ん中の列の最後尾だろ」

「そうだけど……」

「小深山は七原に言い寄ろうとして、たくみに(かわ)され玉砕(ぎょくさい)したしな」

「なんで、そんな事知ってるのよ!」

「黙ってクラスの真ん中にいたら、色んな話が聞こえてくるんだよ」

「戸山君も、結局盗聴してるよね」

「似たもの同士だな」

「何か釈然としないよ。一緒にされたくないというか」

「俺もだよ」


 まさに同意見とういうところだ。


「話は戻るけど――小深山君は違うと思うよ。小深山君が、こんな字を書くと思う?」


 七原の言うとおり、体育会系の小深山が、この女子生徒っぽい字を書いているとは思えない。

 これが小深山の字ならクラスで話題になりそうなレベルである。


「女子生徒で言うと、河本とか多嶋とか田辺とかだな」

「その三人はまだ残ってたから、それとなく話しかけて、心の声を聞いたけど、全員違ってたよ」

「じゃあ柿本は?」


 藤堂の子分の柿本麻衣は最後列ではないが、窓側の後ろから二番目である。


「さっきも言ったとおり、紗耶は関係してないよ。麻衣が紗耶の指示も無く、勝手な事をやるとは思えない」

「そうだな」


 柿本麻衣は藤堂の子分になって日が浅い。まだ藤堂の行動原理をはかりかねているところがあるだろう。

 笹井だったら付き合いが長い分、暴走して、仕出かす可能性もあるが、笹井は最前列である。移動教室も無かったことから笹井ではないだろう。


「遠田さんって可能性は?」

「遠田は、そもそも昼の揉め事さえ知らないんじゃないか? あの三人の誰かが遠田に伝えて、遠田が自発的に七原を呪うなんて事は考えにくいよな」

「そうね。じゃあ、遠田さんでもないのかな」

「そもそも、これが藤堂との揉め事に便乗してるって発想が間違っていたのかもしれないな。偶然、同時期に、こんな事をしようと思って手紙を用意していた人物がいたって事も考えられる」

「戸山君に出す予定で用意したものを、私に出したのかもしれないって事ね」

「俺に押しつけるなよ。有り得る事ではあるけどさ。ただ、俺は意外と、こういう類いの悪戯は仕掛けられた事ないんだ」

「反撃が怖そうだもん。逆に強い呪いをかけられそう」

「否定はしないよ。七原には強い呪いで報復してやろうっていう気概が足りないんだ」

「そういうのって気概って言うの?」


 七原は呆れながら言った。

 そして溜息をつきながら口を開く。


「さっきも言ったけど、昼の件だって噂を流したのが誰か分からないの。もう、どうしたらいいか分からなくなってきた」

「その内、見つかるだろ。こんな事する奴なんて」

「戸山君、それは楽観的すぎるよ。犯人を探すのって思ったよりも、ずっと難しいんだよ。紗耶が噂を既成事実って事にした所為で、それが真実なのかとか、誰が目撃したのかとか、そういう事は誰も考えなくなる――って事で、心の声を聞けたところで、真相を突き止めるのは難しいの」

「そうだな。守川の所為で七原への注目度が高まっていたから、瞬く間に噂がクラス中に広がった事も、解明を難しくしているんだろうな――でも、話は簡単だよ。一人一人捕まえて、最初に誰に噂を聞いたかを問い詰めれば、すぐに解決する」

「……それは、出来ないよ」


 七原は苦々しい顔で答えた。


「何故?」


 七原が答えそうな事は分かっているが、あえて俺は問いただす。


「私への心証が悪くなるから」

「その保身をやめれば、すぐに解決するのにな」

「私には無理なの」


 周囲の評価。

 七原が一番大切にしているものが、それなのだから、仕方がない事なのだ。

 この一連の面倒事は、それを守る為のものだと言ってもいい。

 つくづく、どうでもいい事に巻き込まれているな、と思う。


「藤堂のグループ、昼休みに噂を流した犯人、そして、呪いの手紙を書いた人物。もしかして、七原って俺以上に嫌われ者なんじゃないか?」

「でも、それが全部、一人の人物によるものかもしれないでしょ?」

「また、黒幕の話か?」

「そう。これだけ色んな事が立て続けに起こったら、偶然だとは思えないよ」

「そうだな。ここまで来たら、そう考えるのも自然な事かもしれない」

「戸山君は誰か怪しい人が思い浮かばない? この全ての件に関与できる人物がいるとしたら……」


 俺は頭の中でクラスメート達を挙げてみる。

 しかし、まったく思い浮かばなかった。


「思い浮かぶなら、もう言ってるよ」


 そして、この面倒な時間を終わらせているだろう。


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