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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第六章
148/232

写真の裏


「裏……ですか。この写真は合成か何かって事ですか?」

「いや違うよ」

「じゃあ、この写真から読み解けるものが他にあるってことですか?」

「それも違う」

「じゃあ、何なんですか?」

「いいな。話題の中心にいるこの感じ」


 符滝は顎髭あごひげさすりながら、満足げに笑う。

 かなり根に持っているようだ。

 別に俺達に悪意があった訳でも無いのだが。


「教えて下さいよ。写真の裏って何なんですか?

「いやいや、文字通り写真の裏面に気になる点があったって事だよ」

「気になる点?」

「ああ。謎のイラストが描かれていたんだ」


 そう言って、符滝は写真を裏返す。

 そこには確かに何だか分からない絵が描かれてた。

 インクの出ないボールペンで無理に描いたようで、線が所々かすれている。

 気ままなグチャグチャの落書きにしか見えない。

 その構成を無理にでも説明するなら――楕円だえんが三つL字型に並べられ、下の楕円からは直線が四本、真ん中の楕円からは直線が二本出ている――といった感じだろうか。


「この写真はコピーだって言ってませんでしたっけ?」

「どうやらコピーの方を大事に隠していたようだな。これが本物だよ」


 ポンコツだ。


「それにしても何ですか、この絵は?」

「何だろうな。俺にはまだ答えが出せていない。長年に渡る疑問だよ」


 符滝は難しい顔をして腕を組む。

 眉間みけんに深く刻まれたしわは、真実を求め腐心ふしんした歳月を想起させる。


 本当に、この絵は何なんだろう?

 この写真の裏に描かれているという事は、意味のある絵に違いないはずである。


「パン……ですかね?」

「パン……かもしれないな。楕円だしな」


 首をかしげていた七原が口を開く。


「楕円だからパンって発想って何なの? じゃあ、何でL字に配置されてるの? 他の線は何を意味するの?」

「だよな。七原の言うことはもっともだ。楕円ってだけでパンに絞り込んだのは早計そうけいだった。ブーツとか長靴ってのはどうかな? L字だし」

「ブーツか長靴かもしれないな。L字だからな」


 と符滝。


「想像力が貧困すぎない?」

「じゃあ、七原は何だと思うんだよ?」

「それを言われたら困るけどさ」

「だろ」

「でも、このL字が三つの楕円で構成されているってのは割と重要な事だと思うよ。L字を表したいのなら、ブツ切りにする必要が無いし」

「たしかに」

「……たとえば一番上の楕円は頭、そして真ん中が上半身で、一番下が下半身と考えれば、こっちの直線は下半身から伸びているので四本の足……そして、上半身から出ている直線は腕という事になる……つまり、カマキリか何かじゃないかな」

「おお」


 符滝が目を輝かせる。

 確かにこの構成要素から考えれば十分に説得力のある回答だ。

 こんな雑な絵から、それを導き出せるあたり、他人の気持ちを汲み取る七原の力はやはり天性のものだなと思う。

 しかし――。


「何でカマキリ?」

「そうなの。『これだ!』って思ったんだけど、『何故カマキリか』って事になるのよね」

「この三人を殺ったのがカマキリって事かな」

「誰も殺られてないから、カマキリに殺られるって、どんな状況よ。楓さんとは昨日会ったし」

「だな。カマキリじゃないとすると……」

「カマキリじゃないとすると?」

「下半身から足が四本。上半身から腕が二本。そして、上半身と下半身が別という事を考えれば、ケンタウロスもそうだよな」

「ケンタウロスって……」


 考え込む七原。

 一瞬の後、何かをひらめいたのか、さっと目を上げた。


「ねえ、もしかして……」

「多分、俺も同じ事を思ってるよ」


 俺がそう言うと、符滝が「おいおい。また二人の世界に入る気か?」と不満げに言った。


「そんな事しませんよ。偶然ですが、俺と七原は最近その言葉に接してるんです」

「それはどういう?」

「とあるキャバ嬢の方がケンタウロスという言葉を口にしたんです」


 雪嶋恵理は小深山兄のことを、『ケンタウロス』と言った。あの時は、ボケたのか、単なる記憶違いか、判断に困った。しかし、もしかしたら雪嶋も何かでケンタウロスという言葉を聞いて、頭に残っていたのかもしれない。


「雪嶋さんに聞いてみるだけ聞いてみた方が良いかもしれないね」

「だな」

「ねえ、戸山君。雪嶋さんの連絡先って」

「ああ。消してないよ。あと少しで消すところだったけどな」


 雪嶋には昨夜、きちんと詫びの電話を入れておいた。

 さすがに蹴り飛ばしておいて謝罪も無しはどうかと思ったのだ。


 その時の感じでは気分を害している様子は無かったので、着信拒否される事はないだろう。

 そう思い、今度こそはと電話を取り出す。

 まあ、意気込んだところで意味はないのだが。


 ボタンを押すと、3コールを待たずに通話状態に変わる。


「戸山君? どうしたの? 何かあった?」

「雪嶋さん、すみません。今、電話大丈夫ですか?」

「うん。授業中だけど戸山君なら大丈夫だよ」


 なぜ大丈夫なんだよ。

 と思うが、本人が大丈夫と言ったのだから、気にせずに話を始める。


「つかぬ事をうかがいますが、昨日雪嶋さんは青星しりうすさんの事をケンタウロスと呼びましたよね」

「ああ、そうだったね。咄嗟とっさで間違えたんだよ、シリウス君とケンタウロスさんを」


 驚愕きょうがくの事実である。ケンタウロス『さん』という事は誰か個人を指し示しているようだ。


「ケンタウロスさんって方のがいらっしゃるんですか?」

「うん。でも本名じゃないよ。馬人間でも無い」


 馬人間て。


「じゃあ、何なんですか?」

「ウチの店に来る常連さんで、そういう渾名あだなの人がいるの」

「渾名ですか。何でまた?」

「その人の名前はアリマケンタって言うんだけど」

「ケンタだからケンタウロスですか?」

「そんな安易じゃないよ。その人はね、自分の息子にシリウスっていう名前を付けたらしいの。そしたら仲間内でキラキラネームだってイジられるようになって、一時期ケンタウロスって呼ばれてたんだって。その話を聞いてから、ウチの店ではアリマさんをケンタウロスさんって呼んでる。しかし、偶然ってあるもんだね。同じ街にシリウス君ってのが二人もいると思わなかった」

「おそらく、小深山青星さんの父親で間違いないと思いますよ。そう多い名前じゃないでしょ」

「え。ウロスさんが青星君の父親? 全然わからなかった。若いし」

「まあ、あえて確かめるような事でもないですけどね。アリマさんからすれば、息子の知り合いがいるって分かったら店に来づらくなりますよ」

「そっか。うっかり言っちゃわなくて良かったよ。うん。考えてみれば、そうだ。珍しい名前だもんね。そういえば、目元に青星君の面影があった気もするし」

「雪嶋さんはアリマさんと親しいんですか?」

「うん。ウロスさん、相当な物好きみたいでさ、最近はいつも私を指名してくれるの」


 よし。

 もうターゲットはアリマケンタに絞っていいだろう。

 ケンタウロスという渾名――こんなのが偶然ではまらない。

 そのアリマケンタという男が、この写真に関係しているはずである。




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