目覚め
「戸山君、まだ目が覚めないんですが……」
三津家が少し不安げに俺を見た。
「バットが当たった感触は確かにあったから、失敗って事はないと思うよ。精神系の能力は、力が抜けきるまでが短い。多少時間差はあるが、すぐに目が覚めるはずだ」
「そうですか。よかったです……」
そう言った後、三津家は口籠もる。
「まだ何か言いたい事があるのか?」
「結局は藤堂さんに対する不満ってのが真実だったんですね」
「そうだよ。全ては、あのマウンティングゴリラの所為だ――その前提から話し始めても良かったんだが、笹井を説得するには、沼澤の話をする必要があった。能力ってものが分かってなくて、いきなり排除と言われても無理な話だろ?」
「悔しいですけど、戸山君には完敗です」
「いや、全ての事情を知ってたのは俺だけだったんだ。当たり前の話だよ」
「そうですね……でも、何だかんだで一番悔しいのは、戸山君が語りかけていた相手が私ではなく、裏で聞いてる笹井さんだった事と、それに気付けなかった事です。戸山君は笹井さんの信用を勝ち取る為に、事情を知ってると間接的にアピールしていた――そういう事ですよね?」
「まあ、ある程度信用されてないと、排除は出来ないからな」
「説得を私に任せたのも、私を噛ませ犬にする為だった。私が混ぜっ返す事で話を一旦整理できるという意味合いもあったでしょう」
「そうだな」
「……まあ、もちろん不満を言うつもりはありませんよ。ここから出られる訳ですしね」
そう言いつつも、不満たらたらの顔である。
三津家に多少嫌われる事も、実は考慮に入れていた。
実際、まさに噛ませ犬のつもりで使ったのだから。
「でも、今回の件で古手の排除に情報というものがどれだけ重要か分かっただろ? 前回の排除が今回の解決に繋がったわけだしな」
「はい。戸山君が他の排除能力者に過敏な理由も理解できました」
「俺の実力は測れたか?」
「はい。十分に」
これで三津家がこの街に来た目的の内、一つはクリアした事になる。
あと、もう一つ……あれはどう処理するべきなのだろうか。
「しかし、また一人能力者がみつかったことになるな。三津家の話で言うと、確かにこれは異常発生だ」
「そうですね」
「でも、沼澤も笹井も苦悩して苦悩して苦悩した末に能力者になってる訳だし、三津家が懸念してたように、能力者が生まれやすい状況になってるって事でも無いと思う」
「確かに。まあ、『るつぼ』に関しては、もう少し調査が必要ですけど」
「それも、こっちに任せてくれないか? 必要な時は三津家に連絡するから」
「……そうですね。それも検討すべきかもしれません」
「本当か?」
思わぬ返答に少し浮き足立ってしまう。
「ええ。我々は戸山望という排除能力者との関係を良好に保つ必要がある――今回の事で、そう思いました。戸山君にはそれだけの排除能力がありますからね。ですが……」
そこでぶつんと目の前が真っ暗になる。
眩暈がした後の感覚に近い。
気付けば、教室で自分の席に座っていた。
ああ、目が覚めたということか……
時計を見れば、まだ10分も経ってなかったらしい。
あの長ったらしい出来事を10分で熟していたと考えると、夢というものは恐ろしいものだなと思った。
そんなこんなで授業が終わり休憩に入る。
「戸山さん」
隣から三津家の声がした。
『君』呼びから『さん』呼びに戻っている。
これは……少し嫌な予感がするなあ。
「戸山さんに聞いて欲しい話があるんです」
『後で聞く』とでも言おうしている間に、三津家は話を続ける。
「今回の件、すごく勉強になりました。私を弟子にして下さい。戸山さんの元で修行したいです」
その言葉が耳に入ったのだろう。
周囲の生徒達がおかしな目で俺達を見る。
溜め息ひとつ。
状況は何も改善していなかった。
むしろ三津家の面倒さはエスカレートしている。
「戸山」
振り返ると、笹井が立っていた。
「今日って暇? 相談に乗って欲しい事があって」
「その件は後で聞くよ」
そうだった。笹井と沼澤の件もあった。
まずは沼澤へのブロックを解除しなければいけない。
もう半年以上も立つので、呼び掛けに応じてくれるかは分からないが……。
「いや、その件じゃないよ。さっきは色々ありがと。で、最近、彼氏と別れようと思ってるんだけどさ、その相談に乗って貰いたいっていうか……」
笹井は、もじもじしながら、そんな事を言った。
視界の右奥では、藤堂が苦虫を噛み潰した顔、左奥では七原が表現しがたい顔をしている。
俺の周囲の人間関係……拗れすぎだろ!




