文化祭後
「そんなこんなの内に、文化祭はあっという間に過ぎて行ったよ――で、その次の週、転校の前日に沼澤に呼び出されたんだ」
放課後、俺が一人教室で待っていると、慌てた様子の沼澤が入って来た。
「ごめんね、遅くなって。みんなが送別会してくれるって言うから、また行かないといけないんだけど」
「そっか。良かったな」
「戸山君も来ない?」
「予定があるから無理だよ」
「残念……まあ、断られるとは思ってたけどね」
「悪いな」
予定が有ろうと無かろうと、俺がそういう場に顔を出す事は無い。それは沼澤も分かっているだろう。
「ねえ、戸山君……」
「何だ?」
「文化祭、終わったよ」
「悪かったよ。そんな嫌味も言いたくなるくらいに、最後まで任せっきりだったな」
「ああ、違う違う。そういうんじゃなくて。結局、瑠華と仲直り出来ないまま転校だな……って。瑠華には本当に悪い事したと思う。事情を話して謝りたかった」
「何度も言ってるけど、能力の事は他言するなよ」
「分かってるよ。能力の事を話しても、たぶん馬鹿にしてると思われるだけだろうし」
「まあ、そうだな」
「それに……戸山君との約束は絶対守るから」
沼澤はそう言った後、一呼吸置いて姿勢を正した。
「――戸山君、今まで本当にありがとね。戸山君には感謝しかないよ。戸山君のお陰で、私は変われたから」
「笹井と言い合いになった時にも言ったけど、沼澤はそんなに変わってないと思うよ。沼澤の問題点は勝手に自分で限界を決めて自己否定していた事だ」
「そうなのかな」
「まあ、それも今となってはどうでもいい事だ。沼澤のコミュ力は上がったんだからな。新しい学校に行ったら、ちゃんとした友達作れよ。次からが本番だ」
「そうだね……次は戸山君もいないし、能力も無い。ゼロからの出発で不安だったけど、そう言われると何とかなりそうな気がしてきたよ」
「それは良かった。じゃあ俺は、この辺で帰るから」
「うん……バイバイ。ありがとう」
手を振る沼澤に背を向け、俺は歩き出す。
沼澤がいつものように俯いていないので、その柔らかい微笑みが脳裏に焼き付いたのだった。
「ってな感じで、沼澤は転校していったんだ」
「で?」
七原が不服そうに俺を見る。
「『で?』って何だよ。これで沼澤の話は終わりだよ」
「信じられないんだけど……」」
「信じられないって何だよ。終わりは終わりだろ?」
「夕日に染まる教室で二人きりだよ。沼澤さんも、これだけ散々世話を焼いてもらって、あっさりバイバイって気持ちにはなれないはず。まだ何かあったでしょ?」
「何もねえよ。俺は嫌われ者だぞ」
「戸山君はすぐにそれを言うけどさ、それじゃあ納得できない。まだ何かあったはずだよ……ほら、今の表情を見れば、戸山君が嘘を吐いてるのは、すぐに分かるから」
七原は真っ直ぐに俺を見つめる。
やはり、その目には弱いのである。
「そう言えば、もう少しだけ話をしたような気がするな」
「あっ。ちょっと待って、戸山君」
「何だよ」
「もう一つ大事な事を忘れてた――前に私が『戸山君にお礼がしたい』って言った時、『文化祭で何か奢ってくれ』って言ってたよね」
「ああ、そういえば、そんな事も言ったな。忘れてたよ」
「戸山君、文化祭が始まると同時にいなくなるんだもん……」
俺の目を見て話す沼澤――そういう事も無かったので、少しだけ胸が高鳴る。
いや、もう力は無いはずなのだが……。
「ねえ、戸山君。聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ」
「私は戸山君にどうしてもお礼がしたいの。だから、何でも言って。戸山君の望む事なら何でもするから」
夕日に染まる教室……二人きり……何でもする。
その潤んだ瞳に、飲み込まれそうだ。
――いやいや駄目だ駄目だ。
俺は慌てて、邪な思いを断ち切った。
「じゃあ、来年でいいよ」
「来年?」
「ああ。来年、この学校の文化祭に来て奢ってくれ。それで気が済むならな」
「なるほど。それいいね。そうしよう……じゃあ、その日は一緒に文化祭回ってくれる?」
「ああ、気が向いたらな」
「……あ、でも戸山君に彼女が出来てるかもしれないね。そうなってたら辞退するよ。だから早めに連絡して」
「わかったよ」
俺には浮かれてる時間なんて無い。彼女なんて有り得ないと思ったが、適当に流した。
「でも、戸山君って意外に肝心なところで奥手になる気がするね。周りはみんな、二人が好き同士だって気付いてるのに、当人達だけが気付いてなくてさ、最後には最悪の雰囲気の中で告白する――みたいな事になりそう」
ズバリと言う沼澤。
今思えば、沼澤の方が余程予言者だと思う。
「勝手なこと言うなよ」
「ごめんごめん――じゃあ来年、楽しみにしてるね」
「ああ。それじゃあな」
「うん。戸山君、バイバイ」
「……聞くんじゃなかった」
七原が耳まで赤くしてる。
「いや、一番恥ずかしいのは俺だからな」
「ってか、こんなアドバイス受けてたなら、何とかならなかったの?」
「わかってても、避けられない事って一杯あるだろ」
「そうだけど……」
「痴話喧嘩はいいですから、話を進めません?」
と、三津家。
「……そうだな」
こういう事で諫められるのは非常に悔しいものだなと思う。
「これで沼澤さんとの話は完全に終わりって事で良いですか?」
「ああ、予定通り転校していったからな」
「そうですか……もう繋がりは無いという事ですか?」
「あー、SNSで時々メッセージが来てたりしたけど」
「本当ですか? どんな内容ですか?」
「リア充報告がウザいからブロックしたよ」
「ブロック……?」
三津家はブロックの意味を理解できてないようだ。
代わりに七原が口を開く。
「何でブロックしてんのよ。いやブロックしても良いけど、ブロックはダメでしょ」
「言ってる事が支離滅裂だな」
「分かってるけどさ……まあ、それでいいのか……それが戸山君らしさって事なのかもね」
色んな葛藤を経て、肯定されたようだ。
「三津家、ブロックってのは特定の相手からのメッセージを拒否するって感じの機能だよ」
「そうなんですか。そのブロックってのは解除できないんですか?」
「出来るよ。もちろん、現実に戻ってからの話だけどな」




