自宅
「疲れた」
俺は一人、呟いた。
今日は本当に大変な一日だった。
疲労感で一杯の俺は、自宅に帰ってすぐに、一眠りする事にした。
いや、疲れてなくても寝るんですけどね。
寝る事くらいしか楽しみないんですけどね。
そこへ玄関のチャイムが鳴る。
誰だよ。こんな時間に。常識がないにも程がある。
俺は苛立ちながら玄関の鍵を開ける。
「こんな時間って、夕方でしょ! 常識無いって何?」
ドアを開けるなり、七原が抗議してくる。
どうやらドアという遮蔽物があっても盗聴は可能なようだ。
「盗聴じゃないから!」
七原の突っ込みが冴え渡る。
「そもそも何で俺ん家を知ってるんだ? ストーカー? 引くんですけど」
「昨日話したでしょ!? 引かないって言ったでしょ!?」
「ああ、尾行の話な!」
「大きな声出さないでよ! ……あと、授業中のアレ、何なのよ!?」
「いや七原に元気出して貰おうかと思って」
「セ、ク、ハ、ラ!」
「だとしても、七原はどうやって訴えるんだ? 心の声を聞いたって言うのか」
七原が悔しそうな顔をする。
「まあ、何でもいいから、とにかく家に入れてよ」
「いやいや、他人に怪しまれるような事はやめるべきだろ。家に押し掛けるとか怪しい行動以外の何ものでも無いぞ」
「大丈夫。バスやタクシーを使って遠回りして来たから、尾行がついてたとしても、まいたはずだよ」
「七原は何と戦ってるんだよ。俺は忙しいんだ。暇人に付き合っている暇は無い」
「やだ! 入れてくれるまで、ここに居座るからね。ご近所で、変な噂が立っても知らないよ」
「残念ながら、もうすでに双子が変な噂を幾つも広めてるんだよ。俺からすれば、今さらって話だ」
「戸山君の人生、ハードすぎ」
「言われなくても分かってるよ」
そんな事を言ってると、七原の表情が悲しげなものに変わっていく。
「お願い。入れて。午後から、沢山の人の心の声を聞いたけど、私達を目撃したのが誰かは分からなかった。その人物に辿り着けそうな情報も全然無いし……もう、私、どうしたらいいか分からなくて」
「同情はするけど、俺に言っても仕方ないだろ。俺に泣きついたって、答えを知っているわけじゃないんだぞ」
「分かってる。だけど、一人じゃ不安なの。戸山君以外に頼れる人がいないの」
それは、本音で相談出来る友達を作ってこなかった七原の責任だろ?
まあ、俺も似たようなもんだが、もし仮に同じ立場になっても、七原のように行動することはないだろう。
素直に諦めて、苦難を受け入れる。
「そんなこと言わないでよ――それにさ、戸山君と私って、もう友達じゃないの?」
「はあ?」
「私は守川君の友達で、戸山君は守川君の友達だよね。友達の友達は友達でしょ?」
「まず俺は守川の友達でいられてるんだろうか……で、論破でいいか?」
「重い!」
「大体、七原は藤堂から目を離したら駄目だろ」
「だって、紗耶達は、もう帰ったんだもん。あれだけの騒ぎになって、しれっと一緒に行動するなんて出来ないでしょ?」
「でも、授業中、放課後には会わないって約束しただろ?」
「たしかにそうだけど。あのやり方には、私が意見を言う方法が無かったでしょ」
「それが七原の能力だ」
「そうだけどさ……ってか何で、そこまで邪険にするの?」
「俺にだって、色々あるんだよ。色々と」
ただ寝たいだけだ。
「ただ寝たいだけなの!? こっちは大変なの。また新しい嫌がらせをされたし」
新しい嫌がらせ……か。
それを聞くと、少し興味が湧かないでもない。
「でしょ?」
七原は少し得意げになる。
得意げになるような事なのか?
「違うけど、戸山君の好奇心を満たす事は出来ると思うの。証拠も持ってきてる。中に入れてくれたら見せるから」
「ここで見せればいいだろ」
「外で見せるようなものじゃないから」
さらに興味を引くような事を言ってくるところが憎らしい。
まあ、そこまで言うのなら仕方がない。
睡眠時間は少しだけ減らす方向で検討しよう――なんて事を考えると、七原の顔がパッと明るくなった。
「戸山君、ありがとう!」
「いや、俺は、まだ『いい』とは言ってないよ。ちゃんと、そういう手順は踏んでくれ。心が読めているとしても」
「あーもう、戸山君って面倒――」
バン。
思考を読まれるよりも速く、ドアを閉めた。
「ごめん、戸山君! 口が滑ったんだって!」
無視する。
「開けてよ!」
無視する。
「入れて! 戸山君だけが頼りなの!」
七原の声が、どんどん大きくなってきた。
俺は仕方なくドアを開ける。
「もっと早く開けてよ。こんな事してたら、本当に悪い評判が立つよ。ここ、住めなくなるよ」
「今さら、このレベルじゃ痛くもかゆくもない」
「どれだけ酷い噂を流されてるの? それは同情するけど――」
そんな事を言いながら、いつの間にかドアの間に体をねじ込み、ドアを閉められないようにしている七原。
意外と強かだ。
「家に入るだけで、手こずらせないでよ」
七原はクタクタな顔で、そう言ったのだった。




