能力
「で、どんな能力なんだ?」
沼澤が能力者だと分かり、俺はギラギラとした視線を向けていた。
あの頃はまだそれを隠す事が出来なかったのだ。
「え……えーと、目が合った相手が私に好意を持ってしまう……みたいな感じかな」
「やっぱりそういう事か」
「待って。思ってたのと反応が違うんだけど……」
「いや、俺もそれしかないと思ってたよ。沼澤に対する担任の気遣いとか、態度とか――そういう事を見てれば、目が合った相手を虜にする力って事は十分に推測できた」
「だから待ってよ、戸山君。普通なら、まず不思議な力ってところに引っ掛からない?」
……ああ、そういう事か。
先走ってしまったようだ。
「……え? 不思議な力? 何だよ、それ。俺をからかうつもりか?」
「白々しいって」
「そうだな……実は前から知ってたんだよ、世の中にそういう不思議な力が存在するって事を」
「本当に? ……いや、自分で言い出した事なんだけど、自分でも信じられないというか……」
「本当にあるよ。俺だって信じがたいけどな」
「じゃあ、戸山君にも?」
「いや、俺には無い。だけど知識はある」
「単なるオカルトマニア?」
能力を打ち明けられる時にどういう反応をするかは、いつだって――今だって難しい。
能力者本人は信じがたい事として話す。信じて貰えると思って話してないのだ。
それへの対応に失敗すると、話が終わってしまう。心を閉ざしてしまう。それ以上、話して貰えなくなる。
相手は能力者なのだ。細心の注意を払って取り扱わなければならない。
「……まあ、そんなもんかな」
「確かに笑いはしなかったけど、厄介な人に話しちゃったかも」
「相変わらず、ズバっと言うよな。まあ、安心してくれよ。こっちはオカルト話に花を咲かせたい訳じゃない。ただ、沼澤に何があったかを聞きたいだけなんだ。例えば、沼澤はどうやって自分の能力に気付いたか――とか」
どんな口調で話すかの匙加減も難しい。
沼澤に対しては少し真剣さの混じった雑談あたりを意識した。
「わかった。それくらいの事なら話してもいいよ。戸山君には迷惑かけてるし
」
よかった。話してくれるようだ。
あの時は、ほっと胸を撫で下ろしたのを覚えている。
「じゃあ頼むよ」
「うん」
そして、沼澤は語り出した。
「私がこの力に気付いたのは四月の終わりくらいだよ。その日、電車で目があった人が突然告白してきたの。そんなこと初めてだったから驚いて、走って逃げた……その後は何も無かったんだけど、その日から日替わりで別の人に告白されたり、付き纏われたりして……ある時は女の人が付いて来て、OLさんって感じの人だったんだけど、唐突に『私と友達にならない?』とか言われて、どうしていいか分からなくて、ただ立ち尽くすだけだった……『何で私に?』と思ったよ。私に人を惹きつけられる魅力がある訳が無い。それでも、その異常事態は続いた。そんなこんなの内に気付いたの――私と目があった人は老若男女関係なく、おばあさんや小学生だって、赤面してポーっとした顔になる」
「全員に告白されたのか?」
「さすがにそれはないよ。でも、告白してきた人と同じ顔してたのは間違いない」
「男だと、その時の感覚を恋愛感情と取り違えてしまいやすいって事か」
「そうかもね……とにかく、その『目が合ったら』という条件が分かって、対処法も分かった。俯いて誰とも目を合わなければ、そんな事にはならない。こんな力を持つ前から、教室での私はそんな感じだった。だから、外で同じ事をするだけで済んだ」
「誰かに相談とかは?」
「誰にも言えないよ、こんなの……頭がおかしくなったって思われるだけだろうし」
「賢明だな」
「分かったでしょ? こういう事なんだよ。この力がある限り、私には他人の目が見れない」
「そうだな。そうなってしまうかもな」
「こんな話、本当に信じてくれるの? 頭がおかしくなったとか思わないの?」
「信じるよ。そういう力が存在する事を知ってるって言っただろ?」
「本当に?」
「ああ、本当だよ」
「でも、そんなの信じられないよ。単なるオカルト話の一つとして聞いてるでしょ」
「いや、信じるって言ってるだろ。沼澤には確かに力があるんだよ」
「私だって信じられないのに、何で戸山君が信じられるの? 信じるなんて信じられないよ」
「わかったよ」
心の中で面倒だと呟きながら、「じゃあ、俺が検証してやるよ」と続けた。
「検証?」
「ああ。俺と目を合わせてくれ。そうすれば、その力を実体験できる。本物かどうか見極めてやるよ」
「待って。こんな所で……二人きりでしょ? 困る」
「大丈夫だよ……ってか、人がいるところの方が安心出来るって言うのなら、それでも良いよ。駅だって、交番の前だって、どこにだって行く」
「それはそれで困るよ」
「どっちにする? 人がいる場所。人がいない場所。どっちかだ」
「そうだね……」
沼澤はしばらく考え込んで、「じゃあ、ここで」と答えた。
「……でも、戸山君に好きになられても困るからね」
「俺にだって理性はあるんだぞ。他人より我慢強い方だと自負してる。それに能力だって分かってれば自制も効くよ」
「じゃあ本当にいいの? 試すよ?」
高まっていく緊張感の中――
「ちょっと待って。駄目だって。それは!」
七原が声を上げた。
「そうですよ。待って下さい! 私達は何を見せられてるんですか!?」
三津家も顔を赤くしている。
「外野がうるせえよ。ってか、何かあったんなら、この記憶を見せる訳ないだろ」
「でも、目の前で繰り広げられてると、リアル感がすごいもん」
確かにこの至近距離だとドラマを見てるのとは違う。
俺自身、この先が分かっていても緊張感がある。
俺は一つ息を吐いて二人に語りかけた。
「……大丈夫だよ。七原が思ってるような展開にはならない」
「思ってるような展開って何? そこら辺の答えをはっきりさせておきたい」
「とにかく大丈夫だ」
「戸山君は大丈夫だと言いますけど、本来こういう事は駄目ですからね。やはり戸山君は能力者を甘く見てます」
「いやいや、これは昔の話だよ。あの頃はまだ右も左も分かってなかったんだ。まあ、そんなに強い能力の訳が無いと思っ……あ。そろそろ話が展開するぞ」
じっと見つめる俺に、沼澤は迷いながらも視線を返す。
…………っ。
俺は三秒で目を逸らした。
頬は見るからに紅潮している。
「確かに力があることは間違いないよ。沼澤の目を見たら、気分が高揚して胸が高鳴った。確かに、こんな事になったら一目惚れだと勘違いしてしまう」
「本当に?」
「ああ。本当だよ。間違いなく、沼澤には力がある」
一度やって気が緩んだのか、沼澤は再び俺に目を合わせる。
「あっ、ごめん!」
「……こんなのを食らったら骨抜きにされるのも分かるよ」
「骨抜きって」
「感覚的に、その言葉が一番適切だと思ったんだよ――担任もこれの被害にあったんだな?」
「人聞きの悪いこと言わないで」
「担任とはどんな事があったんだよ?」
「ちょうど他人と目を合わせない事を咎められてて、私も注意してたんだけど、つい目が合っちゃったの。すぐに目は逸らしたんだけど、その日からああいう感じで……」
「なるほど。怖い思いはしなかったか?」
「それは全く無いよ。大丈夫」
「意外と節度があるんだな」
「さすがに教師だし。大学生の娘もいるんだよ」
「やっぱ節度無いな」
「……だね」
「それにしても、本当に良い能力だよな。羨ましいくらいだ。俺がその力を持ってたらガンガン使ってるよ」
「何なんですか、これは?」
今度は三津家が不機嫌に言った。
「排除能力者が能力を肯定してどうするんです?」
「そうだよ。気持ちは分からなくもないけど」
「わかってるよ。その頃はまだそんな事を考えてなかったんだ。でも、今だって同じ事を言うかもしれない。この場において綺麗事を言う奴は信用できないだろ?」
「確かに、そうかもしれませんけど……」
沼澤は、どうとでも取れるような微妙な表情を浮かべて口を開く。
「……私は困ってるけどね。力を持ってから、他人と目を合わせずに生きていく事が、どれだけ難しいか分かった。私みたいに根暗でも、意外と目を合わせてるものなんだって思った」
「でも、その力があるんならクラスで上手くやるなんて簡単だろ。友達だって幾らでも作れる。人間関係の問題は全てクリアだ」
「駄目だよ。そんな事に力は使えない」
「何でだよ?」
しばらく考え込んだ沼澤は、あちこちへと視線を動かしながら答えた。
「……単純に恐かったからかな。得体が知れないこの力を、どうしたらいいか分からなかった」
「まあ、目が血走った男に、毎日のように追いかけ回されたらな」
「そうだよ。勝手に好意を持たれても、コミュ力がない私にはどうしたらいいかわからない。それだけでストレスだよ。困っても相談する相手がいなかったし」
「じゃあ相談する友達を作れば良かっただろ、その力で」
「そうだね。それは少し思ってた。だから丁度いい人を物色している最中だったの」
「別に吟味する必要なんて無くないか? 取り敢えず片っ端から役に立ちそうな奴を取り込めばいい」
「そんなに友達は必要ないって。一人か二人でいい。それ以上は上手く付き合っていく自信がないもん」
「そんなに堅苦しく考える必要は無いだろ。そんな便利な力があるんだし」
「それは戸山君だから、そう思うんだよ。私にとっては負担なだけ」
「じゃあ、笹井でいいだろ。笹井なら元の鞘だ」
「それこそ私の本意じゃないから。瑠華は頑張ってる。私の力で無理に戻って来させるなんて出来ない。したくない……それに、こんな力で好意を持たれても嬉しくないっていうか……」
「力に頼りたくないって事か?」
「そう。こんなのは空虚だよ。我が儘を言うようだけど、私は本当の私を好きになって欲しい」
こんな力を得たという事は無条件に愛されたいという欲望の表れだと思うが。
願望ではそうであっても、理性では許せないという事なのだろうか……。
「性格とか、趣味とか、そういうので好意を持つ事だって突き詰めれば空虚だろ。そんな事を考えること自体、意味が無いと思うけどな」
「そうだけどさ」
「とにかく、何かしら現状を変えなければ、どうしようもないな」
「まあ、確かにそうだね……でも、私は瑠華に力を使いたくない」
沼澤が使いたくないというのなら、それに反対する理由は無い。
「そっか。こんなに能力を持て余してる能力者に初めて会ったよ……でも、これで簡単な話になったな。その力を消せばいいってだけだ」




