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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第五章
133/232

ホームルーム


「これ、本当にホームルームですか? 人もまばらって感じですけど」


 三津家が教室を見回しながら言った。


「表情も無いね……ちょっと恐いかも」


 と、七原。


「どこに座ってるかとか、どんな顔をしてるかとか、そういうのを覚えてる奴らだけ再現されてるって事なんだろうな。さっき、俺がその場にいたはずなのに出てこなかったの同じような理屈だよ」

「なるほど……戸山君、一つ聞いて良い?」

「うん?」

「一番後ろの席で、鼻ちょうちんを出して、目が数字の3になって寝てるのは守川君だよね?」

「そうだよ」

「そっか、良かった。あっちだけ世界観が違うから、戸山君には見えてないんじゃないかと思ったよ。つまり、この教室には戸山君の記憶だけじゃなく、イメージも反映されてるって事ね」

「いや、あれは実際の記憶だよ」

「違うから。あれじゃあ昔の漫画だから」

「そんな事はいいですから、早く状況を説明して下さい」


 三津家は守川と一度も話してないはずだが、守川の話題はスルーして良い事に気付いたようだ。その点においては三津家の実力を認めざるを得ないのである。


 ――そんな意味の無い事を考えていると、三津家は教室の前方に視線を移した。

 そこでは俺が教卓の前に立ち、沼澤はクラスメート達に背を向けて黒板を凝視している。


「見ての通り、ホームルームの進行は俺がやったよ。沼澤にはクラスメート達の意見を黒板に書き出す役をやってもらった。沼澤は誰とも目を合わせようとしないから、そうするのが一番だと思ったんだ」

「C組の出し物って何だっけ?」

「それは、これを見てのお楽しみだよ……いや、別に楽しい事なんて何もないんだけどな」

「わかりましたから、話を進めて下さい」


 三津家がせっつく。


「ああ。そうだな。その前に軽く説明しておくと――案の定、ホームルームが始まっても、誰一人として案を出さなかったんだよ。クラスメート達は無言で思い思いの事をしてた」

「それで、戸山君はどうしたの?」

「さっき沼澤と話してただろ。誰もアイデアを出さなかったときのために一つ案を用意しておくって――その案をクラスの連中に説明する為に、要項を簡単にまとめたプリントを配ったんだ」


 そう言うと、クラスメート達の机の上に一枚の紙が出現した。


 教卓の前の俺が喋り始める。


「プリントの一番上の写真を見て下さい。これは去年の一年B組の出し物です。教室内にボードを立てて、調べた事を紙に書いて掲示する模造紙展示というものらしいです。このクラスの出し物もこれでどうでしょうか。必要となる文字数、写真数についても先輩方に意見を貰ってます。もちろん、参考にして良いという許可もです」


 白い目で見られているが、俺は構わず話を進めた。


「ボードと紙のサイズを考えると一枚当たり400字から600字といった感じらしいです。もちろん、写真やイラストを加えれば、文字数は少なくなります。一つの班で模造紙四枚を担当して下さい。テーマはバランスを含めて考えたので、プリントに書かれているものから各班で一つを選んで下さい。班決めに関しては揉め事の元なので、立候補は受け付けません。クジで決めて、六班。班長はそれぞれの班で決めて下さい。ペンと紙、ボードはこちらで用意します――以上が実行委員の案です」


 もちろん、これは実行委員の負担を最小限にする為の手抜きプランなのだが、クラスメート達にとっても悪くない案だと思う。文化祭当日は何もしなくて良いし、適当にやろうとすれば、どこまでも適当にやれる。


 教室内の声に耳を澄ますと、『勝手な事をすんな』とか、『偉そうに』とか、様々な……いや、一種類の意見が聞こえて来た。


 その中で、藤堂が興味なさげにひじをついて外を見ている。

 どうやらり合うつもりは無いらしい。

 良い傾向だ。


「意見がある人は挙手をお願いします」


 クラスを見回すと、当時のクラス委員長が手を上げた。


「じゃあ、委員長。ここで発言して下さい」


 委員長に教卓側に立つ事を要求する。

 これは実行委員側との対立構造を作らない為である。これから言う事は、あくまでもクラスメート達への意見だと、本人にもクラスメート達にも意識させるのだ。

 そして、意図はもう一つある。

 教卓の前に立つと、真っ正面に藤堂が鎮座ちんざしているのだ。

 藤堂の前に立つと震えが止まらないというクラスメートも多い。

 こんな場所で、意見を言いたいなんて奴は少ないだろう。


「えっと……他の案についても、もう少し考えた方がいいと思います。最初の文化祭ですし、あまり手を抜き過ぎるのも……」


 委員長はそう言うと、すぐに着席した。


「他に意見がある人はいますか? 別の案でもいいですよ」


 誰も手を挙げない。

 当然だ。最初から意見を出すつもりなんて無かったのだろうから。


「じゃあ多数決を取りましょうか」

「もっと考える時間が必要だと思います」


 委員長が透かさず声を上げる。


「じゃあ、その意見に関して多数決を取りましょう――もう一度、時間を取って考え直した方がいいと思う人は手を挙げて下さい」


 ちらほら挙げたものの、周りを見て、その手を降ろしていく。

 戸山の態度に腹は立つが、簡単に済むならそれに越した事は無い。

 そういう空気が出来上がったのだろう。


 全員が手を下げるまで待とうかとも思ったが、これ以上は意味が無い。

 むしろ、反感を高めるだけだ。


「じゃあ、多数決でこの案に決まりま――」


 しかし、クラスが再びザワつき始める。

 何事かと視線の先を追うと――沼澤が黒板の方を向いたまま手を挙げていた。


 何でだよ。


 それに一番驚愕きょうがくの表情を浮かべていたのは、俺だった。


 確かに実行委員が手を挙げてはいけないというルールは無いが……無いのだが、それは駄目だろ。

 藤堂にツッコミどころを与えるようなものだ。


 藤堂の方を見ると、思った通り、薄ら笑いを浮かべていた。


「沼澤さん。意見があるなら、どうぞ」


 なかあきれながら俺が言うと、沼澤は生徒側の方に振り返った。

 そうだろうなと思っていたが、やはりうつむいて誰とも視線を合わせない。

 そんなに辛いなら無理に意見を言う必要なんてないと思うが……。


 そんな事を考えていると、沼澤はおずおずと口を開いた。


「思い出に残る文化祭にしたいです……」


 クラスを見回す。

 後にも先にも、これ以上を見た事が無い程の冷たい視線が、沼澤へと突き刺さっていた。

 俯いている沼澤は、それに気付かず、更に言葉を継ぐ。


「この学校に入って初めての大きなイベントです。思い出に残るような楽しい文化祭にしたい。だから、もっと別の――」


 そんな時、不意にイスの足を引きずる音が聞こえ、視線が集まる。

 そこでは笹井が立ち上がっていた。


「多数決で決まった事だから……もっと空気読んだら?」


 それを期として、クラスメート達が一斉に喋り出す。

 ほぼ全てが笹井と同じような意見だった。


 ――こんな事を続けても意味は無い。

 早く終わらせて収拾しゅうしゅうを図るべきだ。

 俺はふっと短く息を吐き、口を開いた。


「……まあ、反対票は一票なので、多数決の結果、模造紙展示は変わりませんね。これで決定という事にしま――」


 全てを言い終える前に、空いている席で見ていた担任が立ち上がる。


「まあ待てよ、戸山。確かに考える時間が少なかったというのもある。委員会に報告する期限はまだ先だ。明日のショートホームルームで、もう一度決を採ってみたらどうだ?」

「……そうですね」

「ということで、明日のショートホームルームでもう一度話し合うから。それぞれ考えてきてくれ。実行委員は席に戻っていいぞ」



 集中を止めると、教室内の生徒達が消えていく。

 俺は七原と三津家の方を向いた。


「というような事があったんだよ」

「戸山君って、やっぱり反感を買う事してるんだね」

「仕方ないだろ。時間短縮の為だよ。それに実行委員が俺だけなら、幾らでも揉めれば良いと思ったが、沼澤もいた。沼澤はあんな感じだし、揉めたりするのは辛いだろうなと思ったんだよ――その沼澤が揉め事の種を作るとは思わなかったけどな」

「本当に驚いてたね」

「ああ。まさかまさかって感じだったよ。沼澤とはあの案を一緒に準備したんだ。その時は、一切そんなこと言わなかったからな」

「納得してない態度とかは?」

「いや、まったくだよ」

「沼澤さんは何でそんな事をしたんでしょう?」

「我慢して我慢して、土壇場のもう戻れないって段階になって初めて自分の意見が言えたんだろうな。もちろん、それでは遅すぎるんだけど……まあ、黙ってる奴は黙ってる奴なりに内側で色々と考えてるんだよ」

「この行動をかばうって相当ですね。やっぱり狙ってたんですか?」


 七原の目が光る。

 今度は本当に光った。

 七原も夢である事を利用する術を学んだらしい。


「違う――ってか、こええよ」

「これは浮気ですね。戸山君は七原さんに一途では無かった」

「だから、ちげえよ」


 そもそも、その頃はまだ七原に出会っていない……というのは言う訳にはいかないのである。


「じゃあ何で庇うんですか?」

「そのあと、沼澤の事情を聞いて、ちゃんと納得したんだよ……ってことで、次はその日の放課後の沼澤との会話の場面だ」




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