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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第五章
132/232

実行委員


「二人きりで教室に戻って来たって感じですけど、逢い引きですか?」


 一瞬、七原の目が光るが……それは気にしないで置こう。


「違う違う。この日は俺達が文化祭の実行委員に選ばれた日で、職員室で担任から色々と説明を受けてたんだよ。ちなみに、笹井と沼澤の衝突から言えば一ヶ月前といったところだ」

「そうなんですか……でも、ただ説明を受けてたにしては、どんよりしてるみたいですけど」

「説明がメチャクチャ長かったんだよ。かれこれ一時間近くだ」

「そんなに?」

「ああ。本当は簡単に済むものだったんだろうけど、担任は選出された実行委員に不安を感じたんだろう。手書きのメモまで用意して、丁寧に説明してくれたよ」

「どんな感じなんですか。文化祭までの流れって」

「クラスで実行委員が選ばれた後、実行委員会が開かれる。そこで種々の説明を受け、クラスに戻ってクラスごとの出し物を決める。そして更に、そこから何週間も掛けて出し物の準備を進める――といった感じだよ。担任は、実行委員会の会合の日程から、文化祭までのホームルームの回数や、放課後に残って良い期間などに至るまで、事細ことこまかく教えてくれた」

「大変そうですね」

「まあ、本格的に文化祭の運営に関わるのは二年と三年で、一年は基本的にクラス発表の進行と管理をするだけなんだけどな。それでも大変なものは大変だ。もう二度とやりたくないよ」

「そうなんですか……でも、ちょっと楽しそうです」


 俺は三津家のつびゃきを、さらりとスルーして口を開く。


「もうすぐ喋り始めるぞ――黙って聞こう」


 三津家は三津家なりに色々な事情を抱えているのだろうが、それに構ってはいられないのである。


 俺は沼澤と当時の俺に視線を向けた。



 沼澤と俺は隣同士の席に座り、再度メモに目を通している。

 しばらく待っていると、俺が溜め息を吐いて顔を上げた。


「面倒すぎるだろ、これ。本当に貧乏クジだな」


 沼澤はメモに目を落としたまま、ぽつりぽつりと喋り出す。


「あのクジ……たぶん本物じゃないよ」

「え。どういう事だよ?」

「最初から全て仕組まれていたの……私と戸山君が実行委員になるように」

「そうなのか?」

「……委員長が、こっちを見てニヤニヤ笑ってたし」

「マジかよ」


 沼澤は俺と目を合わせないままに頷く。


「信じて貰えないかもしれないけど……私、見たから」

「いや、信じるよ。もありなんだ」


 だとすれば、間違いなく藤堂がからんでいるのだろう。

 藤堂はこのクラスのカーストの頂点であり、彼女に黙ってそんな事をやればタダでは済まない。

 何でもかんでも藤堂の顔色をうかがうしかないのである。


「許せないな」


 俺は、すっと席を立ち上がった。


「文句でも言いに行くつもり? だったら私の名前は出さないで欲しい……」

「いや、立ち上がってみただけだよ。沼澤がどんな顔をするのかなと思って」

「……やめてよ」


 本当は一度でも沼澤と目を合わせられれば良いなと思っていたからなのだが、ガードは堅いようである。


「嫌われ者はこういう時に困るよな。文句を言ったって誰も聞いてくれない。だからといって、相手のすがままになってると、更に攻撃がエスカレートしていく」

「そういうものだよね……世の中って」

「ああ、そういうもんだ」

「……本当に辛い。今はまだ、学校の中だけで、小さな出来事かもしれない。だけど大人になったら、もっとひどい思いをしなければならないんだろうね」

「どこにいたって酷いものは酷いと思うけどな。むしろ、大人になったら、そういう連中とみ分けが出来るようになる。そういう連中に近寄らなければ良いってだけの話になる」

「……確かに、そうかもしれないね。学生の時はこんな狭い教室の中にあいつらと閉じ込められてる。逃げられない。場合によっては、その方がずっと酷い」


 俺は少し意外に思っていた――沼澤がこんなに話せる奴だとは思わなかった。

 沼澤はいつだってうつむいて言葉を発さない。


 何故、今日は話してくれるのだろうか。

 嫌われ者同士という共感があるからだろうか。


「担任に相談するってのはどうだ?」

「担任に?」

「ああ。沼澤は担任に好かれてるだろ」

「……何で、そう思うの?」

「あの面倒くさがりな担任が、こんなに事細かく説明してくれたし、沼澤への対応が思いのほか柔らかい――それ以外の根拠は無いよ」


 じっと沼澤の目を見る。

 沼澤はそれに気付いているのだろうが、頑なに目をらした。

 担任は沼澤のこういう態度も注意しない。それどころか、沼澤の事が気に入ってるとさえ感じるのだ。


「……単なる心配って感情だと思うよ。戸山君は行動して嫌われるタイプでしょ。私は行動も出来ない、言葉も発さない嫌われ者だから」

「結構ズバッと言うんだな」

「だって……事実だから」

「まあ、そうだな」

「……もう溜め息しか出ないね。私達に出来るのかな、文化祭実行委員なんて」

「ああ。考えれば考えるほどこくな話だよな、俺達には」

「うん」

「散々クラスの連中に振り回されて、掛けた時間の割にはしょうも無いものが出来上がるって未来が見えてる」

「だよね……で、戸山君はどうやって進めていくつもりなの?」


 かぼそい声が、どうにもならない不安を表している。


「こういうのは早め早めに動いていくのが一番だよ。明日の朝のショートホームルームでクラスの出し物について考えるように告知しておこう」

「……それって戸山君がやってくれるの?」

「ああ。心配しなくても、俺がやるよ」

「でも、それで誰も協力してくれなかったら? ……ってか、多分協力してくれない。誰もアイデアを出してくれないよ」

「そうだな。その時の事も考えて、こっちも一つ案を用意しておこう」

「そつなくこなしていくつもりなんだね……その意気込みだけでも凄いと思う」

「いや、別に成功させようなんて思ってないよ。俺はそんなに暇じゃない。どうやって最低限の時間と労力で済ませられるかを考えてるんだ」

「戸山君ってさ……無駄にコミュ力あるよね」

「は? 無駄って何だよ。コミュ力の話もしてないしさ。まあ、沼澤の自信なさげにズバリと言うところは面白いけど」

「ごめん……でも、気になってたから。戸山君って友達もいないのに、コミュ力があるのは何でなのかなって思ってて」

「いいか、沼澤。小学校とかで友達を作れと教わるのは、友達ってものがコミュ力を身に付ける為に必要だからなんだ。つまり、ある程度のコミュ力さえあれば、友達なんて必要ないんだよ」

「意味分からないんだけど」

「意味なんて考えてるから出遅れるんだよ。あまり難しく考えるなって事だ」

「……そうだね。そうかもしれない」

「あと……同じ実行委員として一言だけ言わせて貰えば、最低限、他人と目が合わせられるようになって欲しいと思うよ」


 ――そう。あの時の俺はそれを言わずにはいられなかったのである。

 目の前にいるのに、二人で話しているのに目を逸らされるという事がこれほどに不快だとは思わなかった。

 自分はそういう事に苛立つタイプでは無いと思っていたが、実際にはイライラしてしまっている。


「……説教するの?」


 ふっと沼澤の空気が変わる。


「……いやいや、そんな気は無いよ。その方が実行委員の仕事がやりやすくなるかなって思った程度だ」

「…………」


 機嫌を損ねてしまったのか、沼澤は更にうつむき黙り込んでしまう。

 俺の目が泳ぎ、動揺しているのが伝わってきた。



 何とか取り返そうとして思案を巡らす俺と、全く言葉を発さない沼澤――そしてその向こう側には、その様子を見守る七原と三津家がひそひそ話している。


「きっと沼澤さんのスタイルが良いから……落とそうしてたんだよ」

「これだから男の人って嫌ですよね」


 七原は胸が大きい事をスタイルが良いと言う。

 確かに沼澤は藤堂より一つ上くらいだ。

 今クラスにいればトップに立っていた存在である。


「何言ってんだよ。関係ねえよ」

「でも、沼澤さんに対して格好つけてるよね? 機嫌を取ってるようにも見える」

「元からこんな喋りだよ――ってか、もう止めるぞ」


 俺がそう言うと、当時の俺と沼澤が消えた。


「待って。途中で止めるのは無しだよ」

「七原が小さい事に引っ掛かるから」

「だって、やっぱりさっきの戸山君を見ると何かあると思っちゃうよ」

「そうだよ。何かがあるんだよ、沼澤には」

「……ああ、なるほど。そういう事か」


 七原が頷く。


「俺の手際が悪いのは、一年前で排除能力者になったばかりってのを考慮に入れてくれ」

「……ああ、なるほど。そういう事ですか」


 三津家も頷いた。


 ――つまり、これも能力者がらみの話なのである。


「で、続きはどうなったんですか? 早く見せて下さい」


 と、三津家が催促さいそくする。


「いや、この日の会話はこれで終わりだよ。あとはずっと無言を貫かれたんだ――だから、次の場面に行く。次はクラスの出し物を決めるホームルームだよ」




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