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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第五章
131/232

ループ


「まだ残ってたんだね、美礼」

「……瑠華」


 笹井瑠華の投げ掛けに、沼澤美礼は小さく頷く。


「最近、上手くやってるよね」

「……そうでもないよ」

「いや、上手くやってるよ。中学の時のあんたじゃ想像も出来ないくらい」

「…………」


 笹井の嫌味ったらしい口調に、沼澤は黙り込んだ。

 どこからどう見てもの張り詰めた空気である。


「これも全て紗耶のお陰だね――紗耶は何故だか分かんないけど、あんたの事がお気に入りみたい。でも、こんなのはいつまでも続かないと思うよ。あんたなんかすぐに飽きられて、また元の嫌われ者……そう思わない?」

「…………」


 笹井は眉間に皺を寄せ、沼澤の反応を待つが、沼澤は微動だにしない。


 その沈黙の間、俺は三津家に「ちなみに紗耶ってのは藤堂の事だよ」と補足を付けた。


 そうしていると、しびれを切らした笹井が口を開く。


「何で黙ってんの? あんたのそういう所、大嫌い。いつだってそうやってうつむいて、イヤな事が通り過ぎるのを待ってる。そんなんだから陰気だって言われてバカにされるんだよ」


 それでも沼澤は顔を上げる素振りさえみせなかった。


「本当に不思議。信じられない。何で紗耶があんたなんかをかばうのか……ねえ、何でだと思う?」

「…………」


 笹井は、これでもかというくらい鋭く沼澤を睨み付ける。


「私がどれだけ苦労してると思ってんの。紗耶の顔色をうかがって、何でもかんでも紗耶の言う通りにして――それでようやく輪の中に入れて貰える」

「知ってるよ。瑠華の努力は……」

「だね。必死にびてる私を見て笑ってたんでしょ? ……まあ、それでもちょっと前までは納得できてた。あんたが底辺で、誰からも相手にされてなかったから。美礼みたいならなければ良いやと思えてた。本当ムカつく! 紗耶の気まぐれが無ければ、あんたは嫌われ者のままだったのに……ねえ、どうやって紗耶をたらし込んだの? どんなずるい手を使ったの?」

「…………」

「また、なんにも言わない。都合が悪いとそうやっていつもいつも……ってか、こうやって話してるんだから、一度くらい私の目を見たら!?」

「……ごめん」

「最低。私なんか目も合わせたくないって事?」 


 笹井が吐き捨てるように言うと、沼澤は必死に首を振った。


「違うよ……そうじゃない……そうじゃないから」


 沼澤の頬を涙がつたう。


「何で泣いてんのよ。そうやって被害者づらするの!? 紗耶に告げ口でもするつもり!?」


 笹井は沼澤の肩をつかみ揺さぶった。


「本当最低! 目障りだから私の前から消えて!!」


 ――そんな時、不意に笹井のポケットから携帯が滑り落ちた。


 床に叩きつけられた携帯の液晶は無残にも粉々に割れている。

 笹井は無言でそれを拾い上げ、教室から飛び出して行った。


 そしてまた静寂が訪れる。

 残された沼澤は俯いたまま、ぽろぽろと涙を流していた。


 こういうのも地獄絵図のカテゴリーに入るのだろうか――そんな事を考えていると、三津家が俺と七原の目を交互に見ながら、口を開いた。


「私がここに来てから、これが何度も繰り返されてるんです。笹井さんは毎回同じセリフを言って、毎回携帯を壊して出て行く。それが変わった事は一度もありません。しばらく待てば、また同じ事が起こりますよ。ちなみに、笹井さんにも触れる事は出来ませんでしたし、スタンガンも効きませんでした」

「なるほど。三津家が沼澤を犯人だと思った理由は、よく分かったよ」

「ですよね。何があったかはイマイチはっきりしませんが、沼澤さんは最低だの底辺だの、一方的に責め立てられている。そして最後には消えろとまで言われた。もしかすると、転校にも、それが関係しているのかもしれません」

「だけど、やっぱり沼澤は犯人じゃないと思うよ。もうこの学校にはいないから」

「では、誰だって言うんですか?」

「誰なんだろうな。三津家、他に候補はいないか?」


 三津家はしばらく考え込むと、絞り出すように「たとえば、さっきの授業の先生とかはどうですか」と言った。


「古橋って名前だよ」


 と補足する。


「その古橋先生の力ということも考えられます。彼によって、この世界にいざなわれたのは事実ですから」

「いや、俺達が勝手に寝ただけだろ」

「じゃあ、誰なんですか。その余裕を見る限り、戸山君はこの能力者に察しが付いてるんですよね」

「バレてたのか……まあ、推測は付かないでも無いよ。簡単な話だ。この場面には登場人物は二人しかいない。沼澤が犯人じゃないなら、あとは笹井しかいないだろ」

「笹井さんですか? だとすれば、こんな一方的に暴言を浴びせている様子を見せて何がしたいんでしょう。そこに説明が付けられません」

「単なる悪趣味かな」

「そんな一言で片付けるんですか」

「単なる悪趣味なんだろうが、それでも笹井なりの理由はあるはずだ。それを解き明かすのが俺達の役目だよ」

「ですが、沼澤さんじゃなければ笹井さんだという安易な発想はどうかと思います。もっと視野を広げて考えるべきじゃないですか? 他に犯人がいるかもしれない」

「いや、笹井しか有り得ないんだよ。さっきのは笹井と沼澤の喧嘩の場面を完全に再現している。あの日、この様子を見ていた人物は他にいない。だから笹井で確定なんだよ」

「何でそんな事が言えるんですか? 見ていた訳でもないのに」

「いや、見てたよ」

「は?」

「え?」

「俺は笹井と沼澤の喧嘩をそばで見てたんだ」

「ちょっと待って。何で?」


 と、七原。


「俺と沼澤は文化祭の実行委員で、放課後に残って作業をしてたんだよ。あの時、教室にいたのは俺と沼澤と笹井だけだ。他の誰もこの件を知らない。沼澤は転校してるし、俺も能力者じゃない。となれば笹井で間違いないだろ」

「それを先に言って下さい!!」

「そんな事を言ったら、三津家の実力を測れないだろ。三津家が俺の実力を測ってるように、俺だって三津家が協力に値するかを測ってるんだよ」

「そういう事ですか……それなら仕方がないですけど!」

「っていうか、戸山君って文化祭の実行委員だったんだね。それが一番意外なんだけど」


 熱くなる三津家との間に、七原が割って入った。


「押しつけられたんだよ。嫌われ者だからな」

「そうだったんだね」

「……戸山君、あなたを信用していない訳では無いんですが、それでもまだ一つ納得できない事が有ります。その場に戸山君がいたというなら、何故この夢に登場していないんでしょう?」

「俺がいた事が印象に残ってないとか、そういう単純な理由だと思うよ。実際、笹井は沼澤としか話してなかった訳だし」

「なるほど。そういう事ですか。戸山君の言葉を信じるなら、笹井さんが犯人で間違いないのでしょう。それで納得する事にします――で、あの場にいたというなら、何故あの二人の関係がこじれたかを知ってるんじゃないですか? そこのところを聞かせて下さい」

「ああ。知ってるよ。知ってるし、見ての通りだ。沼澤が藤堂に気に入られた事で人間関係がゴタゴタしたんだよ」

「それだけで……ですか?」

「笹井と沼澤は旧知の仲で、過去に色々あったらしい。だからこそ余計に腹を立てたんだろう」

「……そうですか。結構詳しいようですね」

「ある程度ならな。笹井と沼澤が本格的に揉め始めたのは沼澤と同じ実行委員になってからだから」

「では、話を聞かせて下さい」

「わかったよ――と言っても、詳細を話すとなると面倒だな」

「でも、それを聞かないと始まりません」

「じゃあ、ちょっと待ってくれよ」


 俺は意識を集中させ、当時の記憶を思い浮かべた。


 すると、イスに座っていた沼澤が消え、教室のドアが開く――そして、入って来たのは俺と沼澤である。

 二人とも意気消沈といった表情をしていた。


「え? ええ? 待って下さい。戸山君が二人いますよ」


 三津家が俺と俺を見比べる。


「さっき札束を実体化させただろ。それに近い事だよ。笹井に記憶を再現する事が出来たのなら、俺にも出来るかなと思ってやってみた。どうやら可能らしい」


 自分で自分を見るというのも気恥ずかしいが、仕方のない事である。


「すごいですね。戸山君は、こんな事も出来るんですか」

「これはただの夢だから、ある程度はどうとでもなるって言っただろ。他の事はともかく、こと睡眠に関しては任せてくれ」

「本格的にとやとやまですね」

「だから何なんだよ、それ」



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