真実2
「幾ら何でも唐突すぎない?」
「それが楓の遣り口だよ。俺の事は優奈達から聞いて知っていたらしい。楓は半ば無理矢理に家に上がり込んで来て、延々と優奈達の話を喋り続けた。能力がどういうものか。排除がどういうものか。そして、能力を排除された後、優奈達にどんな運命が待っているかまで。楓が現れたのは夕方だったが、話が終わったのは真夜中だった――その話は当時の俺にとって受け入れがたいものだったよ。だが、楓は更に『ユウナ達の未来はまだ決まってない。ノゾミが守らなければ、その花は手折られてしまうんだよ』と続けた」
「手折られてしまう……か」
「優奈も麻里奈も非常に強い力を持っているんだ。新手の力で排除されれば、施設から出て来るまでに途方も無い時間が掛かってしまうらしい」
「どのくらい?」
「少なくとも二十年……だと言ってたよ」
七原は息を呑む。
「に、二十年も?」
「ああ。同じような力で、そういう前例があったらしい」
「二人共?」
「そうだよ。双子の両方に、そのレベルの力があるんだ」
七原はゆらゆらと揺れた視線を下に落とした。
「十六歳が三十六歳か……それって余りにも酷すぎるよね。本当に本当なの?」
「七原の件でもそうだけど、楓の言う事はどこまで信用できるか分からない……だけど、まったくのデタラメでは無いと思うよ。二人の行く先には間違いなく過酷な運命が待っている」
「そっか……その事実を知った戸山君の中で排除への強い衝動が湧いて、戸山君は排除能力者になった。そういう事だね」
「いや、最初は俺もどうしていいかわからなかったよ。だから、楓にはしばらく答えを待って欲しいと言ったんだ。すると、楓は俺に発破を掛けた――ノゾミが覚悟を決めないなら、アタシは今すぐにでも双子の力を排除する、って」
「そんな事……」
「楓は半分本気だったと思う。それだけの迫力があった。俺は優奈達を人質に取られて初めて、決心を付ける事が出来たんだ」
「そっか……そんなに厳しい選択を迫られてたんだね」
「まあ、楓の語る排除能力者の話にどこか魅力を感じていたって面もあるよ。俺には、それまで何も無かった。ただの根暗な中学生で、嫌われ者だった。生きる目的も無く。友達もなく。無為に時間を過ごしていた。変わりたいなんて事を望めるほどに強い意志もなかった。だから悪い選択肢じゃなかったんだ――俺は楓の指導の下に排除能力を手にして、それを磨く為に沢山の能力者を排除していった。排除を重ねる内に、次第に覚悟が決まっていったって事もあり……まあ、そっち方面では何とかやって来れたって感じだ。だけど、問題はそれだけじゃなかった」
「他にも問題が?」
「ああ。優奈達の能力の深化だよ――これは前にも話しただろ? 能力への依存が高まると、さらに強い能力を得るってやつだ」
「うん」
「優奈達の精神は外界と隔絶し、どんどん内側へと籠もって行っている。それが能力の深化を促しているんだ」
「外界との隔絶?」
「想像して見ろよ。誰かと能力で深く繋がっていれば、それ以外の他人とのやり取りが面倒になるし、必要だとも感じなくなる。ちょっとした関わり合いでさえ煩わしくなる。優奈は自分達と、それ以外の世界との間に高い壁を作っているんだ。試しに優奈達の普段の生活を見てみれば分かるよ。優奈達は同級生の誰とも話さない」
「本当に?」
「ああ。本当だ。俺達の見ている優奈達と、日常の優奈達は別物なんだよ。放置しておけば、優奈達の力はどんどんと深化していく」
「どんな風に?」
「最初、優奈達の力は七原のように心の声が聞こえる程度の力に過ぎなかった。しかし、委員長の排除の時にやってたように、今では感覚の共有が出来るようになっている。その内、記憶の共有も出来るようになるだろう」
「その先は?」
「今は意識的に共有の力を使っているが、やがてあらゆるものが無自覚に共有されるようになる。全ての感覚、全ての記憶。それを同じくする能力の行く先は……」
「精神崩壊?」
「それだけなら、まだいい。この力の果ては、近づく人の心を呑み込む化け物だって話だ」
「なるほど……確かにそれは危険だね」
「俺は楓に優奈達の『深化』を抑える役目も与えられたんだ。楓は俺に言った――二人のヒーローになれ、と」
「ヒーロー?」
「排除能力者が街に現れないように、能力者を排除する『優奈達にとってヒーロー』だそうだ。優奈達に頼られる存在となれば、二人が殻に籠もる事が防げて、深化のスピードを遅くする事が出来る」
「先週、そのヒーローが地面に捩じ伏せられてるのを見たんだけど」
「まあ、俺もそれが無理な事だって、すぐに分かったよ。俺はそんなキャラじゃない。楓も無茶だったと判断したようで、あっさりとアプローチを変えて見ろと言い出した――ヒーローが駄目なら、ストーカーになれ、と」
「ストーカー……って」
「優奈の事が好きで好きで堪らない。優奈の為になら、どんな事だってする――そういうキャラを演じてみろって言われたんだ」
「それで?」
「やってみたよ」
「やってみたの?」
「優奈達の能力を深化させる訳にはいかない。やるしかねえだろ。出来るだけ自然に、出来るだけ密やかに、その役を演じた。どうやったら優奈達に信じて貰えるか――その試行錯誤だったよ」
「戸山君は優奈ちゃんに好意を持ってたの?」
七原は聞きづらそうに問い掛けてくる。
「そんな事を考える必要すら無かった。俺にとって、その役割を演じる事は何より重要だったんだ。双子の未来に待ち受ける絶望を思えば躊躇することなんて何も無かった」
「でも……」
「別に優奈と何かあったとか、そういう事でも無いよ。優奈は俺のアプローチを漫然と受け入れ、勝手にしろという態度を取っただけだった」
「それは成功だったの?」
「それが、どれほど能力の深化を抑えられているのかは分からない。だけど、楓が『それでいい』と言ってるのだから、そうするしかないんだ」
「全ては楓さんの策だったんだね」
「ああ。楓の策に反する事は出来なかったよ。俺が逆らえば、楓は本当に優奈達の力を排除してしまっただろうし、これからだって排除しないとは限らない。楓は排除能力者だ。しかも、元能力者ではなく、志願して排除能力者になった変人だ。こうして見逃してもらっているのはイレギュラーな事なんだよ。だから俺は楓に逆らえないし、逆らうつもりもない。俺は楓の手駒の一つなんだよ」
「楓さんは何でそんなイレギュラーな事をやってくれてるの?」
「あくまでも、楓には楓の目的があるんだろう。そうでもなければ、こんな労力を費やしたりしない。あんなのでも暇人ではないと思う」
「じゃあ、楓さんの目的は?」
「分からないよ。楓は土壇場になるまで俺への要求を口にする事は無いだろう。そんな事をしてしまえば取引になってしまう。黙っていても、俺は排除を続けるしか無いのに、わざわざ楓が自分の意図を明かして、対等な関係になるような事はしないだろう」
「そういう打算があるんだね」
「そうだよ。ああ見えて、計算高いし、執着が強いタイプの人間なんだと思う」
「思ってたよりずっとシビアな関係なんだね」
「何を思ってたんだよ?」
「愉快な師匠と弟子」
「そんなのだったら、話は簡単だったんだけどな」
「だね」
「――まあ、こういう事情で、俺は七原や優奈達を騙していたんだよ。優奈達に古手云々を説明する事さえ無かったのは、それを言ってしまえば、俺が排除しようとしていると宣言するのと同じだからだ。優奈達が心を閉ざしてしまえば、能力が深化し、排除が困難になるという最悪の未来しか無い。『二十年』と引き替えに能力を排除させろという話が通じると思うのは、排除能力者の理屈だ。能力者にとってはそんな事は関係ない。実際、優奈は能力が無くなったら生きていけないと言う程に能力に依存しているんだよ」
「そういう事だったんだね。納得いったよ。戸山君はその為に全てを犠牲にしてるんだね」
「全てってほど、俺が犠牲にしてるものは無いと思うよ。さっきも言った通り、俺は元々ただの根暗な中学生だ。この力が無ければ、根暗な中学生が根暗な高校生になっただけだった。楓に出会った事で色々と学ばせてもらったから、その事には感謝してないでもない。それに、古手の力は極めれば相当な金になるって聞いただろ。古手として経験を積むのも悪く無い話だよ」
「戸山君は優奈ちゃん達との事が終わっても排除能力者として生きていくつもりなの?」
「そんな事は分からない。ただ、性に合わないってものでも無いなと思ってるよ。でも、ケツバットで生計を立てる未来と考えると、全てを投げ出して帰って寝るべきなんじゃないかと思ってしまうけどな」
「確かに」
「……まあ、こんな色んな事情で以て、俺と優奈達の関係は築かれてるんだ。だから、俺にとってミツヤは邪魔者でしかない。ミツヤが優奈達の能力を知れば、何を言って止めたって全力で排除に当たるだろうし、他の能力者の排除もかなり遣りづらくなるだろう」
「そうだね」
「実を言えば、楓は今回の事も予想していたんだ」
「え? どういう事?」
「一昨日の夜、楓から電話があってさ。『排除能力者が現れる事を想定して早急に準備を進めるべきだ』なんて事を言い出したんだ。どういう事かと聞いたら、この街に排除能力者が来たとして、その排除能力者は俺の排除能力にも興味を持つだろう、ってな事を言ったんだよ」
「その通りになったね」
「ああ。その通りになってしまった。結局、ミツヤが現れたのが早過ぎた所為で、準備が整わず、『話したくない』で通さなければならなかった――だけど、このままでは駄目だ。俺が排除能力者になりえた理由を話さなければ、ミツヤはあれこれ裏で嗅ぎ回るだろう。俺達の周りは隠しておきたい事ばかりだ。詮索されたくない」
「どうするつもりなの?」
「楓は、ちゃんと策を提示して来たよ――それは元能力者を優奈達の代役に立てるというものだ。その元能力者を排除する為に、俺が排除能力者になったっていう風に、話の口裏を合わせて貰うんだ」
「なるほど。難しい役だね。でも、そうするしかない……か。で、その代役って候補はいるの?」
「楓は言ったよ――その役目はミオが良いんじゃないか、ってな」




