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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第四章 司崎肇編
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司崎2


「わかった。戸山、お前を信じるよ」

「玖墨さんが信頼に値しないと分かって下されば、それでいいです」

「……そうか」

「それで、排除を受ける気になって貰えましたか?」

「その話なんだが、玖墨の言った獣化ってのは本当なのか?」

「本当ですよ。僕も司崎さんが獣化を始めてる事は間違いないと思ってます」

猶予ゆうよはどれくらいある?」

「一年後か、一日後か、一時間後か。そんな事はわかりません」

「そうなのか……」

「何でそんな事を聞くんですか?」

「まず玖墨の排除に協力したい。このままじゃあ、俺も気持ちが治まらない」

「それはやめて下さい」

「何故?」

「司崎さんの暴走が恐いです。さっきのように歯止めが効かなくなったら――」

「さっき?」

「さっきの、この公園での事ですよ。自分では気付いてないかもしれませんが、あの時の司崎さんはかなりの割合で本気だったように感じました。サイレンが鳴らなければ、本気で鉄パイプを振り下ろす可能性もあったんじゃないかと思います。辻平達に絡まれたこの公園だったから、トラウマが蘇ったって事もあるのかもしれませんが、たぶん司崎さんは自分で意識しているよりずっと危険な状態にあるんです。取り返しが付かない罪を犯してしまう前に、何とかするべきです」

「……そうか。俺はそんな事になってたのか」

「はい。少なくとも僕にはそう見えました。まあ、そういう状況じゃなくても、僕は排除を先延ばしにするつもりはありません。猶予を与えれば、問題がこじれるだけですからね」

「……わかったよ。じゃあ、排除してくれ」

「排除には、司崎さんに能力を捨てる覚悟が必要です。それは出来そうですか?」

「…………」


 司崎のその表情を見れば、一目で分かった。


「……まだ割り切れない部分があるんですね」


 気持ちは分からないでもない。

 小深山兄の時とは違う。小深山兄は実際に身体が動かなくなる恐怖があった。

 七原や委員長の時のように、能力の無効性が突きつけられた訳でも無い。

 司崎の能力は非常に有用なものだ。

 そんなものをいきなり捨てろと言われても難しいだろう。

 何かと理由をつけて能力を残そうとする。能力者とはそういうものだ。


「能力が消えた後の身の安全に不安があるでしょうが、安全は保証しますよ。その辺も考えてますから。安心して排除されて下さい」

「君に排除して貰った方が良いのは十分理解しているよ。だが、この力を得てから悩まなくてよくなった。苦しまなくてよくなった。それを思うと踏ん切りがつかないんだ」

「まあそうなるのも仕方ない面がありますね」


 司崎は能力を世界と自分を繋ぐ最後の命綱だと表現した。

 仕事を失い。誇りを失い。そして、能力を排除された瞬間に、またり所を失うのだ、力も権力も生きる糧も。

 その選択がどれほど辛いものなのかなんて他人に分かるはずもない。

 それでも、俺は司崎が納得できる何かを提示しなければならない。

 能力を捨てる為の説得はこちら側の仕事なのだ。


「それにしても、一時間も司崎さんにしがみついていた雪嶋さんの熱意って本当に凄いと思います。僕の話を聞く気になって頂けたのは雪嶋さんのお陰ですよね?」

「そうだな。雪嶋は言ったよ――君は誤解を与えるところもあるけど、悪い人じゃない。真剣に司崎先生の事を考えてくれている、と」

「そうですか……」


 雪嶋がいなければ、今回は話にならなかっただろう。

 本当に彼女には感謝をしてもしきれない。


「雪嶋さんとは、どんな話をしましたか?」

「戻って欲しいと言われた。元の司崎先生に戻って欲しい、と……戻れないだろ。どう考えても」

「そうですね。残念ですけど」

「残念な事なんてないさ。俺みたいなクズが教師だった事の方が不思議だ」

「でも、雪嶋さんは司崎さんの事を頼れる教師だと言ってましたよ」

「不思議だよ。あいつは本当に何を考えてるんだろうな。俺みたいに教師になりたいだなんて言うんだから」

「いや、雪嶋さんの話は僕にも納得できましたよ。雪嶋さんは言ってました――司崎さんは一緒に悩んでくれる。融通が利かなくても、それでもいい。それがいいところなんだ、と。頼りないけど、頼れる先生だ、と。いま頑張れているのは司崎先生のお陰だ、と。雪嶋さんは司崎さんの誠実さと忍耐力に心から憧れていたんです。そんな雪嶋さんでも、今の司崎さんは嫌いだと言ってました」

「そうだろうな。今の俺が何をしてるかを知れば嫌悪感を抱いて当然だ」

「そういう事じゃないです。雪嶋さんはそんな事はどうでもいいと思ってますよ。彼女は、司崎さんが能力を得て、真面目に物事と向き合う事をやめてしまった事に失望したんです」

「そっか……」


 司崎はうつむき、「疲れてしまったんだよ。むくわれない事に……」と続けた。


「僕も別に今の司崎さんを非難するつもりはありません。僕が言いたいのは、能力というものが空虚だ、って事です。努力というものが全て報われるとは思いませんが、報われるという最高の歓びを感じ得るのは努力した人だけです――雪嶋さんの事もそうですよ。雪嶋さんは司崎さんの努力を理解して尊敬してくれていたじゃないですか。それは嬉しい事だったんじゃないんですか?」

「それは……確かに、そうかもしれないな」

「僕は、もう一つそういう話を知ってます」

「そういう話?」

「雪嶋さん達の卒業式当日の事です」

「卒業式当日?」

「はい。雪嶋さんはその日、司崎さんがいない卒業式には出ないと言って帰ったそうなんですが――」


 実のところ、逢野姉には雪嶋が卒業式に出なかったという話以外にも、その当日の事を聞いていた。

 その話をするベストなタイミングだろう。


「卒業式の後に、司崎さんのクラスの生徒達が皆で司崎さんを探したそうです」

「え? 俺を……探した?」

「はい、司崎さんの携帯に電話をしたり、SNSでメッセージを送ったらしいんですけど、返信はなかった。そこで彼らは街中を歩き回り、司崎さんを探し始めたんです。予定がある人も、受験が残ってる人も、ほとんどが帰らなかったらしいですよ。闇雲やみくもに探しても見つかるわけがないのに、バカらしいという人は一人もいなかった。『先生に会わないと、卒業したって気分になれない』とか言いながら、日が暮れても探していたそうです。やがて、岩淵先生や他の先生方も加わっての大捜索になったらしいですよ」


 この話を何故七原や遠田にしなかったかというと、司崎に対する恐怖心や警戒心が薄れてしまうと考えていたからだ。

 七原達には危険な事に付き合わせたくなかった。

 できれば帰って欲しかった。

 だから、意図的にいわなかったのである。


「そんな事があったのか……」

「玖墨さんや陸浦さんもその事実を知っていたでしょうが司崎さんには伝えなかった――ですよね? 携帯の契約が残っていたら何かが違ったかもしれません。でも、今更そんな事を考えても仕方がない」

「だな」

「僕は先生を情けないとは思いません。むしろ尊敬しますよ。その誠実さは人を惹きつけていた。周囲の人の心を打っていた。だから、そういう事が起きたんです。能力を失ったっていいじゃないですか。司崎さんに能力は必要ない。足枷あしかせになってるとさえ思いますよ、この事実を聞いた後では」

「戸山、お前はひどいな。そんな事言われて、嬉しくない訳ないだろ。決心が付かない訳ないだろ」


 確かにひどいのだと思う。

 出す場所を間違えれば、この隠し球でも司崎を説得する事が出来ないと思い、虎視眈々こしたんたんとタイミングを待っていたのだ。

 排除は難しい。

 排除は非道だ。

 全て玖墨や司崎の言う通りなのである。


「司崎先生、排除させてくれますか?」

「ああ。もう何の迷いも無くなったよ。俺の力を排除してくれ」



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