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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第四章 司崎肇編
110/232

中谷2


「そんな感じで、司崎の結婚生活はすで破綻はたんしてたんだ。しかし、それでも司崎は我慢を続けた。そして、司崎が教師として勤めた最後の年が始まったんだよ――」


 中谷は一息の間を置いた後、おもむろに口を開く。


「この所、残業ばっかりね。浮気でもしてんの?」

「してないよ。そんな事する訳が無いだろ? 三年の担任は、生徒のケアとか色々と大変なんだよ」


 中谷は、司崎と司崎の奥さんを一人二役で演じているようだ。


「小中学生じゃないんだから、そんな事する必要なんてないでしょ」

「必要だよ。三年生は今、人生の岐路きろに立っている。そういう時は心の置き場所が分からなくなるもんだ。今まで気にならなかった事も大きな悩みに変わってしまう。だが、そんな事で今の大切な時間を無駄にして欲しくない。だから、相談に乗って欲しいと言われれば、それに応えてやらないといけないんだよ。僕も頼って貰えると本当に嬉しいし」

「そんな嘘くさい話で納得すると思う? 要領が悪くて、融通が聞かない教師に、誰が悩みを相談しようと思うって言うの? 言ってみて」

「そんな風に言わないで欲しい。実際、僕に相談に来てる生徒もいるんだし」

「その相談に来てる生徒って女?」

「女子生徒だけど、そんなんじゃないよ」

「容姿は?」

「そんな事、関係ないだろ?」

「容姿がどうかって聞いてるの! 答えて!」

「美人だよ。だけど、そんな事は全く関係ない」

「呆れた……生徒の相談なんて全くの嘘で、どこか他で浮気してるのかと思ってたけど……生徒に手を出してるのね」

「いや、容姿がどうとか聞くから答えただけだよ。そんな事は有り得ない!」

「本当の事を言いなさい」

「全て本当の事だよ」

「いい加減にして!」

「そして、目を吊り上げた奥さんが司崎の腕をつかむ。握力だけで腕にあざが残るような強い力だ。その力で司崎を引き寄せた奥さんは、拳で内臓をえぐり込むような打撃を加えた」


 ご丁寧に、状況の解説まで差し入れてくれているようだ。


「……そんな事があったんだ……私の所為だ。私の所為で先生が」


 そう呟いて沈み込む雪嶋は割と厚かましいと思う……まあ、雪嶋の事で間違いないのだろうが。


 他方では、遠田が拳を握りしめながら怒りを抑えていて、七原は冷静に聞いているという感じだ。七原の方が、他人の本性に触れている分、人はそういうものだと諦めがついているのだろう。


「それって、中谷先生の想像ですよね。どこまでが司崎先生に聞いた事なんですか?」


 と、七原。


「話に聞いたのは、何が原因で奥さんと揉めてたかって事だけだよ。だけど、それがどういう結果を生んだかは容易に推測できる」

「そうですか……」


 目が合うと、七原は俺に頷いてみせた。

 俺と同じ事を考えているのだろう――確かに、家庭内暴力があったというのなら、司崎の能力が、ああいう風なものになった事に納得がいく。命の危機を感じるような状況は、肉体強化の能力を目覚めさせるに十分な環境だと思う。


「そして、ここからが司崎と早瀬先生の不倫の話だよ。当時、早瀬先生は新任で右も左も分からない状態だった。司崎が担任で、早瀬先生が副担任。司崎は人当たりが良いし、クソ真面目だから他人の為にいくらでも時間を割く。司崎は、そうやって無自覚に早瀬先生をたらし込んだんだろうな。本当にムカつくよ、あいつのそういう所」


 その時点で司崎は能力者ではなかったと思うが、能力者としての素養があった分、能力者同士が自然と惹かれ合うような感じになったという事なのかもしれない。


「早瀬先生の方から司崎先生に好意を持ったって事ですか?」

「多分、そうだよ。ある時、早瀬先生に聞かれた事があった、『司崎先生が何か悩んでられるように見えるんですけど理由を知りませんか?』ってね。司崎の事が気になって仕方がないみたいだった」

「中谷先生は、それに何て答えられたんですか?」

「『ああ、奥さんに不倫してると疑惑を持たれてるらしいよ』って、正直に」


 早瀬に好意を抱いていた中谷は、その発言によって、早瀬が司崎を幻滅するように仕向けようとしたのだろう。

 早瀬の反応をうかがおうという意図もあったのかもしれない。


「早瀬先生は、どんな反応をしました?」

「『司崎先生は、そんな事しないと思います』とキッパリ言い切ったよ。だから少なくとも、その時点では何も無かったじゃないかなと思ってる」

「それはいつですか?」

「夏……だったな……俺が一番好きな季節だったんだけどな」


 それは聞いてねえよ。


「それは聞いてないです」


 七原とは同じような事を考えてると思っていたが――それは言わない方がいいと思う。


「まあ、俺にも色々と思うところがあるんだよ。そんなにキッパリ言い切った数ヶ月後に、早瀬は自分が不倫してるんだからな……まあ、それはいいや――さあ、ここからが、お待ちかねの不倫発覚の話だよ」

「どんな事があったんですか?」

「俺の携帯に非通知で電話が掛かって来たんだ」

「非通知の電話ですか……? じゃあ、誰からの電話か分からなかったって事ですね?」

「ああ。アプリか何かで声を変えてたんだろうな。男か女かさえも判別できなかったよ」

「その人は何と言ったんですか?」

「司崎肇と早瀬繭香が不倫していると言った。電話の内容はそれだけだったよ」


 おそらく、電話だったのは目に見える証拠が残るのを嫌がった為なのだろう。

 メールやSNSでは証拠が後に残ってしまう。

 出来るだけ犯人は自分の存在を隠したかった。

 消えたかった。


「その電話を信じたんですか? 誰からかも分からない、その電話を」

「ああ。その時は既に、司崎と早瀬先生が怪しなと思ってたからな――怒りが込み上げてきたよ。司崎は、また一つ俺が欲しているものを奪っていった。しかも、よりにもよって不倫だ。教師同士の不倫となれば、色々と周囲が騒がしくなるだろう。そして、早瀬先生の人間性まで疑われてしまう。それが許せなかった――だから司崎を呼び出したんだ。『お前、不倫してるらしいな』と言ってやったよ」

「司崎先生の反応は?」

「否定した」

「否定したんですか?」

「ああ。だが、そんな訳がない。それじゃあ、何で俺に密告が来るんだ? 絶対何かあるんだろうと思った」

「密告が嘘だったって事はないんですか?」

「いや、密告は結局正しかったよ」


 中谷は確信に満ちた声で答える。


「本当ですか?」

「ああ。司崎を小一時間問い詰めたら、早瀬先生に惹かれている事を白状した」

「好意を持ってると言っただけで不倫ですか?」

「いや、それだけじゃない。早瀬先生に『奥さんと別れる』と話した事も認めた。それはもう不倫確定だろ」

「……それって、早瀬先生が司崎先生の奥さんの家庭内暴力を知っていたからじゃないですか?」

「は?」

「早瀬先生は司崎先生が家庭内暴力で悩んでいる事を知った。そして、司崎先生に離婚するべきだと提案したのかもしれません」

「じゃあ、俺に、そう言えばいいだろ」

「だけど、司崎先生は中谷先生に家庭内暴力の事情は言えなかった。言いたくなかった。だから、早瀬先生とは奥さんと別れるという話をしたって事だけ認める形になった。それが、そんな風に中谷先生に疑念を残す事になるとは思ってなかったという事じゃないですか?」

「そうは思えないけどな」


 中谷はいぶかしげな顔で言った。


「いや、そうだと思えて来ました。司崎先生は本当に不倫なんてしてなかったんじゃないですか? 中谷先生は司崎先生の事を終始クソ真面目だと言ってますよね。そんな人が不倫なんてしますか?」

「まあ、俺が一線を越えてないのかと聞くと、『一線どころか、本当に何も無いんだよ』と言っていたけどな」

「それを信用してあげなかったんですか?」

「早瀬先生の司崎を見る目が完全に違っていた。あれは好きな男を見る女の目だ。あんな目で見つめられたら、理性なんて保ってられる訳が無い」

「たったそれだけで決めつけたんですか?」

「ああ、それだけで十分だろ。大体、早瀬先生は、司崎が暴力を受けてる事をどうやって知り得たんだ? 奥さんも用心してたんだろう、目に見える所に暴力の跡が残ってたのは、俺がさっき言った一回だけだ……だが、服の下まで見てたんなら話が別だ」

「そうかもしれませんけど、そうじゃないかもしれませんよね。断定するには証拠が足りない」


 七原は中谷の俗悪ぞくあくな推察に辟易へきえきとしてるのだろうが、それでもその素振りを一切見せないのは本当にすごいと思う。


「まあ、そうだけど……」

「話を聞いた感じでは、多分、不倫といえるような事はしてないんじゃないかと思います。あくまでも私の感想ですけど」


 七原が言うように、二人の関係は不倫してたと言える状況では無かったんじゃないかと思う。もちろん、お互いの気持ちがどうだったかは分からないが……。

 想像するに、犯人は二人の関係が中々進展しない事にしびれを切らして、中谷に嘘の密告をしたのだろう――中谷が司崎に嫉妬しているのを知っていて、中谷が騒ぎ立てる事を予測したのだと思う。

 司崎と早瀬が本当に一線を越えていたというのなら、密告する相手が中谷である必要は無いのだ。

 不確定要素の多い策ではあるが、それは犯人がいくつでも切れるカードのひとつだったというだけの事なのだろう。すでにいくつかカードを切った後なのかもしれない。


「まあ、もう過ぎた事だ。今となってはどうでもいいことだよ。とにかく俺は、その事実をブチに報告した――」


 中谷のその行動は犯人にとって十分な結果を出した。中谷は思い込み、事実をじ曲げ、強い言葉で押し切った。二人を別れさせる為に、ある事ない事を岩淵に報告したのだろう。

 そして、司崎が不倫の件で上司に呼び出されたという既成事実が出来た。


「そんなこんなが色々とあって、やがて司崎と早瀬先生の不倫は奥さんの耳に入ったらしいよ」


 それもおそらく犯人による密告だろう。

 そして、犯人の思惑通り、司崎は追い詰められる事となった。

 本当に平時から暴力を振るうような奥さんだとしたら、何が起きたかなんて考えるだに恐ろしい。


「それでどうなったんですか?」

「早瀬先生が奥さんに自宅に呼び出されたらしいよ。俺がその話を聞いてたら止めてたんだが、早瀬先生は司崎と似たもの同士でクソ真面目だからな……ノコノコと自宅まで行ってしまったんだ――後に司崎は、それが修羅場しゅらばだったと語ったよ。相変わらず詳細は教えてくれなかったが、普段から暴力を振るうような奥さんだ、その日は包丁でも持ち出したかもしれないな」


 正に、その修羅場の中で能力が開花したのだろうか。

 それも十分に考えられる事である。

 暴力に対抗できるのは、ほとんどの場合、暴力だけだから。


「ちなみに、その話はいつ聞いたんですか?」

「年が明けたばかりだったから、一月だったっけな。司崎が世界でも終わったかってくらいの暗い顔してたから、強引に飲みに誘って、話を聞きだしたんだ」

「その後の司崎先生はどうなったんですか?」

「家に帰れなくなったらしいよ。最初の方は車で寝泊まりしてた。だが、通帳もカードも奥さんに没収されてたから、金もなくなってガソリンも入れられなくなってな。よれよれのコートを着て、とぼとぼと街を歩いてるのを何度か目撃したよ」

「そんな事になってたんですか……」

「ああ。ある時、司崎が俺の所にやって来てな、土下座でもするような勢いで金を貸してくれって言うんだ。俺は嫌だって言ったんだが、俺にしか本当の事を話せていないんだって言うから、仕方なく千円を握らせてやったよ。そういえば、まだあの時の金、返ってきてないままだ。あいつは本当に最低の男だな。友達に金借りといて逃げるなんて」


 中谷は高らかに笑う。


「その言い方は酷すぎませんか」

「正直な所を言えば、司崎の顛末てんまつには胸がすく思いだったんだ。司崎は俺の欲しいものを次々と目の前からかすめ取っていった。俺の方がずっと優れてるはずなのに……。だから、いつか司崎をおとしいれてやりたいという気持ちがあったんだよ」


 中谷は勢いがつき、隠していた本音まで喋ってしまっているのだろう。サスペンスドラマで崖に追い詰められた犯人のように、ノーブレーキで全てを白状している。

 アルコールというものは本当に恐しいものなんだなと心から思った。


「そして、ある日を境に司崎は、ぷっつりと仕事に来なくなった。いや、それどころか、まったく連絡が取れなくなったんだ。失踪しっそう状態だよ。携帯に電話しても、この電話は使われてませんってな感じだ――」


 『お繋ぎできません』ではなく『使われていません』とアナウンスされたという事は、料金の滞納ではなく契約を解除したという事だ。

 司崎本人が解約する事は無いだろうから、おそらく、奥さんが勝手に解約したという事だろう。


「社会人として本当最低だよな。後始末が俺達の方にも回って来て、クソ面倒だったよ。しかも、その司崎が来なくなった日ってのが入試の当日なんだ。あいつは面接官も担当していたのに無責任にも無断欠勤した。あの日は本当に大変だったのを覚えて――」


 中谷が言い終わる前に、視線の端で動くものがあった。

 ついにこらえきれなくなって雪嶋が掴み掛かるのかと思って、そちらに視線を送ると――そこには司崎がいた。

 司崎は中谷に詰め寄り、胸倉を掴む。

 そして、大柄な中谷を片手で軽々と持ち上げた。


 ついに俺達は、司崎に遭遇してしまったのである。



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