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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第四章 司崎肇編
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公園

 符滝に礼を言って病院を出ると、公園で先程と同じ位置に立っている雪嶋の後ろ姿が見えた。

 幸いにも、雪嶋はこちらを見ていないので、病院から出てきたところは見られなかっただろう。司崎が病院から逃げたとか、余計な情報を入れると、また話がややこしくなる。

 七原と遠田に目配めくばせして、一旦、病院とは別の方向の入り口に向かうことにした。


 遠目から雪嶋を見る。

 雪嶋の服装は赤いドレスから普通の洋服に変わっていた。

 シャツとズボンは地味で落ち着いた印象を与えるものである。

 派手なドレスより、こちらの方がグッと来てしまうは何故だろう。

 そんな事を考えながら、雪嶋に近付くと、雪嶋はうつむいていた顔を上げた。


「雪嶋さん、お待たせして、すいません」

「いや、思ってたより全然早かったよ」

「何故、司崎先生の事を話して下さる気になったんですか?」


 すぐに本題に移そうと、そう問い掛けた。


「さっきも言った通り、先生を元に戻すだなんて事が出来るとも思えないし、そんな事をしようとする人がいるとも思えない。だけど、君達のその真剣な眼差まなざし――それを見て、先生を思い出したの。先生も、そういう人だったよ。真面目で優しくて他人をおもんばかる事が出来る人。君達も、そういう人な気がしたの」

「……そうですか」


 そんな真摯しんしな態度で聞いていたつもりは無い。ちょっとした事の中に真実へのヒントが隠れてないかと集中していただけだ。

 良い方に誤解してくれたようだ。


「正直に言えば、ずっと誰かに話したかったってのもある。私は自分が仕出しでかしてしまった事について、まだ誰にも話していない。そうやって隠して、誰にも責められない事に、ずっとやましさを感じていた。この話を墓まで持っていくなんて卑怯じゃないかと思ってた。だからといって、軽はずみに他人に話すような話じゃないから、いつか話す時が来るを待ってたの」

「なるほど」

「それに、少しだけ君達に期待しているってのもある――先生が元に戻るだなんて信じられない。それくらいに今の先生は別人だけど、君達なら本当に何とか出来るのかもしれない。出会いがしらにあんな嘘をかまして来たり……君達は他の人とは何か違うから――もちろん、他人に話す事はリスクもある。その事は重々じゅうじゅう分かってるよ。だけど、話した事で何かが変わるかもしれないというのなら――君達にけてみようかと思ったの」

「そうですか。じゃあ聞かせて貰えますか。司崎先生に何があったのか」


 雪嶋は黙って首を縦に振ると、ゆっくりと語り始めた――



 何もかも、私が全部悪いの。

 私が全部ぶち壊した。先生の幸せな家庭も。理想に燃える先生の未来も。先生には合わせる顔がない。


 先生は本当によくしてくれた。

 あの頃は私も悩んでる時期でね。放課後、教室で色々と相談に乗ってくれた。先生はどんなに忙しくても時間を割いてくれた、嫌な顔一つせずに。

 先生のことを頼りないという人もいた。だけど、私はそうは思わなかった。

 何より先生は話しやすかった。

 私の言う事を否定しない。答えをかさない。

 他の先生とは全く違っていた。

 優しく話を聞いてくれて、一緒に考えてくれた。

 家族の事、友達の事、進路の事。何でも聞いてくれたよ。

 分かり合えない。溶け込めない。諦めてしまいそうになる。そんな私のいきどおりを、私の苦しさを理解してくれた。

 先生がいなければ全てあきらめていた。

 全てから逃げていた。


 その優しさに甘えていたんだと思う。

 気付けば毎日のように、職員室に帰る先生を呼び止めていた。

 振り返る先生の顔はいつも穏やかで、私を安心させてくれた。


 だけど、そんなある日、私は岩淵先生に呼び出された。


 岩淵先生は、私と司崎先生が付き合ってるという噂が流れていると言ったの。

 司崎先生が私と頻繁ひんぱんに会い、悩んで弱っている私に付け込んで、手を出したって――そんな最低の噂が流れていると言ったの。


 それで私がどう言ったかって?

 もちろん、否定したよ。


『そんな事は有り得ません』


 と言った。

 すると、岩淵先生は、こう言ったの。


『そうか。良かったよ。これで司崎先生の身の潔白けっぱくが証明された。だから、僕の胸倉むなぐらつかむのはやめなさい』

『すいません』

『では、頻繁に相談に乗って貰ってるってのは?』

『それは本当です。だけど、それ以降は全て嘘です。私にそんな気もありませんし、先生も絶対そんな事はしません。先生には奥さんだっているんですから。岩淵先生は、何で先生を信用してあげないんですか?』

『もちろん。信用してないなんて事はない。司崎先生にも確認を取って、事実ではないと確信したよ。だけど、実名での噂だから、手続きとして、君にも確認しないといけなかったってだけだよ。だから、僕の胸倉を掴むのはやめなさい』

『もう先生を疑わないですよね?』

『ああ、もちろんだ』

『そうですか。よかった』

『しかし、これからは君も気をつけた方がいい。今はSNSで噂がどこまででも広がっていく。当事者なのは君だけど、君の言う事を聞いてくれる人ばかりじゃない。君が事実と異なる事を言わされていると、穿うがってとらえる人もいる。君の事を知らない人が知った風に、君や司崎先生の事を批判するよ』

『確かに、そうかもしれないですね』

『そうだろ。だから、他の先生に相談に乗ってもらいなさい。カウンセラーの先生とか。副担任とか。とにかく、女性の先生に相談しなさい。そうすれば、こんな事にはならないから』


 私は頷いたが、もちろん、そのつもりは無かった。

 先生じゃなきゃ駄目なんだ。先生以外に相談なんて出来ない。

 だけど、先生の立場が悪くなる事を私は望まない。だから、もう先生とは二人きりで会わないようにしようと誓った。


 ……しかし、何でこんな噂が流れたのだろう。

 本当に許せなかった、こんな適当な噂を流した奴を。


 だから、私は噂を流した犯人を突き止めようとした。

 犯人は近くにいる。

 私が先生に色々と相談していた事を知っていた人物なんて限られている。


 すぐに突き止める事が出来ると思っていた。


 思い当たる限り、全ての人に話を聞いた。

 だけど、誰も本当の事を言ってくれなかった。


 そんな噂なんて知らないって。


 そんな訳ないよね。

 噂が流れてなかったら、どうしてブチの耳に届くの?


 許せなかった。

 こっちはこんなに真剣に話しているのに、誰もそれに応えてくれなかった。

 少しも情報は得られなかった。


 みんな汚い。

 みんな嫌い。

 もう誰も信用できない。


 私はそう思った。


 しかし、そうやって調べている内に、私は思うようになった。

 一番悪いのは誤解をされるような行動をしていた私だ。

 噂を流した犯人に責任転嫁てんかしようとしていた。

 私はもっと後先あとさきを考えられたはずだ。

 ただ浮かれて、先生と距離を縮める事が出来るかもしれないなんて期待を抱いていた。

 そうなったら、なったで納得がいかないはずなのに。

 先生が家庭を捨てるなんて選択をしたら幻滅する癖に。


 私は自己嫌悪に耐えられなくなって、先生に会いに行った。


 先生は笑顔で大丈夫だと言ってくれた。

 問題になっていないから。

 岩淵先生は分かってくれたから。

 先生は言った。

 人間同士、合う合わないがあって当然だ。だから、他の人に相談しなさいとは言わない。これからだって僕は相談に乗るよ。


 私は嬉しくて涙が止まらなかった。

 本当に良かったなと思った。

 『これからだって』と言えるほど、この件は問題ではなかったのだ。

 私が勝手に深刻に考えすぎていただけなんだ。

 そう思った。


 私は無邪気に信じてしまっていた。


 だけど、本当は駄目だったんだ。

 だから、結局こんな事になってしまった。先生は職を失い、家族を失った。今ではあんな荒ぶれた生活をしている。


 全て私が悪いんだ。



 話が終わり、うつむく雪嶋に俺は問い掛ける。


「……あの……言いにくいんですけど、それって司崎先生の失職に余り関係なくないですか?」

「はい?」

「だって岩淵先生は問題ないっていったんでしょ?」

「うん。問題ないって言った。だけどそれは」


 七原に目配めくばせすると、七原も口を開く。


「私もたいした問題じゃないと思います。関係者全員が否定してるなら、蒸し返す事なんて有り得ない。岩淵先生に呼び出されたのはそれっきりだったんですよね?」

「そうだけど……」

「ちなみに岩淵先生に呼び出されたのはいつですか?」

「七月だよ」

「早いですね。早すぎる」

「え?」

「司崎先生が辞めたのは卒業式の前ですよね。それが起こってからの期間が長過ぎます」


 拍子抜ひょうしぬけである。まさか、ここまで引っ張っておいて、何でも無いとは思わなかった。

 手を出されてろよ、と思ってしまう。


「……でも実際に先生は辞めちゃった訳だし」

「他の理由があるとは考えなかったんですか」

「は!」


 『は!』じゃねえし。


「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい! そんな可能性、考えもしなかった!」

「考えてて下さいよ――まあ、あくまでもその路線で考えるというなら、そうやって噂になった女子生徒が雪嶋さんの他にもいたという事かもしれません。一回だけじゃなく、二回、三回となれば、問題になるはずです」

「それは違うから! そんなこと有り得ない!」


 そう言った雪嶋の目をまっすぐ見る……まっすぐ見るが、ついついと目線が下がってしまう。

 今まで真面目な話だったので考えないようにしていたが、雪嶋の胸部は早瀬より更に重装備である。

 生徒に手を出すような教師が雪嶋をスルーするスキルが有るとは思えない。

 まあ、俺と同様にストライクゾーンが広いタイプなのかもしれないが。


 七原が俺の視線に気付いてにらみ付けてきたので、視線を上へと戻す。


「違うなんて言い切れないと思いますけど」

「……でも、私はずっと先生の事を見てたから。先生が他の女の子と、そんな事になってるとは思えない」

「女子生徒とは限りませんよ」

「じゃあ、男子生徒?」

「違いますって」


 何で、こういう発想の奴ばかりなのだろうか。

 思ったより、委員長の能力は、この街の人々に影響を与えていたのだろう。『同調』は実に恐ろしい能力だったのである。


「とにかく、そんな事は絶対ないから! 先生はクソ真面目だから、絶対そんな事しないから!」


 雪嶋が俺の胸倉を掴む。

 また一気に感情がたかぶってしまったようである。

 まあ、ビンタじゃなかっただけマシか。


「雪嶋さん、やめましょう、そういう事は」


 七原が雪嶋の腕に手をえると、雪嶋は手を離した。


「私以外が原因だって言うなら、私はその人を絶対許さない」

「落ち着いて下さい。あくまでも一つの推測ですから」

「そうだけど……」

「でも、実際のところ、司崎先生には他に何かあったんじゃないかと思います。雪嶋さんとの件が退職の理由になるとは、どうしても思えない――まあ、一応参考になる話でした」

「一応って」


 気になる事と言えば、噂を流したのが誰なのか、それとも噂なんて流れて無くて、直接岩淵に伝えた奴がいるのか――というあたりである。

 しかし、それを突き止められなかった雪嶋と、これ以上話をしても仕方がない。


「他を当たってみます。じゃあ俺達はこの辺で」

「え? ちょっと待って。もう行くの?」

「お話ありがとうございました。それでは」

「だから、ちょっと待ってって言ってるでしょ」


今度は雪嶋の手が俺のそでを引っ張っていた。


「他にも話があるんですか?」

「ないけど」

「さっきもいったように俺達には時間が無いんですよ」

「興味なくさないでよ。もっと話を聞いてよ」

「これ以上、雪嶋さんから聞くべき話も無いですから」

「じゃあ、私も連れて行って」

「この件には関わらない方が良いですよ。危険ですから」


 実りのない話を聞いている時間は無いのだ。

 袖を引っ張る手を引き離し、歩き出そうとすると――


「駄目! 行かないで!」


 ……そう来たか。

 雪嶋は、駄々をこねる子供のように、俺の足にがっちりとからみついて来たのである。


 逢野姉の言う通りだ。

 雪嶋は本当に面倒くさい。


 何が困るって、そんなに強くホールドすると、どうしてもその大きな胸が俺の足に押しつけられてしまうのである。


 七原も遠田も、突然の凶行にどうしていいか分からないようで、様子を見守っていた。


「七原、引きがしてくれ。これじゃ一歩も動けない。圧倒的な力ではさまれてるんだ」


 これで動いてしまうと、感触を楽しんでしまう事になる。

 そうすれば正常でいられる自信はない……。


 七原も俺の意図する事が分かったのだろう。

 俺を睨み付けて来る。


「仕方ないだろ」


 一応、動けないようにされてるのは足だけなので、手で打撃を加える事も可能だ。だが、だからといって『本当に、そうしていいのか?』とも思う。


「遠田、悪いけど、引き剥がしてくれ」

「でも、泣いてるじゃないか。そんな事は出来ないよ」


 確かに雪嶋は俺の足に掴まったまま、クスンクスン泣いている。

 ついてこないようにと冷たくあしらったことが逆効果になってしまっている。


 この状況をどうするべきか。


 ……とりあえず、逢野に苦情を入れよう。

 というか、本当にこれが司崎の失職の原因なのか、逢野姉の知ってる事と同じなのか、そこら辺りの答え合わせをしよう。


 俺は携帯を出して、逢野姉へと電話を掛けた。



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